第8話 はじめまして? な生き物
馬車は少しの後ろ髪も引かれない私の心の内を知っているかのように、足早に街の中を駆け抜けていった。
それでも流れて行く景色は、いつもより色を帯び、ただ自然と笑みがこぼれてきた。
そして街の中を抜け、王宮の裏側に回り込むように林の中を馬車は抜けていく。
街から離れてこんなに移動したのは初めてね。王宮の裏側はこんな風になっていたなんて、きっとこの婚姻がなければ知らなかったわ。
「ああ、それに魔法についてもあまり知らないのだけど大丈夫かしら……」
「そこは大丈夫だと思うョ?」
自分一人だと思っていた馬車の中で急に相槌を打たれ、私はあたりを見渡した。
さすがに御者の声にしてはかなり幼く、涼やかな声はすぐ近くから聞こえてきた気がする。
今の声、どこから? 馬車の中には確かに私以外いないのに。
「えっと?」
「ああ、やっぱりボクの声聞こえたネ」
「んんん、あの、どこに……」
もう一度辺りを見渡せば、馬車の席の反対側に小さな緑のドラゴンのぬいぐるみが置かれていた。
まるで寝そべっているそのぬいぐるみは、子どもの忘れ物とはいえやや不自然に思える。
私は好奇心を抑えきれず、ぬいぐるみに手を伸ばした。
「やぁ」
ぬいぐるのドラゴンは急に顔を上げ、大きな瞳を開けこちらを見た。
「ひぅっ」
声にならない音が喉を抜け、出した手を引っ込める。
なになになになに。えええ。ドラゴン? ドラゴンって本の中の世界だけじゃないの?
ああでも、魔法があるのだから私が知らないだけなのかしら。本はたくさん読んではきたけど、そういう外との交流は母が極端に嫌ってきたから知識が薄すぎるのよね。
それに『やぁ』って声をかけられてなんて返すのが普通なの?
「は、はじめまして?」
「ふふふ。うん。はじめまして」
ドラゴンはにこやかな顔をしたかと思うと、ふよふよと飛び始めた。
どう反応していいものなのか分からず固まる私の近くを、まるで観察するように飛び回っていた。
「あの……」
「うん」
「龍ですよね」
「そうだねー。君は物知りだね」
「そうですか?」
「そうだょ。中々、この国ですぐにボクが何か分かる者は少ないからね」
ということは、別に私が世間知らずだからってわけでもないみたいね。あんまり龍っていう生き物はポピュラーではないということね。
「それにしてもさすがはザインが見込んだ娘だね」
「えっと?」
ザインというのは確か、私の夫となる方の名前よね。それにしても見込んだっていうのはどういうことなのかしら。
この婚姻はてっきり、親同士とか何かが勝手に決めたものだとばかり思っていたんだけど。
「あれ聞いてない? どうしても君がいいとザインが言い出したんだよ」
「えええ。そんなの一言も聞いていません。私はてっきり何かの義務とか、親同士の話し合いだとばかり思っていたのですが」
「んー。どこでそんな話になちゃったんだろーなぁ。変だなぁ。ザインは君を見た瞬間、君以上の人はいないって思って求婚を申し込んだってボクは聞いたけど」
そんなの一言も父たちは言わなかったわ。ただこんな私でももらってくれるってことに喜んでいただけで。
でも、今の話だと私は一度どこかでお会いしたことがあるということなのね。
でもなんだかむずがゆい。なんの取柄もなければ妹のように愛嬌があるわけでもなく、要領が良いわけでもないのに。
こんな私をいいと言って下さる人がいただなんて。
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