オクトの友人たちの末路

頭領は捕まえられたが、事態は深刻だ。オクトは泣き喚く子供を抱え、教会の中に走りこむ。この子の母親を探すが、教会にいる人々は怯えてそれどころではない。自分のことで精いっぱいだ。そんな時、遠くで大砲の音がすれば皆が体を縮こませる。

「カリアはどこ行ったんだ」

 オクトが辺りを見回しても、彼女の姿はない。オクトは子供を床に降ろして跪いた。

「いいかい。ここで皆と待っているんだよ」

「やだよ」

 子供の小さな手がオクトの腕を掴む。非力な手は恐怖で震えていた。親は攫われてしまったのか、町の惨状を受け入れられないのか、オクトにはこの子の痛みの真意がわからない。

「私が誰よりも前に出て守ります。貴方を、決して傷つけたりはしない」

 ふと頭の中で、ジュンと出会ったときに放った言葉がよぎる。突然現れてこんなことを言われたので、ランタナとクラズは思わず目が点になって、笑ったのだ。オクトも思い出して思わず笑ってしまい、子供は不思議そうにしている。

「大丈夫だ。君はこれ以上決して傷つかないから」

 オクトはそう言い残し、教会を後にした。負傷した兵も教会で休息を取り、スピカが空いているスペースを確保して人を運び、町民と共に医療行為を手伝っている。オクトも町に戻ろうとした時、ふと礼拝堂の扉が開いていることに気づいた。

 敵か、味方か。オクトはざわつく胸を抑え、外の喧騒とは程遠い空っぽの礼拝堂に忍び寄った。

「負傷した方ですか、こちらに来てください」

 礼拝堂には誰もいない。声が虚しく反響する。オクトはふと、礼拝堂の水湧き場の手前、講壇が真ん中からずれていることに気づいた。そして覗くと、地下室に続いている。

 なんだこれは、と思っていると中から女性の頭が飛び出た。

「やだっ。誰なの、あっ、オクト」

「何してるんだ。カリア。今街が大変なんだぞ」

 オクトが驚いて大声で尋ねると、カリアが困ったように笑う。

「私朝帰ってきて、そのままこの地下室に潜っちゃったの。町がこんな目にあってるなんて。でも大司祭様に隼を飛ばしたし、きっと事態はすぐに収束するわ」

 カリアの他人事な態度に違和感を覚えた。普段の彼女なら、血相を変えてみんなのために奔走するはずなのに。しかし彼女は地下室を下りて、オクトを誘う。オクトは仕方なしに地下室に潜った。

 かび臭い部屋に一台の黒い機械が置かれている。その機械から放たれる光が、壁に映し出されると四角い枠の中にさらに人がいた。現れ、草原を走り、友と抱き合う。

「なにこれ」

 カリアは興奮気味だった。

「これはね、教会が保存している技術よ。海の女神の怒りを買って滅ぼされた人が保有していた、人類を堕落させる物って言われてるわ。建前の作り話だとしても、昔の人はよくこんなこと考えたわよね」

「そうじゃなくて」

彼女は喋り続ける。オクトの知っている彼女ではなかった。

「覚えてるかしら。私、昔オクトにオリジナルの冒険譚を見せられて、お返しにこれを見せてあげたの」

「そう、だったっけ」

 オクトは要領を得ない答えだった。覚えていないのだ。

「この景色にはね、オクトが考えたような、大昔誰かが考えた物語が綴られているのよ。面白いでしょう。ほら、遠くで煙が上がった。ああ、ここで物語は終わるの。つまらない。この話の続きが、きっと教会の本部に隠されているの。だから」

「だから大司祭に気に入られようとして、芝居をうったのかい」

 オクトの冷めた目が興奮気味の彼女を見た。

「なに、それ」

「ずっとおかしいなって思ってた。シランはもちろん、デルフィさんも一緒に暮らしていたからよくわかる。浅知恵や子狡い所はあっても、盗賊や大司祭も騙して、大博打を打つような真似はしないって」

「大博打だなんて」

 彼女の瞳が揺れる。

「誰かが糸を引いてるんじゃないかって考えていた。まさか君が、そんな嘘だ。君の後ろにも誰かいるのかい。だって、優しい君がこんな酷いこと考えられるわけない」

 カリアはため込んだ我慢が煮えたぎるのを感じた。

「いいえ、私がやったの。デルフィさんに盗賊と組むよう促したの。あいつらが、悪事を働いたって大司祭に言えば、私が手柄で中央に行けるから。あの二人って、ホント間抜けよね」

「あいつらって、君はそんなこと言わない。この町を犠牲に自分だけ出世するようなことはしない」

カリアは退かなかった。

「私はこの町が好きじゃなかった。どうなってもいい。この景色の続きが見られるなら、なんだってするわ」

「ただの空想物語だろ」

「あんたが書いてたのも同じだろうが」

 カリアの心の琴線に触れ、彼女は怒りを吐き出した。

「わかった、落ち着いて。少し疲れているんだ。優しい君がこんなことするわけない」

「相変わらず、自分の信じたい所しか見てないのね。運よくジュンが戻ってきて、夢がかなって良かったじゃない。お姫様」

「こんなことで喧嘩したいわけじゃないんだ」

 オクトの手が機械に当たり、床に激しい音を立てて倒れた。カリアは血相を変えて機械に不備がないか確認し、オクトも手伝おうとする。

「触らないでよ!」

 カリアは叫び、機械を布にしまうとさっさと梯子を昇っていく。引き留めなければいけない。何故こんな無茶な計画を進めたのか。彼女の目的は、あの機械の生み出す物語の続きを知りたい、それだけだ。それだけで、人をあんな恐怖に叩き落とせるのか。

「町が嫌いなのは、本当かい」

 オクトが尋ねると、カリアの足が止まった。

「誰も私を必要としていないでしょう。認められなかったんですもの」

「なあ、俺にこれを見せたのは」

 カリアは振り返った。涙で腫らした顔に、胸が痛くなる。

「くどいわ。町中に私のことを言いふらしたきゃしなさいよ」

 そんなことするわけないじゃないか、オクトがそう言う前にカリアはその場を後にした。君なら正直に言ってくれるだろう、というオクトの淡い期待を無視して日は暮れる。彼女は結局大司祭への、この度の情報収集と告発のお陰で、中央の王の傍で仕えることになった。カリアはやがて町を去る。      

 イオタも、あれっきり帰ってこなかった。

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