魔塔主に見初められた本の虫の花嫁は、もふもふドラゴンの背の上でチート無双の夢を見る。
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
第1話 もふもふドラゴンの背の上で
「すごーーーーい! すごい! すごい! あああ、夢だったんです!」
自分でも驚くほどそれは大きな声だった気がする。そしてそれはマーガレットとして生きてきて、初めて自分の思いを真っすぐに口にした瞬間だったかもしれない。
「夢? これが、か?」
ザインの手の上に生まれた大きく赤い炎は、明らかに暖炉などの火とは違う。うごめく様に、そしてはっきりと術者であるザインの意思を持って、自在に大きくなっていく。
きっとこの世界の人間には分からない感覚だとは思う。でも転生者の私からしたら、魔法なんて夢でしかない。
幼い頃、ホウキにまたがっても空は飛べなくて、木の枝で砂に魔方陣を書いても召喚も出来なかった。
もちろん指から雷が出ることもなければ、本の中の呪文をいくら暗記したって魔法は出てはこない。
それでもいつか、もしかしたら、なんて思っていたのは幼い頃だけではなかったはず。
「はい! 魔法を自分の目で見て見たかったんです。本当は自分で使えたら最高なんですけど」
どうやら転生者であっても、私は魔法が使えない部類の人間みたい。何度か魔塔で本を借りて、一人の時に練習してはみたけど無理だったし。
でもこんな風に間近で見られるだけでも、一つ夢が叶った気分ね。
「そんなにいいものでもない気もするが」
「そうですか? だって綺麗ですし、派手だし。憧れですよ魔法使いって! あああ、本当にすごいなぁ」
「……そうか。そんな風に言われたのは初めてだな」
「えええ。みんな見る目がないですね」
私は夫でもあるザインの瞳を覗き込んだ。ブルーグレイの瞳はやや戸惑うように揺れ、何か悲しみと困惑を奥に讃えている。
ザインの魔塔主としての姿を隠匿としてる辺りからしても、あんまり魔法使いっていう存在は珍しいのかな。
というよりも、今の反応からすると魔法を使えることは良いコトではないような感じがするし。
こんなにも凄くて素敵なのに、なんでそうなのかな。もっともっと、褒められていいことだと少なくとも私は思うんだけどなぁ。
「魔法でバーンとか、ゴーンとかなるのが見てみたいです」
「あはははは。その言い方、元物書きとは思えぬ表現力だな」
「えー。そういうこと言います? 元々、売れない物書きだったんですよ。しかもこういう魔法の世界を書きたかったのに実力不足で書けなくって」
「自分が書きたいものを、書きたいように書けばいいのではないのか?」
「まぁそれもそうなんですけどね。でもさすがに魔法が飛んでバーンとかゴーンではちょっと、ね」
書きたいものが書けて読まれる世界なら良かったんだけど、ファンタジーを書くには私は力がなかったのよね。
あれだけ憧れて、一番大好きな世界だったのに。
それが書けないって分かった時、結構凹んだなぁ。でも今はそれもいい思い出でしかない。
そう、今は自分のやるべきことを見つけたから。
「お二人さん、ボクの背の上で楽しんでるとこ悪いけどアレ逃げちゃうよ?」
もぞりとフレイが動く。私、フレイの背に乗せてもらっていることを忘れすっかり魔法に興奮してしまっていたのね。
いくらフレイが有能なドラゴンだっていったって、さすがにその背の上で盛がるのはダメよね。
乗り心地が良すぎて、すっかり自分が今どこにいるのか忘れてしまっていたわ。
「ごめんなさい、フレイ。つい生の魔法に見とれてしまって」
「アレはどこだ?」
「ほら、あそこでまだ飛んでる」
フレイの視線を辿ると、そこには黒いモヤのようなものを背表紙から放つ一冊の本がまるでコウモリのように飛んでいた。このまま逃がしてしまっては、大変なことになる。
「とりあえず撃ち落とそう」
「も、燃やさないで下さいね」
「ああ、分かっている」
その言葉に似合わないくらいにザインの手の炎は大きくなり、球状になっていく。
「ファイア!」
「おおお、本物」
感嘆が自然と口をつく。私の頭以上に大きな炎が目の前の本へ向かって綺麗に飛んでいく。
まさか攻撃を受けるとも思っていなかった本に直撃した。すると本は動きを止め、垂直に落下していく。
「って、ザイン様あれではさすがにまずいのではないですか?」
派手なの見たいとかブツブツ言ってたから、炎大きかったんじゃないかな。あのまま地面に激突したら、さすがに本が壊れてしまう気がする。
「そうだな、このまま本の中に突入する」
「二人ともしっかり掴まっててね」
フレイは一度急旋回したあと、落下する本めがけてスピードをあげた。振り落とされないでもなにも、掴むとこもないんですけど?
と文句を言いかけた私の肩を、ザインが優しく抱き寄せる。
結婚したとはいえ、まだこの距離感になれない。ううう。恥ずかしいというか、なんていうか。慣れえないといけないのは分かっているけど。
「ここから先は君の力に任せる」
「……はい。この書きかけの物語に終焉を」
私たちは開いた本の中に吸い込まれるようにその世界へ入っていく。
つい数日前までは自分が力を持っていることも、こんなことになることも想像もしていなかった――
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