第2話 『女嫌い』と『歴史狂い』



 ノースビーク辺境伯家の若領主・ケルビン様は、無駄に見目がよく「あの誰ともなれ合わない一匹狼なところがカッコいい」という根強い令嬢たちからの評判もあってか、領主になる前は二年に一度、領主になったら年からは『国防に忙しい』という理由を付けて毎年欠席しているというのに、よく社交場で話の種になる。


 中でも彼の女嫌い・社交嫌いは周知の事実で、今や社交界では『もしかして領主になるための交換条件にケルビン様が社交界への不参加を要求したのでは?』という憶測が飛び交っているほどだ。


「因みに社交に出ない交換条件に領主を継いだという噂は、事実だ。夫人と方々を旅するのが夢だった彼の父――つまり私の友人が、『領主になれば社交場に出ないといけないから嫌だ』と言った息子に、『別に出ずとも目くじらは立てんから』と言ってあとを継がせた」


 そうなのか。

 だとしたら尚の事、それ程までに人嫌いな人のところに嫁ぐなんて、前途多難な気しかしない。


「歴史研究に没頭するあまり通常の社交場にもまったく顔を出さず、出るのは精々年に一度の王城でのもののみ。そこでも話をしているとすぐに歴史関係の話に持っていくものだから、周りからは密かに『歴史狂い』などと揶揄されているお前とは、ある意味お似合いだと思わんか」

「残念ながら、否定する要素は思い浮かびませんね」


 矛先が私に向き出したのでいつものようにサラリと躱したところ、お父様は「はぁー」とわざとらしいため息をついた。


「まったく、そんな自分をそうやって許容するものだからお前は尚の事周りから浮くのだ。あぁまったく、何故こんな変な子に育ってしまったのか……」

「どう考えても、歴史狂いは古書や骨董集めが好きなお父様やお祖父様の影響、マイペースな子の性格はお母様譲りでしょう。お陰で私は間違いなく貴方方の娘なのだと胸を張る事ができます」

「そんな事で胸を張るな。第一父上や私はちゃんと程度を弁えている。お前のように睡眠時間や食事を削ってまで没頭していない!」


 うーん、そう言い返されてしまうと返す事がない。

 

「とにかく、だ。周りからは『歴史好き』、下手をすれば『歴史狂い』などと言われているようなお前にこの縁談は、またとない話だと思わないか?」


 そう言われ、私は思わず眉尻を下げた。


 たしかにお父様の言う通り、そもそも家として今回の縁談について考えてみれば、またとない……どころか破格の話だと思う。


 辺境伯家は一応は伯爵家として分類されるけど、実質的には侯爵家にも匹敵する役割と影響力を担っている。

 私は子爵家の生まれだから、相手は二つも格上の家という事になる。


 そもそも陛下から賜っている領地も広く、それだけに領地の人も納められる税収も多くある家だ。

 懐は自ずと潤うから、爵位が高い家への嫁入りは相応の衣食住――少なくとも子爵家の暮らし以上のものが保証されるだろう。

 そんなところから縁談の声がかかる事なんて、普通に考えても滅多にない。

 しかし。



 結婚となれば、今までのように歴史研究に没頭し続けるだけの生活というわけにはいかなくなる。


 旦那様になる方自身が社交場に出ないという事だから付き添いは滅多になさそうで楽ができそうだけど、それでも行かないといけない時もきっとある。

 そのために美容に気を使ったり、ドレスを新調する時には採寸やら試着やら、屋敷を取り仕切るのも妻の仕事だし……と思うと、どう考えても歴史研究に没頭できる時間はどうしたって減る。


 相手の方に「そのような何のためになるか分からない事に系統などするな、時間の無駄だ」と言われれば、流石に自重せざるを得ない。

 実際にそういう言葉を投げかけられる事は多いのでその事自体には最早慣れっ子になっているけど、今まで通り、自分の時間を好きなだけ歴史研究に注げなくなることは確実で――。


「このままでは私のコレクションの数々も売らねばならない。もちろん歴史書の類もだ」

「いきます」


 気がつけば、口が勝手にそう答えていた。


 たしかに歴史に思いを馳せる時間が減るのはとても困るし、歴史書の類はもう何度も読み漁って今では暗記できるほどだけど、当時の人が直筆で書いた本だからこそ、想像力も高まるのだ。

 それを失うだなんて、どうしても耐えられそうになかった。



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