第23話/セイグッバイ
「さーて、どこに居るのやら……」
『しかしご主人、そうは言うものの予想は出来てるのだろう?』
「ま、ね、学校に居るならってだけだよ。学校に来てなかったらお手上げさ」
遅刻した身だ、正々堂々と正門から入るのは気が引ける。
であるならば裏門、幸いにも、或いはこの色々うるさいご時世に配慮不足と言うべきか。
裏門周辺は、木々が上の教室からの視界を完全に遮っており。
「ついてるね、誰も通らなかった。職員室が近いから運が悪いと先生の誰かが通っちゃうんだけど」
『ふ、知っているぞご主人。佐倉紫苑と一緒に学年全部のクラスの時間割から教師が通る時間を調べていたではないか』
「――――そっか、やっぱり君は俺の記憶なんだね」
『………………む? 言われてみれば今のは不自然だった、ご主人と佐倉紫苑がそのような行動はしていない筈なのに、いや待て、何故にそう思ったんだご主人!? 気づいていたのか!? いつから!?』
「確信なんてなかったよ、でも消えたものと増えたもの、どちらも一つならイコールかもってね。それに……」
本当に確信なんてなかった、もしかしてとうっすら考えていただけで、頭の中で言葉にすらしていなかったのだ。
佐倉紫苑への遠慮のなさ、当初は彼女から離れろというニュアンスの発言、全然言わなくなったラッキースケベ好き。
全ては不自然で、何かの方向性があると。
「なんでかな、いきなり現れた君だけど、俺にしか分からない君だけどさ。……なぜか他人とは思えなくてね。それに君はシステムというにはとても人間くさい、もう暫くしたら君自身も気づいただろうさ」
『そんなものかご主人? ああ、何となくご主人と呼んでいたが違う呼び方――いや、このシステムめはご主人の無くなった記憶かもしれないが、だからこそご主人はご主人、ああ、分かたれた時点できっと別の存在になっていたのだ』
「うん、俺もそんな気がする、一番遠くて近いも相棒。…………じゃあ紫苑の所に行こうか、君も分かっている筈さ」
退院して以降、ようやく欠けた何かが埋まった気がした。
でもそれは取り戻した訳ではなく、新しく手に入れた何か。
願わくばそれだけでなく、紫苑という名の寂しがり屋な女の子とも新しく。
「――――そうか、もしかしたら」
『そうだなご主人、きっと――――』
二人で一人の七海は、部室へと足を進めた。
佐倉紫苑はきっとソコにいる、こんな時に授業を受けられる程に彼女の精神は太くない。
むしろ図太さとは真逆とはいえる彼女ならば、きっと一人で待っている筈だ。
――部室に入ると、つまんなそうな顔で本を読む彼女が居て。
(なんだろ、まるで出会う前って感じ)
彼女はこちらをチラリと見ると、そのまま視線を本に戻す。
無言の抗議だ、それへあからさまに反応するのは彼女にイニシアチブを与えるのと同義。
下手に出てご機嫌をとるような事はしない、七海は対面に座ると鞄から弁当箱を一つだけ取り出す。
「――ッ!?」
(ふふふ、あっさり作ったように見えて実は渾身の力作ッ!! 冷めても美味いし匂いも抜群!! …………さぁ耐えられるか紫苑ッ、君から言ってこないとあげないぞ!!)
(わ、私の分は!? えっ。私の分はないんで…………ッ、違う違う、先輩から言わせ…………あ、ま、まさかそういうコトぉ!?)
(フフフ、俺のは一口もあげないぞ、さぁ――言えるか、欲しいってさぁ――――!)
時間は昼時、朝を抜いた紫苑もいっそう空腹を感じていた所だ。
この男、それすら読んで目の前の弁当を食べているのかと、彼女は羨ましそうに見る。
絶対おいしいやつだ、知ってる、涎でちゃうと小さく唸りながら。
(いやー、我ながら良い出来だなぁ)
(ああっ、また食べたぁ!! 完全に私を無視しやがってえええええええ!! ううううっ、食べたいっ、食べたいけどコッチから言うのは負けじゃんかよ~~っ!!)
(悩んでるな? 悩んでるよね? うーし背中を押してあげよう)
(――ッ!? なッ、せ、先輩それズルすぎっ!! 暖かいスープまで用意してるの!? しかもそれ匂いからしてお店で出してる中華スープじゃん!!)
(ふっ、俺がただ中華スープを飲むために用意したと思う? ああ、そうさ、これが目的だ……ッ!!)
(~~~~ッ!! ち、違うっ、これは普通の中華スープじゃ――――)
ぁ、と紫苑の口から唖然とした声が出た。
そんなバカな、あんまりにもあまりな光景。
屈してもいいと、唾を飲み込んでしまう暴力的な姿。
(うん、そうだよ、忘れていたようだね紫苑……ウチの中華スープを使った特性メニューの存在を)
(只の炒飯じゃない……スープ炒飯ッ、そういう魂胆だっての七海先輩!? うわっ、それズルっ、ズルすぎでしょおおおおおおおおおおおおおおっ!!)
スープと炒飯を別々にするコトにより、一度に二度美味しい井馬飯店特性スープ炒飯。
食べ方の配分はお好みで、最後にちょこっとだけ合体させるもよし、最初から混ぜるのも自由。
オススメは、半分ほどそれぞれ食べてからスープの方に投入する方法だ。
(――――もう……負けで………………って、そういえばどっかで似たような――)
(うん? なんか変な顔してるね、まさか……通用しなかったっていうのかい俺の飯が!?)
(嗚呼…………そーいえば七海先輩が持ってきたお弁当を最初に食べた時も、こんな感じで……)
(ど、どうするっ、これは紫苑の分を出した方がいいのか!? いやでも…………)
その時であった、ぐーと音が七海の目の前から聞こえてきた。
視線を向けると、紫苑は慌てて視線を本に戻すも顔を耳まで真っ赤にしていて。
これはもう仕方ないか、と彼は鞄からもう一つのお弁当と中華スープの入った水筒を出した。
「あー、大切な弁当をなくしちゃったなー、でも見つからないから悪くなる前に誰かに美味しく食べて欲しいなー」
「………………はっ、はいはい茶番乙、お礼なんて……い、言わないから」
紫苑は泣きそうになって俯きながら、七海から弁当を受け取った。
どうして彼を殺そうなどと思ってしまったのだろう、一時の感情に支配されていたとしても自分自身が恥ずかしすぎる。
同じだ、あの時と、紫苑と七海が関わりあったあの時のやり取りと同じで、余計に感情がぐちゃぐちゃになりそう。
(美味しい……美味しいよぉ……あの時より、ううん、あの時よりもっと美味しいよぉ……)
一口、二口、食べる手が止まらない。
七海にとっては気まぐれの、しかし紫苑にとっては彼を認識した大切で大切な始まり。
覚えていてくれたのか、それとも偶然なのか、何れにせよスープ炒飯の美味しさと共に彼女へ初心を思い出させて。
(――――間違って――いた。私がやるコトは七海先輩を殺して後追い心中することじゃあ、なかったんだ――――)
美味しい、美味しい、いつしかはっきりと口に出ていた。
心が洗われるような美味しさ、体が欲していた栄養素を十二分に接種していくような満ち足りた気分。
七海が紫苑のことだけを思って作ってくれたと、これこそが彼の、彼なりの最大限の愛の表現だと受け取ってしまったから。
(きっと、私は先輩を自分の手で殺せない。殺したいほど愛してるけど、殺したいほど愛してるから、できない)
心中なんてバカな事は止めるべきだ、と紫苑は決意した。
(本当に先輩のことを愛してるなら…………先輩に知られずに、未来予知で知られずに、一人で死なないと、うん、迷惑も心配もかけちゃいけない)
だから。
(――――ね、七海先輩……私と別れてくれますか?)
(紫苑? うん? なんか急に雰囲気が変わった……?)
七海が彼女の変化に気づくも、時はすでに遅し。
紫苑は無言になり食べる手を早め、食べ終わるなり勢いよく立ち上がる。
そして彼が何事かと問いかける前に。
「――――ばいばい」
「え? あー……また明日ね」
『ふーむ、これは失敗と見るべきかなご主人、それとも手応えアリと思うべきか。むむむ、このシステムめはご主人から消えた記憶から生まれたとはいえ、当のその記憶が自由に確認できないとは不便極まるッ!!』
「これは長期戦になるかなぁ…………あ、せめて好きだって言えばよかった」
ボヤく七海を残して、彼女は足音を響かせ去っていく。
そして一通のメッセージを送ったっきり、次の日から音信不通で行方不明となったのだった。
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