第14話 利害の一致。マイペースな二人の対等な取引
これじゃあ先程の失言をなかった事にはできなかったか。
いやまぁ何が失言かはよく分からないけど。
でもえーっと、なんかいい事……。
「あ! アネモネの名前の由来は、隣国の『風』という名の古語からきているらしいのです。これは、今でこそ小競り合いをしているせいで国交が断絶している隣国と、昔は花の名が伝わるようなやり取りが少なからずあったのではないかと推測する事もできる話で!」
つい思いついたのが嬉しくて、思わず早口で語ってしまった。
ハッと我に返った私は、一気にトーンダウンする。
「その、もしそんな過去が――歴史が本当にあったら、とても素敵な事だとは思いませんか……?」
そう言って、チラリと彼の顔を窺い見た。
怒られるか、そうじゃなくても機嫌を損ねていると思っていたのだが、盗み見た彼の表情は、何故か少し驚いていた。
どうしたのだろうと思わず首をかしげると、彼はポツリと「お前はそう思うのか」と呟いた。
「俺は今まで隣国のヤツラを『自分たちの邪魔をしてくる相手だ』としか思った事がなかった」
「あ、申し訳ありません。余計な事を言いました」
そうだ。
彼にとっては自領を、領民を脅かす相手に他ならない。
彼が熱心にしているという剣の鍛錬だって、彼らを打ち負かし追い返すために日夜行っているのだろう。
もちろん私にそんなつもりはなかったけど、もしかしたら彼のその想いを否定するような言葉だったかもしれない。
そう思って謝れば、彼は意外にも「いや」と言う。
「別に怒ってはいない」
「そうですか?」
ならまぁよかった。
そう思いながら、さてそろそろこの場からお暇しようと立ち上がった時だ。
「先程『歴史』と言っていたが、この土地の歴史に興味があるのか」
「えぇまぁこの土地に限らず、歴史にはとても興味がありますが……」
あれ、知らない?
一瞬そう疑問に思い、すぐに「いや、たしかに彼に『歴史研究が趣味だ』などという話はした事がないな」と思い直す。
貴族だし、私の事など噂話で知っているものと思っていたけど、よく考えれば彼は私以上に社交場に顔を出さない。
彼のお父様から話を聞いていれば少なからず知っていてもおかしくはないけど、彼は最初からまるで私に興味がなさそうだったから、聞く耳さえ持たなかったのかもしれない。
「俺は長男だ。俺自身は机に、座って書類仕事をしたり頭を使って領地経営をするよりも剣を振っている方が性に合うが、それにかまけて領主としての仕事をしない訳にもいかない立場に俺はいる」
「はぁ」
急に何の話だろう。
そんな事を思いながらもとりあえず話を聞いていると、彼はまっすぐに私を見て言う。
「先日話していた開拓の候補地を調べてみたら、地盤が緩い事が分かった。現在別の候補地を探しているが、つまりだ。お前の知識はこの領地の役に立つ。……別に常に何かをしろという訳ではない。お前は俺が求めた時に、持っている歴史的知識を語ればいい。それだけでこちらが勝手に利にする」
彼の遠回しな物言いに最初こそ分からなかったけど、段々と「もしかしてこれは、先日お断りした領主経営の補佐をするという話の続きだろうか」という想像がついてきた。
歴史的な事を語れる場というのは、久しく私になかったものだ。
少し興味は惹かれるけど、歴史は一つの結果であり、何かを保証するものではない。
その上文献に書かれている事が、すべてその当時の事実であるという保証もないのだ。
そういうものを集めて当時を想像し楽しんでいるだけの私に領地経営なんて、少し荷が重すぎないだろうか。
そんな風に考えた私は、彼に再度断りを返そうと思った……のだが。
「領主というのは、その土地の今を支える仕事だ。今はいずれ、過去になる。補佐はそういう人の営み――歴史の変化を、一番近くで見る事ができるポジションかもしれないぞ」
ずっと本や物から想像する事でしか触れる事ができなかった歴史を、目の前で見る事ができる。
それは、文献から想像するのも楽しい反面、無理だと分かっていながらも事実を知りたいと思い続けていた私にとって、とても魅力的な提案だった。
私の内心が顔にでも出ていたのだろうか。
彼はフッと小さく笑う。
「生活は今までと変わらない。俺もお前も好きにやる。だたし週に一度、互いの利害のために少しの間だけ時間を合わせる」
「利害ですか?」
「お前は歴史の目撃者になるため、俺は剣を振る時間を少しでも多く確保し続けるために」
互いに対等の取引だ。
彼は私にそう言った。
歴史研究に没頭し過ぎるあまり、周りどころか寝食までも後回しにする私と、自ら背負う義務に向き合いながらも「剣を振りたい」という己の願いにも忠実で、社交などには論外で興味のないケルビン様。
私たちは二人とも、他の貴族たちの生活や感性とははかけ離れたところに願望を持つ、あまりにもマイペース過ぎる人種なのかもしれない。
しかしだからこそ、時間の使い方や彼の気持ちに共感できる部分もあって。
「分かりました。よろしくお願いいたします」
私がそう言って頷くと、彼は「そうか」という素っ気ない一言を零して早々に踵を返した。
人によっては冷たいと思うかもしれないけど、私もちょうどまた本が読みたくなっていたところだ。
ちょうどいい距離感は継続してくれるのだと知って、少しばかりホッとしルトナーに「じゃあ私も行くわね」と告げる。
戻る廊下で考えていたのは、既に書庫室のどの本を読むかという事だった。
しかしその足取りがいつもより一層軽かったのは、歴史を間近で見られるかもしれない明日や明後日に少しだけ、心躍っていたからかもしれない。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
本作はコンテスト挑戦作のため、ここで一旦完結設定にさせていただきたく思います。
続きも裏で執筆中なので、コンテスト期間が終わりましたら連載再開予定です。
もし本作を少しでも気に入ってくださいましたら、作品フォローの上、再開まで今しばらくお待ちいただけますと幸いです。
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