第13話 空飛ぶ本と嫁

 不思議な夢を見た。


 搭の窓から入る月明かりに照らされた白銀の髪にやや赤い瞳の男性が、私の頬を愛おしそうに撫でている。そんな夢。


「んー。はっ、もしかして私……昨日恋愛の本でも読み過ぎたかしら!」


 働かない頭をフル回転させ体を起こすと、もちろ部屋には誰もいなかった。ただ布団はきちんとかけられており、熟睡していたわりに、寝相が悪くなかったのだけは分かる。


 窓の外を見れば、日はやや高くなった頃。静まり返っている搭の様子から、まだ残っている人たちは眠っているみたいね。


 なるべく起こさないように掃除してしまおう。昨日のうちの掃除用具箱の位置を聞いておいてよかったわ。


 私はいつも屋敷で来ていたワンピースに着替えると、部屋をそっと出た。そしてそのまま階段を一階まで滑るように降り、掃除道具を手に持つ。


「階段って一番上から掃除したいのだけど、どこまで上がっていいのか聞き忘れたわね」


 んー。と、ひとしきり考えても答えは見つからず、とりあえずは自分のいた五階から下なら大丈夫だろうと再び五階に戻った。


 ほうきで階段の隅から隅までのほこりを、下の段に落としていく。


「これは……ラナだけでは大変そうね」


 隅には白い綿ほこりだけではなく、細かい砂が蓄積していた。


「んー。水使えたらもう少し綺麗になるのに……。あとでラナに聞かないとダメね」


 上体を起こし、腰を数回トントンと叩いたあと、再び掃除に戻ろうとした時、上の階からやや大きめの声とドアが勢いよく開く音が聞こえてくる。


「なにかしら?」


 ほうきを持ったまま上階を見上げるとら赤い背表紙の本がなぜか上から猛スピードで≪飛んで≫くる姿が見えた。


 そう、飛んでだ。

 背表紙を上にして半分に開けた本が、まるでページをバサバサと上下に翼のように羽ばたかせながら飛んでくる。


「な、な、な、なに!?」

「奥様危ない!」


 どこからか聞こえた声の主を確認することも、華麗に避けることもできない私は咄嗟に持っていたほうきでソレを叩き落とした。


「えー」

「あ……」


 やだもう。咄嗟とはいえ、大事な本をよりによって掃除用のほうきで叩き落とすだなんて。

 これがとても高価な魔道書とかだったら、どうしよう。私、弁償とか出来ないし。


 魔道書らしきその本を壊してしまっていないか、私は広い上げた。


「奥様、ダメです」

「え?」


 静止された意味が分からず、私はその本を覗き込む。パラパラとめくれば、本は魔道書などではなく、ただの冒険書だった。


 魔法やドラゴンなどの単語が本の中を踊り、二人のキャラの掛け合いが書かれている。

 しかし立派な背表紙のわりにその本は、半分を少し過ぎたくらいで筆が止まっていた。


「書きかけ、なのね」

「その本は危険なんだ」


 どうして途中なのかしらと本の先を見ようとした時、頭のすぐ上から優しい声が聞こえてきた。

 見上げると月の光の中で見たような、銀色の髪にブルーグレイの瞳、私よりも頭の一つ分以上に背の高い男性が私を見下ろしていた。


 夢の中で見た人に似てる。昨日の歓迎会には、いなかった方ね。私よりも色が白いし、男の人なのにすごく綺麗。


 しかもあの神秘的な瞳の色が吸い込まれそうだわ。ああでも、これも魔法で姿を変えてるからなのかしら。


 ぼんやりと彼を見つめていると、ふと手に持った本の重みに気づく。

 あああ、見とれている場合ではなかったわ。


「あの、すみません!」

「なぜ謝る?」

「貴重な本をよりによってほうきで叩き落としてしまったので……」


「ああ、それはいい。むしろなぜ君がこんな時間にほうきを持ってここにいるのか聞かせてくれるか?」

「えっと、掃除をしてました?」


 怒られると思っていたのに、彼はまったく怒る気などないように私を見ていた。とても優しい瞳なのよね。


 掃除の時間早かったのかしら。


「掃除、ダメでしたか?」

「ダメというか……いや、そうではなく。誰か、俺の嫁さんがココで掃除をしている訳を教えてくれるか?」


 彼はくるりと向き直り、後ろにいた魔導師に声をかけた。

 ダメだったのかしら。って、あれ?


「え、嫁ーーーーー!?」


 自分でも驚くほどの大きな声が塔の中を響き渡った。

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