第9話 女嫌いにも理由があるらしい
「あ、このキャベツ甘みがあって美味しいわ」
朝食を食べなかったので「昼食ばかりは食べてください」とミアに言われたので、ちょっと本読みを中断してかじったサンドイッチが美味しくて、思わずそんな声が出た。
千切りにされたシャキシャキキャベツは、水はしっかり切られているけど瑞々しい。
一緒にサンドされたお肉はなんだろう。
とてもジューシーでこちらも美味しい。
もう一口大口で噛り付き口元を押さえながらモグモグとしていると、おそらく厨房で一通りの説明は聞いてきたのだろう。
ミアが「それは」と口を開く。
「鹿肉の照り焼きとの事です。近くの林で獲れるそうですよ」
「初めて食べるかもしれないわ」
「増えすぎると作物を荒らすので、間引きがてら食べるのだとか」
「そういえば、この前読んだ本に鹿の角を掘って飾りを作ったりするという話が書いてあったわね。この領地では、すべての命を余すことなくいただくのが普通なのだと思うわ。とてもいい事だと思う」
職にも自ずとその土地の特色や古くからの風習がある。
そういうものが歴史を作るわけだから、こうして食べているだけでもすべては繋がって歴史に集約されていく事を肌で感じる事ができる。
「楽しそうですね、マリーリーフ様」
「そうね。私の知らない事がたくさんあるわ、ここには」
私がそう答えると、彼女は少し呆れたようにため息をつく。
「普通は環境の変化を嫌うものなのですけどね」
「私だって変化に戸惑う事はあるわよ。それこそ結婚する事でもし歴史研究を制限されていたら、流石に落ち込んでいたと思うわ」
「そういうところが図太いという事ですよ」
はぁとため息交じりに言われ、私は思わず小首をかしげる。
そんな私を見た彼女は、何かを諦めたようだった。
「ところでお願いされていた屋敷内の様子の見回りですが」
「あ、どうだった?」
「特に仕事・人間関係共にトラブルはなさそうです。あるとすれば旦那様と使用人の間に若干の距離がある事くらいですが……旦那様に『屋敷の事に手を出すな』と言われているのに、何故このような事を気にするのです?」
ミアが訝しげに聞いてくる。
わざわざ首を突っ込んでケルビン様からの反感を買う事への危惧なのか、それとも純粋に疑問なのかは分からないけど、どちらにしろ答えは一つしかない。
「だって嫌じゃない。私が歴史に思いを馳せている横で、ギスギスしてたりトラブルが起きていたりしたら。きもちよく色々と妄想できない」
「貴女の価値観のすべては、歴史研究によって作られているのですね」
「えへへーっ」
「褒めてはいませんよ」
照れ笑いしたら、何故かピシャリとそう言われてしまった。
「話を聞く中で、ケルビン様のお話も幾つか聞きました。基本的にあまりしゃべらない人のためジョンさん以外と話している所を見る事の方が珍しいようではありますが、だからと言って別に嫌っている事もないようです。あとあの方の女嫌いについてですが、そうなる理由の方がいらっしゃるのだと」
「理由の方?」
「えぇ。何でも他家の令嬢で、一応親戚筋に当たる方らしいのですが、少し我儘な方だったようで幼少期に振り回されたとか」
ケルビン様について、私が持っている情報は少ない。
私以上に露出が少ない人だから、彼にそのような間柄の人がいらっしゃるという事も今初めて知った。
「あとは、義務などに関係はなく剣をふるうのが好きみたいですね。週に二日は騎士たちに交じって鍛錬をしたり連携の確認をしたりと、熱心に活動しているようです」
「そういえば昨日、模擬用の剣を片手に外を歩いていたけど、じゃあもしかしたら騎士たちに交じる予定だったのかもしれませんね」
「使用人たちとは違い、騎士団ではかなり慕われているみたいですよ。強さはもちろん人柄も、との事だったので、騎士団では比較的口数も多いのかもしれません。――必要であれば、騎士団の辺りをうろついてもう少し情報を集めましょうか?」
涼しげな紫色の瞳で、彼女がそう聞いてくる。
私は一瞬驚いて、しかしすぐにプッと噴き出した。
「別にいいわよ、密偵じゃあるまいし」
クスクスと笑いながら言えば、彼女は「そうですか」と言葉を落とした。
心なしか残念そうに見えるのだけど、きっと気のせいだろう。
「しかしケルビン様の女嫌いに理由があるのであれば猶の事、女の私は近寄らない方がお互いのためでしょうね」
「つまり今まで通りですね」
「まぁそういう事になるかしら」
結局朝食は私が抜く事が多く、昼食と夕食は彼が食堂に来ないので、基本的に真正面から顔を合わせることは稀だ。
それは私にとっても実にいい環境で、何の不満もないどころか何気に現状に大満足している。
だから私はこれからも、好きに生活して――。
コンコンコン。
「マリーリーフ様」
「どうしたの? ジョン」
扉の向こうから聞こえてきた声にすぐさま答えると、彼は驚きの言葉を言い放った。
「執務室にお越し頂けないでしょうか。ケルビン様がお呼びです」
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