第5話 一人での食事も『好きなもの語り』でとても楽しく



 屋敷内を堪能した後、三十分ほど自室で休憩した後に夕食の時間となった。


 食堂までの道のりは、ミアが完璧に覚えていてくれた。

 途中で彼女の道案内にお世話になりつつ目的地に着けば、広くて長いテーブルには既に夕食の準備がされていた。


 まだ誰も着席していない食卓に私が迷いなく座れたのは、選択肢が一つしかなかったからだ。


「あの、ケルビン様の夕食は……?」


 着席すると、既に銀食器の配置が済んでいたテーブルに給仕係のメイドが前菜を持ってきた。

 彼女にそう尋ねると、少し困ったような顔をされる。


「いえ、旦那様は晩御飯をここではお召し上がりになりませんから」


 え、そうなの?

 純粋な疑問に一人頭上にクエスチョンマークを作っていると、ちょうどやってきたジョンがそれを見止めて「どうされましたか?」と聞いてくれる。

 再度先程の問いを口にすると、彼は「あぁ」とどこか納得した声を発した。


「旦那様はこの時間、領地の安全のために自らを鍛えておられるのです。昼間はいつも好かない机仕事をしているので、食事の前のストレス発散も兼ねているのだと私は思っておりますが」


 そういえば、彼が毎年社交界を欠席する理由は都市防衛だった。

 ただの体のいい断り文句だと言っていた人も中にはいたけど、毎日体を鍛えているのなら、そう間違いでもないのかもしれない。


「なるほど。それでは仕方がないですね」


 私がそう言うと、ジョンが驚きに目を見開いた。

 私が「何故そんな顔をするのだろう」と首をかしげると、ハッとした彼が「申し訳ありません」と謝罪してくる。


「てっきりよく思われないだろうと思っていましたので」


 私が見る限り、無理をされているようには見えませんでしたから。

 そう言われ「たしかにまったく怒ってはいないけど」と考える。


「先程ケルビン様も『お互いに過ごし方に口出しはしない事にしよう』と言っていましたし」

「さようですか。正直言って、安心しました。ケルビン様は悪い方ではないのです。むしろ責任感が強く、何事にも真摯でストイックに取り組みます。しかし少々女性が苦手なようでして。どうしてもあのような態度になってしまうので、誤解されやすいのですが」


 眉尻を下げ困り顔で、彼はケルビン様について語る。

 その言い方は、一従者のソレというよりは身内に対するもののような向きを感じた。


「もしかして、幼少期からケルビン様の事を?」


 そう尋ねると、彼は朗らかに笑いながら「はい」と答えた。


「先々代からこの家に仕えておりますので、ケルビン様の事は生まれた頃から。幼少期はそれはそれはお可愛らしく、よく仕事中の私を『ジョン』『ジョン』と言ってついて回って……と、私ばかり話してしまい、申し訳ありません」

「いえ。ジョンがどれだけケルビン様の事を好いておられるのか、よく分かりました」


 仕事では有能そうな彼の意外な一面に、私は笑いながら答える。


 実際、聞いていてちょっと楽しくもあった。


「人にも歴史あり、ですね。ノースビークは領地も屋敷もケルビン様にも、私の知らない歴史がたくさん存在します」

「歴史……そういえば、先程屋敷内をご案内した際にも、そのようなお話をされていましたね。歴史を知るのが好きなのですか?」

「厳密に言うと、歴史を知り、それを元に色々と想像したり考察したりするのが好きなんです」

「なるほど。それであれば、私にも力になれる事がありそうですね。生まれてこの方この領地から出たことは数えるほどしかない身ですから」


 誇らしげにそういう彼は、きっとノースビークの事も好きなのだろう。

 

 自分が好きなものを好きだと思いまっすぐに示せる彼に、私は好感を抱いた。

 彼と話していたお陰で食事中も寂しくなかったし、改めてジョンに確認すると「ケルビン様も時間外れるし自室でだけど、ちゃんとご飯は食べる」と言っていたので、ホッとした。


 実は私、研究に没頭し過ぎた事でついご飯を食べ忘れた事があり、三日目にフラッと来てこけた事がある。

 その時はちょうどミアが四日間の休暇中で、戻ってきた彼女から入れ替わりに私の自室に食べものを運んでいたメイドたち共々、私も合わせて「マリーリーフ様は、放っておくとご飯を食べ忘れるポンコツなんですから! ちゃんと毎食食べてるのを目視確認しないとダメでしょう!」と怒られた記憶がある。


 ケルビン様はそういう事にはなさなさそうなのでよかった。

 長時間のお説教ほどしんどいものはないのだ。


 


 食事を済ませた私は、すぐさま自室――には帰らなかった。


 代わりに直行した場所がある。

 案内してもらっていた時に目星をつけた場所・書庫室。

 先程見た時あそこには、沢山の古書が保管されていた。

 多分私が知らないこの土地や屋敷や人の歴史がある事だろう。


 部屋に入り、手ごろな本を一冊手に取る。

 軽く見てから胸に抱え、次の本に手を伸ばし――。


 サラッと見ただけでもじっくりと目を通したい本がたくさんあって、私の心はワクワクだ。

 今日は徹夜になるだろう。

 そう思い、控えていたミアに言ったのだ。


「もし明日の朝ケルビン様に会ったら、『おはようございます』と伝言しておいて」


 横に積んだ本の冊数的に、きっと明日の朝までには読み切れない。


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