第10話/ドキドキ特訓ゲーム!!
何故、佐倉紫苑が実にセンシティブな提案をしたか。
それは彼女が、一人暮らしをしているアパートに帰った後に端を発する。
未来予知を使って七海が守ってくれている、それはいい、だが――。
(私がヘラると死ぬってさぁ!! 確かに否定できないけどよぉ~~~~!!)
だから彼は記憶を喪っても、紫苑を死なせない為にスキンシップを多めに求めてきたのだ。
それは悲しくも嬉しくて、深く考えると情緒が破壊されてしまいそう。
だが直近の問題はそこではなく、……ラッキースケベ多発問題である。
(先輩が未来予知で私を救おうとする程、私にラッキースケベが発生する可能性が高くなる……、私に関わらなければ、私がいつもどおり不幸なだけだけど)
ほう、と紫苑はパジャマに着替えながらため息を出した。
関わらなければ、それが出来ないから彼女も彼も悩んで、それでもと決めて。
きっと七海は、紫苑の小さな不幸すらも未来予知で回避しようとするだろう、彼はきっとそうする。
(――でも、その変わり私のいつもの不幸はラッキースケベに変わってしまうから……、あ、でもラッキースケベを体験するのは七海先輩だけ……でも条件次第じゃそうじゃないから止めようとした……??)
何か出来そうな気がする、彼女はそう思ったが何も思いつかずにベッドへダイブ。
ごろりと仰向けになり、蛍光灯の眩しさに右手を翳して遮った時だった。
七海はこの視界で、右半分が見えない世界で今後生きていくのだと改めて気づいてしまって。
「――――あ、そうだ。最初からそれ前提でイチャイチャすればいいんじゃん!! 先輩もまだ視界に不慣れな感じだったし、私って頭いいっ!!」
思いついたら即実行とばかりに、サービスショットをつけてメッセージを。
ならば明日の放課後は、部活に行かずに井馬飯店の二階の七海の部屋へ一直線であり。
彼としてはその間、特訓の内容を詳しく聞いていいのか悶々としていた訳であるが。
――彼女は七海をベッドの前に座らせ、己はその前に立つと。
「じゃああらためてぇ~~~~っ、どきどきッ、私は先輩の死角で何をしてるかゲーム!!」
「もうちょい説明してくれない??」
「ふっふっふー、先輩の説明を受けて私は考えました……先輩が私を未来予知で助けようとするとラキスケの危険度があがる、そして同時に右目の視界を喪った生活に慣れなきゃいけない…………」
「確かに、右目の視界は未来予知でフォローしてるからなぁ」
正確に言えば、システムが一瞬先を読んで警告を出す事で、事故前と同じように動けている訳であるが。
未来予知を使っているのではなく、七海の視界に前もって写っていた景色をシステムが詳細に覚え。
疑似的なレーダーのような役割を果たしているのだが、当然、脳味噌はひとつであるので思考負荷は七海に行き。
『主人よ、このシステムめも大賛成であるぞぉ!! これは合法的にラキスケチャンスに挑めるだけではなく、佐倉紫苑の不幸へ正確に対処できる学びの機械であるからだッ!!』
(くっ、……いいのかッ、こんなラッキーっぽいイベントがあって!!)
『おうともご主人ッ! 女の好意を無駄にするべきじゃあないぞ!!』
「…………先輩、だめですか? いやー、でも先輩ならやるっしょっ、だってこんな美少女な恋人がですよ? 大大大サービスするんですもん、――やりますよね?」
「なんで最後に圧をかけたんだい??」
あれ? 流れかわったな、と七海の額には冷や汗が流れた。
紫苑は変わらずにニコニコしている、しかし奇妙なプレッシャーを彼へ向けて。
理解が追いつかない、しかし彼女としては正当な理由がある。
「考えてもみてくださいよ先輩、恋人だって先輩が言ってくれたんですよ? しかも今は誰にも邪魔されずに二人っきりだし……、ならさ、先輩は私のことだけを考えるのが筋ってもんじゃないですか?」
「それは素直にごめん」
「今はぁ、未来予知を使っちゃダメですよぉ先輩。だってご褒美のシーンを見ちゃったら台無しですもん」
「なんだろう、媚び媚びで甘えてる感じなのにスゴいしっとりとした圧があって、それでいて妙に覚えがあるのは…………」
なるほど、佐倉紫苑とは愛情重き女でもあったかと七海は納得した。
不幸を自覚し、不幸に慣れ、そして己が美しい事も自覚していた強い女の子。
けれど、孤独で温もりに飢えていた女の子でもあって。
(執着心が強いね、……割とタイプ――いやだから告白したのかな俺は)
体を張って守りたくなる、否、事実として守った訳だ。
彼女がどうして死の運命にあるのか、それにも納得してしまった。
全ては七海を愛するが故に、思い詰める事が多いのだろう。
「――俺を好きで居続けてくれて、ありがとうな紫苑」
「ぷぇッ!? い、いきなり何なんですかーもおおおおおおおっ、先輩の女ったらしぃ~~っ、もっと惚れさせてどーすんだよ、こちらとら人生捧げる覚悟なんて既にできてんだから何も出せねーよっ!!」
「うーん、とりま今を楽しまない? 死角の特訓するんだよね?」
「おっ、そうでしたそうでした。じゃあ先輩はベッドに座ったままでぇ、私は先輩の右に移動してっと……」
いったい何をするのか、ドキドキわくわくに包まれた七海の右耳に、紫苑は甘ったるい声で囁いた。
「じゃ~あ~、先輩は私が何をしているのか音と気配だけで言い当ててくださいよぉ」
「どんと来い、言い当ててやるぜ!」
「ちゃーんと当ててくださいよぉ~~、こちらとらご褒美用意してるんですからねっ」
そう彼女が言った途端、しゅるしゅると衣擦れの音。
声は聞こえてこないが、何故か笑っている雰囲気がする。
彼女は何をしているか当てろと言った、そして衣擦れという事は。
(――も、もしや…………服を脱いでるってコトぉ??)
瞬間、七海の心臓がばくばくと高鳴り始める。
ご褒美もあると言った、もしかして、もしかするのか。
率直に言って、裸体を拝める、その先もありえるのか。
(い、今なのかッ、服を脱いでるって言えば正解なのか!?)
興奮を隠そうとゆっくり呼吸をしながら、七海は慎重に考えた。
そんな簡単な答えでいいのか、しかし彼女が最初からその気で問題を用意していたとしたら?
だがあくまで、ラキスケ前提というだけで。
(くっ、耳を澄ませば澄ませる程にッ、ゆっくりとじらしながら脱いでいる気がするッ、だがこれは罠……罠、の筈だ!!)
(先輩にこれが見抜けるかなぁ~~? 脱いでるっぽくハンカチをわしゃわしゃしてるだけなんだけどなー、あー、七海先輩には当てて欲しいなぁ、エッチな回答したらからかってやろーっと)
(考えろ、何か不自然な点はないか、音だけじゃない肌の感覚で捉えるんだ、いや肌の感覚ってなんだよ!! つーかスゲー長く脱いでるなァ…………あれ??)
(そろそろ次に移りますか、見えないから悪戯し放題だぁーーっ!)
七海はやはりミスリード、服を脱いでいるのではないと確信しかけたその時。
紫苑はニマニマとした顔で、ハンカチを投げ捨てながら右手の人差し指をピンと立て視線は彼のわき腹に。
「――ふぐぉッ!?」
「それっ、それそれ~~、はーい時間切れですよ七海センパーイ、私は何をしてたでーーしょう!!」
「お、おまッ、わき腹つつかないでよ!?」
「ほれほれ早くぅ~~、次の問題も待ってるんですから」
「ぐっ、煽りやがって……ッ!」
「ごー、よーん、さーん」
「ま、待って、待てってッ!? もうちょいヒントを――」
「にー、いーちっ! はいダメーーッ、ぶっぶー、こんな簡単なのも分かんないんですかぁ~~っ」
「んにゃろう……ッ!!」
こうも煽られて黙っていられるものか、ここは不意打ちで口を塞ぐべきでは。
それも少女漫画のイケメンにしか許されない方法で、七海が彼女の恋人ならば許される筈だ。
彼が後ろを振り向く寸前、頬に柔らかな感触が押しつけられて。
「ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、次の問題でーすっ、今のはキスだったでしょーーか!!」
「それは幾ら何でも卑怯じゃない?? 頭回らないんだけど??」
耳元に響く、くすくすと甘ったるい声。
背中に押しつけられた柔らかな感触、その体温が頬への感触をかき消す。
本当にキスされたのだろうか、指を二本押しつけられただけでは。
「あー、分かって欲しいなぁ、先輩なら分かってくれるって信じてるんだけどなー、だってチューですよチュー、答えを言ってるも同然ですよこれ」
「くそッ、くそッ、くそッ、俺を惑わしてるんだろッ」
「えー、だって先輩が死角を克服する特訓ですよぉ、惑わしてナンボですって」
「ぐぬぬっ、ぐぬぬぬぬッ!!」
完璧にペースを握られている、このまま負けっぱなしで終わるなんてありえない。
不意打ちでキスされたなら、こちらもキスで対抗すべきだ。
今すぐこのベッドに押し倒して、七海は振り向くと紫苑の細い手首を掴みながら衝動的に押し倒す。
――覆い被さる彼に、掴まれた手首の感触に、何より己へ。
紫苑はほんの少し、微かに口元を歪ませた。
あの悪夢の日からずっと、こんな風にされる日を望んでいたのかもしれない。
(私って、ズルいなぁ)
愚かすぎて嗤いが漏れてしまいそう、嗚呼、どうしてこんなにも愚かなのだと。
七海の記憶が喪われたと知り、どこか喜んでしまう己に紫苑は気づいていて。
以前の彼が重荷だった訳じゃない、ただ、庇われて怪我をさせてしまった事が何より耐え難く。
それでも愛されている事に、強い罪悪感を覚えた。
不思議な力を得て記憶がないのに守ろうとしてくれるなんて、気が狂ってしまいそう。
無条件の愛、おとぎ話の王子様がくれるような愛、紫苑はいったい何を返せるのだろう。
(私にあるのはさ、心と、若さと美しさだけ)
何もかも忘れさせて欲しい、強く強く抱きしめて、一糸纏わぬ姿で、彼だけを感じて。
――でも、それだけじゃ足りない。
もっと、もっと七海の心に疵を、紫苑しか考えられなくなるような疵を。
「獣のようにされるのも好みですけどぉ……もっと、もっと愉しいやり方でぇ……シませんか先輩?」
「…………………………なるほど??」
いつもより粘度の増したスイートボイス、塗れた瞳。
押し倒してる筈なのに、肉食獣の目の前に全裸でいるような感覚。
もしかして不味いのでは、そう戦慄する七海へ紫苑は妖艶に舌なめずりをした。
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