第7話 最低な見送り
母のあなたのためにという言葉が気にならないほどの早さで、日が進んで行った。相手方の希望で、式は行わないと父から聞かされた時、私はなぜか安堵した。
この屋敷さえ出てしまえば、もうこんな思いをしなくてもいいと思ったから。
だから荷物を作る際、母からかなりの注文を受けたものの、そのすべてを無視した。あの服はダメ、これは似合わない。本を持って行くなんて。
二度と帰らないと思ったら、そんな言葉すら気にすることなく、自分がどうしても持って行きたいものだけを詰め込んだ。
そして母が私のためにと詰めたものたちは、二度と開封しなければいい。
そう思えば思うほど、なんだか待ち遠しく思う自分がいた。
「まったくこれだけわたしがあなたのためを思って言っているのに、そんな変なモノばかり詰め込んで」
「嫁げば実家に帰ることも大変でしょうから」
「だけどそんなもの持って行けば、あなたが変な人だと思われるのよ! 本だなんて。しかも何が書いてあるかも分からないような変な本だばかり」
母にしてみれば、学問や実用本以外の物語が書かれている本は変な本という認定らしい。
何度そんなことはないと説明もしてみたけど、最後まで通じ合うことはなかった。
母にとっての娯楽本といわれる類を読む人間は、頭が少しおかしいという思いがある以上、どれだけ話しても通じないもの。そんなことに労力を割いたって、ただ疲れるだけ。
それに幾度も幾度も否定されてそれに耐えれるほど、私は強くなんてなかったから。
この屋敷では極力母の意思に従い、穏便に、息を……自分を殺して生きていくことだけが平穏でしかなかった。
「相手のお方の顔も何もかも知りませんし、せめて自分の知ったものを持って行きたいんです」
「まったく、なんでそんな頑固で自分勝手な子に育ってしまったのかしら」
「お母さま、別にいいではないですの」
「フリージア」
玄関先での送り出しに、フリージアはやや遅れて顔を出す。前日の夜会に出席していたせいか、昼を回っているというのに寝起きのままという感じだ。
服は辛うじて寝間着ではないものの、髪もぼさぼさのまま。私の見送りなど、どうでもいいと顔に大きく書いてあるようだった。
「お姉さまをもらって下さるだけでも奇特なお方なのだし。きっとすごく寛大な心の持ち主なのではないですの?」
「それはそうかもしれないけど」
「それにお姉さまがそういう性格なのはもうずっと前からだし。嫁ぎ先で厳しく指導されてしまえばいいのよ。こんなにお母さまが心を砕いても通じないのだから」
「本当に、ね」
心を砕いて、ねぇ。これはそういうものなのかしらね。私は娘であって母であったことがないから、全然分からないわ。
でも少なくとも娘として、心を砕いてもらえてうれしかったと思ったことは一度もない。
それだけが私の中での真実。
「お世話になりました」
私は二人の茶番のような話をい終わらせるために、会話に割ってはいった。礼儀だけは、せめてもの私からの言葉だ。
「何かあっても帰ってこれると思わないことね」
「……はい」
「その頃にはアタシがココの夫人になってるからね、お姉さま」
「……そう」
「まったく可愛げのない。とっとと行きなさい」
「そうされていただきます」
『清々するわ』との母の呟きを無視し、それは私の台詞だと心に落としながら、魔塔より来た迎えの馬車へと乗り込んだ。
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