第6話 誰も知らぬ婚姻相手
「遅いぞマーガレット!」
「まったくどこで油を売っていたのマーガレット」
執務室に入った瞬間ほぼ同時に両親からの叱責が飛んで来る。
見ればどっぷりとした腹を揺らし、頭に脂汗をにじませながら父は眉間に深いしわをよせ、母はその後ろで腕を組みながら目を吊り上げていた。
体格は痩せと太という対照的な父たちだが、その表情は似ているわね。
遅いと言われるほど何かをしていたわけでもないし、フリージアと長話をしていたわけでもないのに。
呼びに来るのが遅かっただけだと思うのに、言ってもどうせ通じないことは私が一番よく分かっている。だからため息を飲み込むと、グッと堪えて前を見た。
「すみません。お母様よりいい使った用件をやっておりました」
「何を言いつけたんだお前は」
「わたしはただの花嫁修業の一環ですわ。だいたい、この子が要領悪くすぐ終わることもこんな時間までかかってたんではないですか?」
「全く困ったものだ」
母の言いつけは父は知らなかったみたいね。でも母を咎めることはそれでもしないでしょう。父は元からそういう人だもの。気にしたら負けね。
「フリージアからお話があるとお聞きしたのですが」
「ああ、そうだ。だから急いで呼んだんだ」
「いいお話よマーガレット。あなたにはもったいないくらいの」
この時点で全然いい予感はしないけど、聞かないという選択肢はどうせないのよね。
貴族令嬢として生まれてしまった以上、婚姻は絶対だから。
「そのお話とは?」
「おまえの婚姻が決まったんだ。お相手は、この国の宮廷魔導士にして魔塔の主たるザイン様だ」
「魔塔主? あの、そのお方は……貴族なのですか?」
ある程度のことは諦めていたし、フリージアのあの喜びようからきっといい話ではないとは分かっていた。
分かってはいたけど、魔塔主って何?
「一応貴族ではあるが、その詳しい情報は国家機密に値するとのことだ」
「そんな方がどうして」
「器量の悪いあなたをどこかで見初めたそうよ」
「まったくほとんど夜会になど参加していなかったが、売れ残りになる前で良かった」
「本当ね。もらっていただけるなんて、有難いわ」
夜会は確かに好きではなかった。でも参加しなかった原因はいつも母にあった。
私が出かける前になると必ずまたあの言いつけが始まったから。それが終わるまでは絶対に参加なんて認めてもらえなかったし。
母にとって自分が出した課題がクリアー出来ればいい子であり、一瞬だけは認めてくれるというのを繰り返してきた。
だから初めはそんな母の気持ちに答えなきゃ。出来なければ自分はダメな子なんだって、そう思っていたから。
ただその期待のようなものもいつしか私には重すぎてしまって、この屋敷で自分を殺して生きていくだけで精一杯になっていた。
だからこの婚姻が本当はいいものかどうなのか分からない。何も知らない相手に嫁ぐことを快諾した両親は、どうかと思う。
でも……ココから逃げ出せるのならば、マシだと思える自分がいた。
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