ナシュとの対決

 ランタナとクラズが大事にしていた屋敷が着々と、ナシュとその仲間たちによって壊される。時にフロックスが誤って壁を破壊し、ウォルフの投げた斧が床に突き刺さり、カトレアの槍が備品を貫く。ナシュと船員は息の合った連携で翻弄する。

 今しがた、ハルシャが背負い投げた船員が床に突っ込んだ所だ。

「お前らもうちょっと加減して戦えないのか。家が壊れる」

 ジュンが叫んで仲間に連携を呼びかけるが、いかんせん即席なものでばらばらだ。自分がしたいとき、タイミングしか考えていない。

「君たちは戦士なのかい。だったら、この島の程度もたかが知れてるな」

 極めつけはナシュが煽ることで、乗せられやすい苛立った三人が余計に浅慮になることだった。他の兵は上司たちの獲物の取り合いにもどかしさを抱え、武器を構えるだけ。

「大司祭の奴に、町の加勢に行ってもらった方がいいんじゃないかしら」

 ハルシャの言い分も最もだった。膠着状態であるいま、フロックスの率いる兵団の力が頼りだ。だが、ここで時間ばかりが経っていても事態は悪化する一方だろう。ジュンはハルシャの耳に作戦を手短に話した。

すると、疲労で意識が朦朧とし始めた兵士に、ナシュの銅剣が襲い掛かる。ジュンは走りよって庇い、間一髪でその銅剣を拾った剣で軌道を流した。力任せの技ではない磨かれた剣技に、ナシュがにやける。

「流石の剣技だ。是非うちに欲しいね」

 ジュンは取り合わない。ジュンは剣を構え、背後の三人に背中が見えるような位置に移動する。鍔に添わせた手の片方を後ろにし、指で指示を送った。革命軍時代によくやった指サインだ。

「勧誘はお断りしたはずだが」

 なぜ彼女がそのサインを使えるか、理由は明白だが彼らはジュンと認めない。しかし六年間続けてきた指示の送りあいは、彼らの脳内に行動の予想と共有をもたらした。

「本気でこの島に居続けるつもりかい。町の文明も文化レベルも、俺たちとは大幅に劣っているこの島に、なんの望みをかけて縋る?」

 指示を送り終え、再び鍔に両手を添える。ジュンは足を一歩下げた。

「期待はしていない。私の人生にケリをつけなきゃな」

 ジュンの様子に何か来る、とナシュは予見する。

「愛した女の指輪が欲しいんだろう。俺の側につけよ」

「君に少しの間預ける。君はここで一旦退場してもらおう」

 ジュンが不自然に足を地面にこする。すると、遠くにいたハルシャが割れた食器の破片を使って、反射した光をナシュの目に当てた。うわっと怯んだ隙をついて、カトレアの槍が戦況を切り開く。銅剣で防がれるが、後ろに飛んだナシュの背中をフロックスが拳で叩きつける。

 背骨が折れたかと思う衝撃を全身で食らい、視界が眩む中大きな手が自分を地面に縫い付けた。見上げると、鼻息の荒いウォルフが自分を拘束しているのに気付く。

「猿にいい様に使われて、満足かい」

 同胞に投げかけた捨て台詞に、ウォルフは鼻で笑う。

「お前こそ王に使われる奴隷だ」

 周囲の兵が勝どきを得て咆哮をあげた。戦いあった兵士で肩を叩きあえば、ナシュの船員は肩を落とす。フロックスは縄でナシュを縛り上げ。カトレアとウォルフに礼を言った。彼らは何も言わない。それでもフロックスの中には懐かしさが残り、兵に指示を送った。

「いいか。敵はまだ町にいる。蹴散らすぞ」

 兵たちは元気よく返事をし、ナシュを縄で連行しながら坂を下って町に進んだ。

「私たちもオクトやスピカと合流しましょう」

 ハルシャがジュンに言うと、ジュンの言葉にならない曖昧な返しに首を傾げる。いつもの彼女ではない、どこか今にも倒れそうな様子だった。

「あ、ああ。すぐ行こう」

 ジュンの視界は酩酊している。ぼやけ霞み、ナシュに口移しで流し込まれた薬の存在を思い出した。あれだ、きっと。

「座って。貴方十分戦ったわ、休んで。教会に運ぶから」

 ハルシャがジュンの肩と足を担ぎ上げる僅かな揺れで、ジュンは揺りかごに揺らされたように眠りが深くなった。

「ありがとう」

「良いのよ。私たち、友だちでしょ」

 従軍中には決して見つかることのなかった存在だ。嘘をついている、それだけでいつしか誰にでも壁を作るのが日常茶飯事になった。仲良くなったフリ、強いフリ、傷ついていないフリ、非常に得難い経験だったかもしれないが、疲れることも同じくらいあった。

 今は少しだけ安心して眠れる、ジュンは灰色の瞳を瞼の奥に隠した。

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