女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@『祝・聖なれ』二巻制作決定✨

第一章:降って沸いた政略結婚。でもマイペースに楽しくやれそうです

第一節:突然の縁談

第1話 友好と借金の形としての結婚?!



「マリーリーフ、友好の証と借金返済の形に、ノースビーク辺境伯家に嫁いでくれ!」

「お父様、流石に話が早急すぎます。少しは私が納得できるように説明する気はありませんか?」


 いつも以上に言葉が足りないお父様に呆れつつそう言うと、彼は「そうか、興味があるか!」と嬉しそうな表情になった。

 別に興味があるから話が聞きたい訳ではないのだけど、猪突猛進型のお父様だ。

 最悪何の事情も知らされずに嫁がされる可能性がある。

 それよりはまだ勘違いされてでも、一度話を聞いておきたい。



 私室でいつものように一人読みふけっていた本から顔を上げれば、胸を張ってニカッと笑ったお父様とまっすぐに目がかち合った。


 私には悉く縁がないだろうと思っていた話を持ち込んだ彼は、何故か自慢げに私の知らない家事情を語り出した。



 ***



 我が生家・ウォーミルド子爵家は、特に何の変哲もない一般的な子爵家だ。

 流石に男爵家ほど平民の暮らしに則している訳ではないけど、伯爵家ほど裕福ではない。


 領地経営も社交成果も、ことごとく普通。

 領地として赤字ではない事が、唯一の自慢と言っていい。

 そんな暮らしに不満という不満を抱く人間は当家にはおらず、私も自分の好きな事に毎日没頭できる今の生活に満足していた。



 そんなところに突然舞い込んできたのが、私の縁談だった。


 お父様が扉がバンッと開けて突入してくるのは、いつもの事。

 成人した娘の私室にノックもせずに入ってくる事に呆れこそすれ、私も別に見られて困る事をしている訳ではないし、慣れっ子だからどうとも思わない。


 それよりも、私も今年で二十五歳。

 令嬢の中では行き遅れの年齢に差し掛かった私には、ある理由でこれまで碌な縁談が来たことがない。


 だから周りも諦めていたし、私もずっと今の生活が続くものだと信じて疑わなかった。

 それが、突然の縁談話である。

 困惑しない筈がない。


 そんな私の内心を知ってか知らずか、お父様は声を弾ませ嬉しそうに経緯説明を始める。


「実は以前、飢饉の折にノースビークから援助を受けていてな。それがまだ返せていない。社交に興味にないお前は知らんだろうが、ノースビークとは私が幼い頃からの付き合いでとても気心が知れている。でもだからと言っていつまでも返せぬ借金を抱えていれば、いつ友好関係にひびが入るか分からん。お前もそう思うだろう?」

「それはまぁ、たしかに」


 タイムリーにも今読んでいるこの『破滅と再生』という本には、いつまでも貸しを返さない友人国主にしびれを切らした国王が戦争を起こすという、二国間の歴史変遷が綴られている。

 国同士でさえそういう事が起こり得るのだ、領主同士であれば猶の事そういう事があってもおかしな話ではない。


 国同士の争いに比べれば領地同士なんて小規模だけど、そこに人が住んでいる以上、巻き込まれる人々は存在する。

 領地同士の友好関係が崩れないように努力するのは、貴族である私たちの役割の一つだ……と考えれば、たしかにうまく立ち回るための婚姻というのは、貴族間でもよく取られる選択肢ではある、のだけど。


「お相手は北の端、ノースビーク辺境伯家の当主・ケルビン様だ。あちらの方が少し歳は下になるが、若くして当主になった傑物だぞ?」


 ――ノースビーク辺境伯領。

 王国の北の端にある領地で、長年隣国と小競り合いを繰り返している守りの要。

 気候は寒冷で、よく雪が降り、開墾されていない林に囲まれるようにして都市があるため閉鎖的で、他の領地とは異なる独特な文化や歴史が――。


「マリー、どうせ思いを馳せるのならノースビークではなくケルビン様の事にしなさい」

「もしかして声に出ていましたか?」

「聞かなくても分かるわ、そんなもの」


 そんなもの、だなんて酷い。


「ケルビン様は、領地経営はもちろん、ご自身が先頭に立ち隣国との小競り合いを捌く。それだけの剣の使い手であり、見目もいい上に本人は堅物。周りに女っ気はまったくないから、愛人の心配もない!」

「たしかに愛人がいると、どちらが先に身ごもるかで嫁ぎ先の家での扱いが変わるなんて話はザラに聞きますから、浮気性よりはいいでしょうが……ノースビーク辺境伯家の若領主様が二十を超えても未だに妻を迎えていないのは、女嫌い・社交嫌いだからではないですか」


 何事も物は言いようだ。

 お父様はこういうところに、変によく頭が回るのだから困ったものである。


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