第11話 『歴史狂い』の歴史的見地と確固たる意思



 しかしどうやら違うらしい。

 そういえばミアが言っていた。

 彼には彼が女嫌いになる原因があったのだと。


「ごめんなさい」


 心から、そんな偏見を持った自分を後悔した。

 たしかに彼の態度に煽られて出た言葉ではあったけど、だからといって自分が言った言葉が正当化される訳ではない。


 そんな私に彼も少し毒気を抜かれたようで、一瞬「いや俺も」と言いかけて、ハッとし咳払いをする。


「そんな事はどうでもいい。それよりも開墾の件だ。お前の言にもし根拠があれば、その話は領地経営に加味する必要がある」


 これは私に意見を求めているという事でいいのだろうか。

 思わずキョトンとしてしまった私に、彼が苦い顔で「何だ」と聞いてくる。


「やはり根拠などはない戯言か」

「いえ、根拠というか、歴史を前例に懸念すべき点はあるとは思いますが」

「じゃあ何だ。俺が机仕事を苦手にしているから領地の事も適当にやっていると思ったか。だとしたら完全な的外れだ。俺はこの土地を守りたい。隣国と隣り合っている立地上そのための最大の手段が剣なのであり、領地経営も領民の生活を守る事には変わりない。上手い・下手は置いておいて、関心がないわけはない」


 そんな事は何も言っていないのだけど……もしかして先程の私のように、彼もまた机仕事や自身が剣に傾倒している事について、周りからそのような事を言われた事があるのだろうか。

 だとしたら私たちは意外と、近しいところにいるのかもしれない。


 何だか急に親近感を感じてしまって、そんな自分の変わりようをおかしく思い思わずクスリと笑ってしまった。

 彼に「何だ」と目ね付けられたが「いえ何でも」と答えた後に、彼の質問に答える形で彼に改めて開墾に関する危険性を語る。


「七十年前、ある領地で大規模な開墾をした結果その土地が地すべりを起こして近隣の村々が悉く土砂に呑み込まれたという記録があります」

「ある土地とはどこだ。そこまで言わなければ信憑性に欠ける」


 そう言われて、逡巡する。


 実はそれは、私が歴史研究をする中で出会った『公にされなかった事実』だ。

 

 その当時の領主は、現在は跡目を譲ってこそいるもののまだ存命だ。

 現王はきちんとした人だからきっと国に報告すれば、当事者はそれなりの叱責を受ける事になるだろう内容である。


 だからこそ彼に地名まで言う事は憚られる。


「……私は歴史を研究したいのであって、歴史のあら捜しをしたい訳ではありません。歴史研究を告発に使いたくはないのです。ですから他言無用という条件でしか、お話することはできません」

「ジョン」

「はい。私は今何も聞いておりません」


 即答したジョンに頷いて、彼は私を真っ直ぐに見据えた。


「これで聞いているのは俺だけだ。俺にも告発の意思はない。俺の敵は隣国だ、要らぬ事をして中にまで敵を作りたくはない。そもそも今の俺に他言するような外への友好もない」


 彼の目はとても真剣だった。

 嘘のないまっすぐな目だと思った。

 説明できない感情が「彼は信用していい」と言っていた。

 だから自然と口を開けた。


「リザンドーマです」

「あの土地はたしか湿地帯だったな」

「はい。しかし地すべりを起こした場所は、あまり傾斜がありませんでした。そのため当時の領主もまさかそんな事になるとは思っていなかったらしく、現場も領主館も混乱し、色々な対応が後手に回った……という事が、一文官の手記に綴られていました」


 公には、小規模な事故として片付けられている案件だ。

 王城への災害報告も成されなかったが、それについてその文官は「災害ならば国からの援助も得られただろうに、自分の判断と欲をかいた開墾の結果の惨事を隠したかった領主の思惑でなかった事にされた。伝えていればもっと多くを救う事もできたかもしれない」と、悔恨と共に綴っていた。


「他にも、開墾する前にはその用途で使える土地なのかを調査した方がよいと思います。私は領地経営に関してはズブの素人ですが、また別の土地では『開墾後に作物が育たない土地だと気がついて更なる労力を強いられた』という歴史も存在します。ララントの観光地になっている花畑などはその結果の好例だと言えますが、偶然が重なった結果ですから」

「開墾がただの労力の無駄になる事もあるという事か」

「はい。そうでなくとも『今までずっと作業の手がなく未着手だった』とジョンが言っていましたから、せっかくわざわざ手を空けたのにその結果が振るわないとなれば、流石に携わる方々が可哀想かと……」


 それは純粋に頑張った結果が徒労に終わる人への憐れみであり、実際にそういう事が不満となって折り重なった結果、叛逆ののろしにもなり得る事を知っているからこその懸念でもあった。


 どの国も、血塗られた歴史は存在する。

 そしてそれは往々にして、一つのきっかけでは起こり得ない。

 すべての始まりは、意外にも小さな事であったりもする。

 それらはすべて私が歴史を研究した結果得た、物事の帰結の一つの可能性だ。


「ジョンにも言いましたが、歴史がそっくりそのまま繰り返される事はほぼありません。他の土地であれば、土地の条件が違います。同じ土地であっても時が違えば、状況も関わる人も違います。ですから前例をそのまま猛進する事も危険です。そういうものを知った上で今後どうすべきか考える事こそ、ケルビン様のすべき事だと私は思います」


 言いたい事は言ったつもりだった。

 しかし言った後で、最後の一言はちょっと余計だったかもしれないと後悔する。


 先程も彼に言ったけど、私は領地経営に関してはズブの素人だ。

 ただの歴史研究に傾倒している人間に過ぎない。


 もし気を悪くされたら今後この屋敷で住みにくくなるし、形はどうあれ私の一言のせいでせっかく不興できた小さな歴史を聞かなかった事にされてしまうのは、何だかものすごく寂しい。



 少し不安になりながら、私は彼の出方を窺った。

 すると数秒の沈黙の後、彼は再び「ジョン」と自らの執事の名前を呼ぶ。


「どうやらお前の申し出は、一考の余地があるみたいだな」

「懸命な判断かと思います」

 

 何やら目の前で、二人にしか分からない会話がされている。


 とりあえず「話を聞きたかった」という事なのであれば、用件はもう果たしたのだしそろそろお暇したいところだ。

 まだ読んでいる途中の本があるのだし。


 そんな風に、放置された事で私の思考はもう既に半分ここから旅立っていた。

 だから彼の次の言葉に私が率直で素直すぎる一言を返してしまったのは、彼の顔が「本当は女に頼りたくなどないが」という内心を隠せていなかったからなのではない。


「その知見を活かして、お前にはノースビークの領地経営を手伝ってもらおう」

「いえ、結構です」

「……は?」


 反射的にそう言っていた。


 断られるとは思ってもいなかったのだろう。

 不服を含み苦みを増した彼の声に、私は思わず「あ、やべっ」と思った。


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