第11話/初めて(二回目)
ベッドから降りた紫苑は何故か七海のクローゼットを漁り、目当ての物を取り出すと彼の目の前に立った。
手には、数年前に一度だけ使った葬式用の黒いネクタイ。
まさか、そう思った瞬間には手際よく目隠しをされて。
「えへへ~~、どーよ先輩、なーんにも見えないでしょー」
「いや見えないっていうか……特殊な性癖をお持ちで??」
「何言ってるんですかこれも先輩の為ですよ、視界を完全に封じる事で他の感覚を研ぎ澄ますんです、――私とぬっちょぬっちょになりながら!!」
「頭沸いてる??」
「逆に聞きますけど沸いてないと思いますか?」
小生意気に茶化す声色には、どこかしっとりと濡れた怯えが混ざっていた。
紫苑は拒絶されるのを怖がっている、確かめて感じたいのだ七海の好意、愛情を。
だが、ここで彼女とシてしまうのは状況に流されてやいないか、それとも欲望に従うのが正解なのだろうか。
(――もしかしたら)
正解なんてないのかもしれない、肝心なのは今、己がどうしたいか。
井馬七海は佐倉紫苑という女の子と、恋人とどんな関係になりたいか。
それを考える為にも、少しだけ、そう、ほんの少しだけ時間が欲しくて。
『ぬおおおおおおおおおおおッ!? ご、ご主人!! エマージェンシーエマージェンシーッ!! お楽しみの所悪いがッ、バァッットニュウウウスを見て欲しい!! またも死の未来ッ、だッ!!』
(システム!? いったい何――――!?)
魅惑の展開を前にして悩む暇すら与えられないとは、いったい彼女とアレやソレをする事に、魅惑のボデーを堪能させられてしまう事に、どんな不幸な未来が待ち受けているというのか。
――佐倉紫苑なら有り得る、ここから命の危機に繋がる。
そんな確信を得ている最中、未来予知は始まって。
『……俺の部屋?』
『数時間後といった所ではないかご主人』
少し不思議な気分だった、未来予知のビジョンの中の自室。
そのベッドの上には裸にタオルケットで寝ている七海を、自分自身を見下ろしている。
ベッドの傍らには紫苑が立ち尽くし、カーテンの隙間から差し込む月明かりが彼女の裸体を幻想的に浮かび上がらせていた。
『ぬぅぅぅ、このシステムめのラキスケセンサーがッ、えちえちセンサーが反応しないだとぉ!? 事後というスケベシチュだというのに!!』
『同意したくないけど同意だよ……』
ここからどう彼女の不幸に、死の未来に繋がるのか。
固唾を飲みながら見守っていくと、彼女ははらはらと涙を流しはじめ。
命の輝きが失せ、ドロドロと闇に落ちた瞳で七海の机を引き出しを開ける。
『迷いなく引き出し開けたね、あらためて俺の恋人で何度も家に来てたって感じがするよ』
『む、待てご主人…………ハサミを持っていないか??』
『………………なーるほどぉ??』
この先は見なくても分かる気がする、彼女は己の喉をハサミで。
七海もシステムも、次の光景をそう予想していたが。
何故か彼女は泣きながら、寝ている七海に馬乗りになり何度も喉へとハサミを振り下ろし。
「ごめんね七海先輩、私の魅力に溺れる先輩なんて見たくなかったの…………」
彼が動かなくなった後、彼女もまた己の喉を。
血溜まりの中、二人は重なるように永遠の眠りについた。
こんな未来に七海はなんと言えばいいのか、目を丸くして絶句している間に未来のビジョンは切り替わって。
『あ、あれ!? なんで景色が変わったんだ!?』
『……むぅ、そういう事がご主人!! 先程のが佐倉紫苑のエチエチボディに負けた未来なら――今度は勝利した未来ッ、即ちッ、イヤンアハンな事がなにもなかった場合の未来だッ!!』
『このビジョンが見えてるって事は、シてもシなくても死の未来って事だよね?? 俺、詰んでない??』
『今からでも遅くはないぞご主人、佐倉紫苑を見捨てて逃げろ、なーに来世まで呪い殺される勢いで恨まれ、最悪、周囲を巻き込んで破滅するだけぞ』
『それ俺も無事で澄まないし、何より後味悪すぎるっていうか今更見捨てる選択しとかねぇよコンチクショー!! やってやらぁ!!』
七海はヤケクソに叫びながら、未来予知が写す惨劇に耐える心の準備をした。
それを待っていたように、映像は激しいノイズと共に切り替わって。
場所は変わって今度は台所、彼女は包丁を手に暗い表情。
「いらない、七海先輩が愛してくれないこの体なんて、――ごめんね七海先輩、せっかく守ってくれたのに、でも安心して、今度は私も………………」
『なんで君はそう簡単に思い詰めて死に走るんだい??』
『そう言うがご主人、孤独な少女に温もりと愛を与えた上に犠牲になったとあれば精神が病んで簡単に暴走しても不思議ではないのでは??』
『確かに、トラウマになるよねぇ……病院……いや、行く前に死なれそうな……』
やはり頼れるのは己、そして未来予知とシステム。
七海が奮い立つ中、紫苑はゆらゆらと包丁片手に部屋へ。
ベッドに腰掛け疲れたようにうなだれる七海は気づかない、そして。
「――愛してますよ、七海先輩」
『うーん、躊躇なく俺の首に行ったね、あんまりにあんまりだから現実味ないや』
『ご主人を殺った後は己の首をひと突きと、ホントに躊躇ないな佐倉紫苑、ご主人を愛し愛されることに人生捧げているとみて間違いないな!!』
声が震えていた、という表現が正しいか七海には分からなかったが。
実体のないシステムが、未来予知と七海と繋ぐ道具でしかないそれが、まるで畏怖に体を振るわせているように感じた。
佐倉紫苑の愛の深さ苛烈さを目の前に、七海は不思議と恐怖は覚えず。
『要するに、俺のやり方で紫苑を愛で溺れさせればいいんだろう?』
『この惨状見ててそれ言えるの、素直にスゲーと思うのご主人』
『問題はどうすればいいのか、だなぁ……』
現実に戻るまで幾ばくの猶予もない、そして戻った後も考えている暇などない。
対応を間違えれば死、嘘は見抜かれる、彼女の魅力に負けるそぶりを見せてもデッドエンド。
佐倉紫苑という女の子と愛し合った記憶がない今、七海にできる事といえば。
――そして現実に戻って。
「…………先輩? もしかして今、未来が見えてました?」
「ッ!? 分かるの!? 凄いよ紫苑!!」
「ふふーん、そりゃー七海先輩をだいだいだいだーーい好きな私ですもん、わかりますよそりゃあ!!」
「じゃあストレートに言うけど、紫苑と今セックスしてもしなくても君は俺と無理心中するんだけど何か言うことある??」
「……………………ぷえ??」
瞬間、ぴたっと紫苑の動きが止まった。
頭の中に今一つ言葉が入ってこない、飲み込めない。
これから二人で熱い愛を確かめ合う嬉し恥ずかしな感じで、何処にも死に繋がる要素なんてないのに。
(ひ、否定できないいいいいいいいいいい!!)
彼女としては、無理心中をしようなんて一ミリたりとも思っていない考えていない。
だがしかし、もし今の七海とシた結果、前と比べてしまって何かの違いを覚えてしまったら?
きっと己は絶望するだろう、取り返しの付かない過ちを目の前に気が狂ってしまうだろう。
「わ、わたっ、私は――――」
「まぁまぁ落ち着いてよ紫苑、正直な話さ、解決方法とかまだ分かんないだけど……一つだけ、不公平なことがあるよね?」
「え?」
「だってそうだろ? 俺は記憶ないんだから童貞に戻ってるワケ、それに比べて紫苑は俺の体の隅々まで知ってるんでしょ? それって不公平じゃないかい?」
「…………………………なる、ほど??」
話の飛び加減に彼女は目を丸くしたが、確かに彼の言うとおりである。
記憶が無い以上、七海は童貞に戻っており。
ある意味、不公平ともいえよう。
「いやいやいやいやっ!? それなんか違くない!?」
「いーや不公平だ、だから――俺もね、君の体を隅々まで知ろうと思うんだ。ああ、安心してよ目隠しはしたままでいい」
「ちょっ、ちょっと待って先輩いきなり押し倒っ!? まだシャワーも浴びて……ッ」
「痛かったら言ってね、ちゃんと君の体や心の素晴らしい所を囁きたいから、うん、未来が変わるまで耐久するつもりだよ」
「ひぃっ!? た、耐久!? ナニするつもりなんですかぁ!!」
「ナニって……ナニ? 文句は朝に聞くから、いや……未来が変わらなきゃ明日は学校ズル休みかな、まあいいか」
「全然よくなああああああああ、って、うううっ、抜け出せないっ、嬉しいけどなんかぁ、なんかさぁあああああああ!!」
男の性というモノだろうか、言葉よりもずっと弱々しい抵抗であっても燃え上がってしまうのは。
感じる、井馬七海という男の五感が極限まで研ぎ澄まされていく。
これが命を救う力、誰かを愛そうと、否、誤魔化しはよくない。
「エロは世界と君と俺を救う、――覚悟しろ俺は腹上死する覚悟ができているんだから――――!!」
「もおおおおおお、せめてロマンチックに愛を囁いてヨシヨシして全肯定してくれないと後で拗ねちゃうんですからねええええええええ!!」
こうして、色気がどこか飛んでいった睦ごとが始まり。
あえて言うなら次の日、七海は頬に紅葉をつけて元気に登校。
対する紫苑は登校出来ず、七海のベッドの上で嬉しさと恥ずかしさで悶えて。
(――お、紫苑からメッセージ来てるね)
昼休み、学食でうどんを啜りながらスマホを覗く。
彼女は元気にしているだろうかと、中を読めば。
『今日はお返しに私の部屋にお泊まりしてください、たぁ~~っぷりお礼をしてあげます
追伸、手料理楽しみにしてください』
(マジか…………マジか!! 超楽しみなんだけど!!)
果たして佐倉紫苑は料理が出来るのか、七海は一抹の不安を覚えたが。
その後の授業中、ふわふわと浮ついた気持ちで過ごしたのであった。
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