第14話 私にしか出来ないコト
あああ。嘘でしょう。よりによって、こんな普段着でほうきを振り回していたのを見られてしまうだなんて。幻滅どころの騒ぎではないわ。
朝早いからまだ誰も起きていないだろうって思ったのが間違いだった。せめてもう少しマトモな恰好をしておけばよかった。
それに私が掃除をしていたのがダメだったみたいだし。洗濯をした方が良かったのかしら。
「すみません、大きな声を出してしまって」
「いや、それはいい。こちらこそ驚かせてしまった」
私を怯えさせないような優しい瞳と、優しい声。
でもそれよりもこの方が私の旦那様なのだと意識した瞬間から、顔も胸も熱くてそれどころではない。だって、私よりもかなりお綺麗なこの方が旦那様って……。
一体、何がどうなっているの。
「あ、あの……」
「ザインだ、マーガレット」
「あ、はい……ザイン様」
「マーガレット、君はどうしてこんなところで掃除をしていたんだ? 誰かに言われたのか?」
私に優しく語りかけた後、再びザインは後ろを向いた。後に立っていた魔導士たちが蒼白な顔で首を横に振っている。
「い、いえ。ただ……ラナが大変そうでしたので。少しでもお手伝い出来ればと」
「……」
「それに私は他に取柄と言われるものもないですし、ココではこれくらいしかお役に立てないかなと思いまして」
それにいつも日課だったから、何もしないと落ち着かないのよね。掃除・洗濯・食事の下準備、これらはいつも一通りやらされていたから。
自分でもこれが貴族令嬢らしからぬことは頭では分かってる。でも分かってはいても、その他が分からないんだもの。
初めてきた場所で自分を落ち着けるには、やっぱりいつものことをするしか思いつかなかったの。
「掃除は君の仕事ではないよ。人手が足りぬなら、使用人をここにも増やせばいい」
「……はい」
「ああ……そうだな。君を責めてるつもりでも、君の得意なものを取り上げるつもりもない」
「……はい」
「マーガレット、君には君にしか出来ないことをお願いしたい」
うつむいていた私の顔にザインがそっと触れた。そして真っすぐに私を見ている。
私にしか出来ないこと。そんなこと本当にあるのかしら。だってあの家ではいつも、使用人と変わらない仕事しかさせてもらえなかった。
私だけとか、私がやりたいことなんて一切なかったのに。
「信じられないという顔をしているね」
「……すみません」
「そうだな。分かりやすく証明するには、これが一番か……」
「はい?」
「いいかいマーガレット。絶対にその本を離さないと約束してくれるかい?」
「え、はい」
私が片手に持っていた本をザインが指さした。絶対に離さないっていうのは、どういう意味なのかしら。だって普通に持っていたら本なんて落とすこともないのに。
でもふと考え、私は両手に本を持ち替えた。するとザインはにこりと一度微笑んだあと、私が持った本の反対側を掴む。
「いけませんザイン様!」
誰かの大きな声が聞こえ、私は一瞬そちらを見た。本から視線を離したその瞬間、本が暴れ出した。
「な、何⁉」
思わず離しそうになるのを必死にこらえて本を抱え込む。
本は生き物のように脈打ち、私の腕から逃げ出そうとしているようだった。
「ななななな!」
「すごいだろう?」
ザインはどこまでも涼しい顔で、慌てふためく私をただ見つめていた。
「ザイン様、なんなのですかこれは」
「先ほど見たではないか」
先ほど? ああ、さっきまでこの本は空を飛んでいたようだった。あれは見間違いとかじゃなくて、本当に飛んでいたのね。でもこの本を拾い上げた時は、何の反応ももうなかったのに。
何が違うの? さっきと今、と。
ぐるぐると思考が回り出す。はたき落としたダメージを受けて動かなかったというワケではなさそう。
だって私が持っていた時は、ちゃんと本であってこんな風に生き物のような感じはまったくなかったもの。
だとしたら……先ほどと変わった状況はただ一つだけ。
「ザイン様、手……」
暴れまわる本が腕から抜け出しそうになった時、私の声に応えるようにザインは本から手を離した。
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