第9話/君だけのヒーロー



 誤魔化すことも、沈黙することだって出来たが七海が選んだのは。


「――――バレちゃあしかたないね、うん、そう、……俺は未来が見えるんだ」


「そう開き直られると逆にウソっぽく聞こえるんですけど??」


「でも事実だって紫苑も確信してるんだろう? だってブラのホックを外れたを直したのも、ボールが飛んできてスカートの中のスマホに直撃した衝撃で発火しスカート燃え燃えパンチラも阻止したっていうのに」


 やれやれと語る七海に、紫苑はきょとんと目を丸くして。

 さも当然だというような顔をして言われたら、うっかり信じてしまいそうだ。

 未来予知だと疑ったのは紫苑ではあるが、流石にこれは、もしかしてと。


「……………………先輩が壊れた!? でもなんか否定できない自分が悲しい!! なんか私にあり得そうな不幸の案配だぁ!?」


「俺は――紫苑を不幸から……ラッキースケベから守る為にここに居るッ!!」


「ッ!? なっ、――――いや待って、さっき私のパンツ見ませんでした!? ラッキースケベ発生してんじゃん!!」


「俺と紫苑で恋人なんだろ? それぐらい別によくないか??」


「あー、確かに一理あ…………………………え、は? い、今なんつった!? ちょっ、先輩!? い、何時から気づいてたんですか思い出したんです!?」


 期待半分、不安半分、起こったように襟首を掴む彼女に七海は困ったように笑みを浮かべた。

 正直に言えば彼女は傷つくだろう、だが誤魔化したほうが余程傷つく。

 それに、七海としては彼女にも一因はあると感じていて。


「いくら記憶がなくなってもね、医者も親父もお袋も反応変すぎるんだよ。――君だってそうさ紫苑」


「う゛っ、そ、それは…………はぁ、記憶が戻ったワケじゃないんだぁ……がっかり」


「ははっ、ま、受け入れてよ。それにもう一つあるんだ、君が恋人だって気づいた理由」


「何なんですかソレ、はよ言ってくださいよぉ……」


 ぶすーっと頬を膨らませて不機嫌そうに、でも瞳を潤ませている紫苑へ。

 胸の中に沸き上がる、熱い何かを大切に確かめながら七海は笑う。

 これが何よりの、一番の理由で。


「不思議なことに頭から消えてもさ、――心と体に焼き付いたみたいで、君を求める衝動が収まらないんだ」


「ッ!?」


「べつに別れ話をした訳じゃないし、病院で膝枕して貰った以降ずっと恋人っぽい事を拒まなかったよね? ……なら、俺たちってまだ恋人でしょ?」


「い、いやぁそれは……そのぉ~~、ほら、なんというか?」


「――――逃げるな、逃げるなら勝手に結婚届だすから」


「それは流石に話が飛びすぎィッッッ!?」


 なんでそーなるのっ!? やら、やったぁ先輩のお嫁さん!! などと混乱するより先に紫苑は気づけば右手首を掴まれ背は本棚に。

 つまるところ、壁ドンのような格好で逃げ場がない。

 まるで少女漫画のようなシチュエーションに、頬は勝手に紅潮し声帯は上擦った音を奏でて言葉を紡がず。


「あわっ、あわわわわわわわわわっ!?」


「――俺をさ、記憶を失ってもなお君を求める様にした責任、恋人である紫苑にはあるんじゃないかい?? ん? 反論があるなら言ってよ」


「ず、ズルだよそれ!! 狡いですって先輩!! 私にこんな感じに迫って何する気なんですかぁ!!」


「俺の部屋にあった見知らぬ少女漫画みたいにキスしたら、紫苑は砂緒になるかな?」


「もおおおおおおおおおおおおおおおっ!! 先輩のバカバカバカバカバカッ!! う゛う゛~~~~ッ!!」


 掴まれていない左手で反撃する事も忘れ、紫苑は首筋まで真っ赤になって混乱した。

 確かに彼女を含め色々と詰めが甘かったかもしれない、変に希望を捨てきれなくて手掛かりを残しすぎた。

 けど、こんなのは予想外だ、だってそうだ。


(なんで前より情熱的になってんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! それにナニ?? 記憶はなくなっても心は覚えてるとかロマンチックなことすんなよおおおおおおおおお!!)


 彼が記憶を取り戻していない事への悲しみは確かにある、こびりついて消えない、だがそれ以上に乙女心が嬉しさと恥ずかしさを生み出してしまって。


(ううう……七海先輩、私のこと好きすぎでしょおおおおおおおおおおおおおおお!!)


 佐倉紫苑は不幸体質で、それに巻き込んで記憶も右目も喪わせてしまったというのに。

 今すぐキスして身を委ねたくなる、愛の言葉を乞い願ってしまう、何もかも忘れて甘えたくなる。

 ――逃げたら、結婚してくれるのかと考えてしまう。


「耳まで真っ赤にして俯かれてもさ、可愛いだけなんだよ自覚して紫苑、狙ってやってても無自覚でもあざとすぎて結婚したくなるから」


「~~~~ぁ、っ、ぅ…………」


「君とすごした時間を忘れてしまった俺だけどさ、紫苑が不幸体質で俺を愛してるからこそ離れようって思ってるの分かってるんだ、だから…………もう諦めて側にいてよ、いや違うな、諦めろ紫苑、俺の側にいろ」


「うううううううううううううううっ、ああああああああああああああああっ、もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 七海の言葉が紫苑の性癖に、願望に深く深く突き刺さる。

 選択肢などなく、諦めて愛されろとねじ伏せられる背徳めいた快楽。

 理由ができあがってしまう、首を縦に是と言う建前が作り上がってしまう。


 佐倉紫苑の心の壁がぽろぽろと崩れ落ちていくのが、七海には手に取るように分かって。

 暴れ出しそうな欲望を必死に押さえながら、獲物を射止める直前の狩人のように慎重に見据える。

 同時に彼は自嘲する、己の感情を認めてしまえばこうも病的に重いのか、よくぞ前の己はこれを隠していたものだと。


(――嗚呼、だから俺は記憶と引き替えにでも未来予知なんて…………)


 きっと、彼女を幸せにする事しか頭になかったのだ。

 自分が死んでも、彼女が生きてればいいと願う愚か者だったのだ。

 だから、佐倉紫苑という可憐で美しい存在には諦めて貰うしかない。


「俺が君のヒーローだ、身も心も守ってみせる、だから…………俺の側にいてくれ」


 瞬間、紫苑の喉から嗚呼という呻き声が漏れる、諦めにも喜びにも似た吐息だった。

 己の不幸体質の事だとか、消えない傷をつけてしまった罪悪感だとか、そんな事より。

 何より、一心不乱に愛されている幸せを実感してしまったから、何より欲しがっていた、願っていた、己だけに存在する誰かを手に入れた。


(なんて錯覚しちゃったんだから……仕方ないよね?)


 ちらちら、おずおずと彼女は顔を上げる。

 そこには獣欲と愛欲に顔を歪ませる年上の少年の姿があった、紫苑だけの存在が居た。

 瞳の濃褐色が、左目に対し義眼である右目の瞳は少しばかり薄い。


(体を張って私を守って…………)


 なんて愚かなのだろうかと、紫苑は今更ながらに気が付いた。

 言ってない事がある、本来なら彼が目覚めた瞬間に言わなければいけない台詞がある。

 思い出した途端、体は自然に動いた。


「――――ありがとう七海先輩、私を守ってくれて、先輩が助けてくれたから今、私は生きています……」


 彼女の左の掌は七海の頬を労るように撫で、同時に背伸びをして顔を近づける。

 彼は掴んだままの右手首を離し、すると彼女は両腕を七海の首に回した。

 唇へのキス、そう彼は予想したが。


「…………ん、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、この瞼の傷、消しちゃやーですよ七海先輩、私を守ってついた傷、先輩の愛の証で、私が側にいていい証なんですからね」


「唇にはしてくれないのかい?」


「だって先輩、まだ記憶戻ってないじゃないですかぁ……だから、まーだでーすっ、まぁ、私は寛容なんでキス以のコトも先輩次第で許すことを考えますけど? 考えるだけかもしれないですけど」


「なるほど、中々の小悪魔だね紫苑。無理矢理キスしたり押し倒したら後が怖そうだ」


「惚れた弱みってやつですよ先輩、ささっ、日が落ちるまでぎゅーって抱きしめてください!」


「はいはい」


「それから、未来予知のことをもっと詳しく」


「そうだなぁ、何処から話したものか……」


 二人がイチャイチャしている一方、空気を読んで黙っていたシステムは危機感を覚えていた。


(どういう事だ? ご主人とこんなに甘くて砂糖を吐き出しそうなイチャコラっぷりなのに……まだ佐倉紫苑に死の運命の気配があるとは――――)


 先程の暴走状態の副産物として、システムは己の精度が上がっているのを自覚して。

 だからこそ、佐倉紫苑という存在の死がこの先に色濃くなっているのが分かって。

 その癖、そこまでの道のりは不明だし、実際にそうなるかどうかすら、ただ可能性だけを受信してしまっている状態。


(まだご主人に話すべきではない、か?)


 迂闊に言えば未来が確定してしまうかもしれない、確定しなくとも大きな可能性になってしまうかもと。

 システムが深く悩む中、時間は過ぎ去って我に返れば外には三日月が天高く光っている。

 ――それは七海の就寝しようとベッドに入ったその時で。


「…………ん? 紫苑からメッセージか、おやすみの挨拶だなきっと」


 彼は枕元のスマホを手に取り、目を見開いた。

 彼女から送られてきたメッセージには、写真も一緒にあって。

 ――右目がなくても不自由しない特訓をしませんか、もし課題をクリアしたらこの自慢の美おっぱいを生で触らせてあげます!!


「テンション上がって眠れそうにないよ紫苑??」


 七海のスマホのディスプレイには今、ピンク色のパジャマの胸元を全開で。

 白いレースのブラから溢れそうな巨乳を、卑猥に見せつけている紫苑の自撮りが。

 口元から下しか写していないのが、また彼の性癖を直撃し。


「いーーやーー、マーージーーで寝れないんだけど??」


 さてはて、どうメッセージを返そうか七海は途方に暮れたのだった。


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