第二節:やっぱりおかしな子爵令嬢
第12話 『変な女』はふりじゃないらしい ~ケルビン視点~
週に二回の、騎士に交ざっての鍛錬の時間。
いつもなら無心で剣の研鑽ができる時なのだが、今日ばかりは言葉では表現できないモヤモヤを振り払うための作業になってしまっていた。
いつも共に剣を振っている相手にそれが分からない筈もなく。
「おいどうした? 何か嬢は厭に邪念が籠ってるなぁ」
休憩の時間、タオルで汗を拭いながらため息をついた俺に、からかい口調の男が聞いてくる。
金髪を後ろで束ねた、空色の瞳の男だった。
俺よりも些か線が細くありながら、これでもノースビークを守る騎士の中では最速の剣を誇る男だ。
俺とはまったくの対照を行くような明るくて誰とでもすぐに仲良くなれる、サニーという名前がよく似合うやつで、俺にとっては幼馴染と言っていいくらいには、もう長い付き合いになる。
「別に」
「別にっていう顔じゃないだろ。そんなに眉間に皺寄せて」
ケラケラと笑いながら言われて、俺は尚の事眉間にギュッと力を入れる事になった。
こいつは適当なようでいて、こういうところはいつも鋭い。
それはもう、ちょっと憎たらしい程に。
「少し物事が思い通りにいかない鬱憤が溜まっているだけだ」
「あぁもしかして、お前のところに嫁いできたっていう令嬢の話か? 俺まだ一度も見た事ないけど」
「正式にはまだ嫁いでいない。籍を入れる儀式はまだ先だ」
「何でそんな面倒な事。どうせ結婚するんだろ?」
「知らない相手だ。『契約』に縛られる時期は少しでも遅らせたいと思うのは自然な事だ」
「契約って。いやまぁ貴族同士の婚姻なんて、そういうもんなんだろうけど」
そう言いながらサニーは笑う。
まったく、他人事だと思って無責任な。
「猶予期間に問題でも起こすか出戻ってくれればこの話もなくなるんだがな」
「お前なぁ……。まさかそれを狙って意地悪しているなんて事はないだろうな」
「そんな事はしていない」
本当ならばしたいところだが、流石に大人げないし、そんな事をしている時間があるなら剣の鍛錬に使った方がいいに決まっている。
そうじゃなくても一日は二十四時間しかないし、人間食べたり寝たりしなればならないのだ。
これ以上時間をロスしたくない。
俺の憮然とした物言いに、何かを察したのだろうか。
彼は苦笑しながら今度は「言っとくけどなぁ」と説教をしてくる。
「女が全員あんなのっていう訳じゃないぞ?」
「ふん、どうだか」
実際に、仕方がなく社交場に出ていた時は、群がってくる女たちは終始「察して」アピールをしてきていて、もうそれはものすごく面倒臭かった。
何が楽しくてお前のために愛想笑いやつまらない話への相槌を打たなければならないのか。
何度そう思ったか分からない。
家柄に惹かれて寄ってくる女が多いから、社交場も嫌いになった。
「でもお前が女を突っぱねるんじゃなくて悩んでるんだ。他の令嬢相手とはまた違う何かが起きてるんだろ?」
そう言われ、図星に俺は言葉に詰まる。
たしかにマリーリーフ・ウォーミルドは、他の女とは違うかもしれない。
少なくとも今のところは「自分を構え」「自分に合わせろ」などという面倒な事を言ってくる様子はないし、何なら自分も好きに生活している。
それどころか同じ屋敷に住んでいても基本的には二、三日に一度の朝食の席でしか会わないし、こちらから声をかけない限り話しかけてくる事もない。
いつもどこかを見ながら、心ここにあらずな事が多い。
領地経営の手伝いを打診した時にはキッパリと断ってきたし、もう何だかあの女がよく分からない。
そもそも何であの流れで、領地経営の手伝いを断られるのか。
あんなに楽しげに語っておいて、どこに断る理由があったのか。
何度考えても、未だにまったく分からない。
「さっきも言ったけどさ、人間、性別で性格が決まる訳じゃないぞ? その分だとお前、その令嬢の好きなもの一つ知らないんじゃないのか?」
「は? もちろん知らないが」
「はーぁ、お前な。相手の好きなものと嫌いなものを知ることは、コミュニケーションの第一歩だ。お前が一体何にそんなに頭を悩ませているのかは知らないけどさ、まずは彼女を『女』じゃなく一個人として見るべきじゃね? そしたらちょっとは状況も変わると思うけど」
彼の言葉には、妙な既視感があった。
何だろう、と考えて、少し経って「あぁ」と思い出す。
「あの方は、旦那様の言葉を守って自ら采配をされる事こそありませんが、会うと必ず何気なく、私たち使用人の事を気にかけてくださっています。貴方が貴族、特に令嬢を嫌っておいでなのは承知の上ですが、もう少し彼女ご自身をの知る努力をした方がいいと思います」
それは、資料を取りに行ったジョンが戻ってきて早々、開墾についての懸念事項と共に言った言葉だった。
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