第二章:マイ―ペースな辺境伯と子爵令嬢の交わるところ

第一節:ひょんな歴史語りから動き出す未来

第8話 ジョンとの楽しい歴史語り



 一度歴史に傾倒すると、一日のすぎる体感速度は自ずとものすごく上がる。


 ノースビークに来てもう、約二週間の時が経った。

 あれからケルビン様に食事への不参加について何か言われる事はなく、私たちは初日に彼が言った通り、互いに互いの生活に干渉しない穏やかな同居人としての生活を送っている。


 何の不自由もない生活。

 美味しい食事。

 たまに窓の外に剣を振るケルビン様を見る事もあるけど、いつもまっすぐと前を見据えて真面目に取り組んでいるため、声をかける事もなければ目が合ったりする事もない。


 そんな私にとって、ケルビン様よりも筆頭執事のジョンの方が距離は近いのではないかと思う。

 

「おや、マリーリーフ様。またこちらにいらっしゃったのですね」


 ちょうど本を一冊読み終わり、横に置いた時だった。

 入り浸っている書庫室に入ってきたジョンが、小さく驚きながらも朗らかな笑みを向けてきてくれる。



 どうやらケルビン様の執務に必要な読み物を取りに来る必要があるらしく、書庫室にくる彼とよく顔を合わせる。


 大体の本の場所を把握しているらしく、目的の本の元へとまっすぐ向かいすぐに本を見つけ出せてしまうあたり、流石は有能な執事という感じだ。

 一つ懸念があるとすれば、私がいるといつもこうして少し話をしてくれる事には、彼の時間を無駄にしてしまっているのではないかと、いつもちょっとだけ不安になる事だけど、それでもやはり彼との会話が楽しいので声をかけてくれて嬉しい。


「何をお読みになられていたのです?」

「ノースビークの気候や土地の特色と、名産品についてです。よく育てられる作物や毛皮の需要が多いのはもちろんですが、金物の小物細工製品の生産が多いのも土地柄なのではないかな、と考えていました」

「と言いますと?」

「雪の日に家から出る必要もなく、寒い土地で暖を取りながら作業もできる金属加工業は、もしかしたらこの土地では『ちょうどいい職』だったのかもしれないなと」

「ほう、それは面白い考察ですね」


 感心したように自身の顎を撫でた彼は「ノースビークの金属加工業は溶けやすいアルミを暖炉の火にくべて行いますから、そう間違いでもないかもしれません」と小さく呟く。


「そうなのですか。そこまでの事は先程の本には書かれていなくて。ノースビークには林が多いですから、間伐した木をそのまま巻きにして消費できるあたり、猶の事ちょうどいいのかもしれませんね。金属加工の現場にも、いつか実際に行ってこの目でその作業を見てみたいものです」


 物知りのジョンとは話せば話すほど、歴史研究の果ての妄想がはかどる。

 その事に至上の楽しみを感じていると、彼の口から「近いうちにそのような機会もあるかもしれません」と告げられる。


「実は現在、未開拓の土地の切り開きを検討しておりまして」

「そうなのですか?」

「えぇ。今までずっと作業の手がなく未着手だったのですが、切り開けばそれだけ住む土地も作物などを育てる土地を広がりますから」


 なるほど。

 たしかに数少ない社交界経験の中で「土地をいかにうまく活用するか考えるのも、領主経営の一つ」という話を聞いた事がある気がする。


 しかし。


「開墾が、必ずしもいい結果を齎すとは限りませんよ?」

「と、言いますと?」

「他の土地の話ではありますが、大規模な開墾をした結果その土地が地すべりを起こして近隣の村々を大きく巻き込んだという歴史もあります。そこは湿地帯で元々地盤が緩めだったのですが、雪が多く振るこの土地も地面の上に水分が乗っている状態ですから、暖かい日にその雪が解けて地すべりを誘発するかもしれません」


 私がそう言うと、彼は何やら目を丸くしてから「なるほど……」と一人考え込んだ。


「他にも、作物を育てるために開墾したはいいものの、適した土壌ではなかったためまずは土の改良から始める必要があり、そのために花の種をまいたところ、今ではその花の名所になっている……という、いいのか悪いのかよく分からない結果に落ち着いた土地もあります」

「たしかに、元々の『作物を育てる』という目的は達成できていませんが、名所になったのであれば別の用途で領地の懐を潤わせる事ができたという事に」


 その土地は結局、名所になった花畑の周りに宿屋を立てたり、観光客向けにその花をモチーフにした品物を売ったりする事で今やかなり栄えている。

 そういう方向に舵を切った領主の先見の明と手腕には賞賛すべきところがあれど、最初の見切り発車は否めない。


 それどころか、実はそのような采配をした人の子孫が、社交界で声高に「我が先祖は元々そういう予定ですべてを仕組んだ」と言っているのだからちょっと笑う。

 ……いや、もちろん面と向かって笑ったり過去の文献に基づく真実を口にするつもりはないのけれど。


「これぞ『歴史に学ぶ』という事でなのしょうか。マリーリーフ様は素晴らしい研究をされているのですね」


 感心したように、ジョンが言う。

 が、私は慌てて首を横に振った。


「いえ、歴史はあくまでも一つの結果に過ぎません。時や環境、そこに生きる人によって、結果とは変わるものです。既知というような確固たる知識ではなくて、あくまでも情報の一つとして捉える方がいいと思いますよ?」


 実際に、過去にそのような事があったからといって、今回もそうなるとは限らない。

 そこをはき違えて歴史を扱うと、それこそ尚の事周りから「歴史研究になんて意味はない」「不要の産物」だと声高に言われるだろう。


 そう思われるのも、間違った使い方をしたせいで歴史が評価を下げるのも、できれば避けたいところである。



 どうやら私の言葉の意図を正しく理解してくれたようで、彼は「そうですね」と言って笑った。

 変わらぬ朗らかなその微笑みに、私はホッとしたのだった。

 


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