第14話/紐



 出席しているというのに途中から授業をサボるというのは、どうしてこうワクワクするものか。

 昼休みの後、仮病を使った七海は体育倉庫へ向かった。

 鬱蒼とした木々がすぐ近くにあり、校舎から少し離れているので誰もおらず静かで。


(こりゃあ閉じこめられたら気づかれない筈だよ)


『加えて佐倉紫苑はその不幸属性により遅刻早退が珍しくない。幸いなことに誰からも同情的に見られてはいるも、急にいなくなっても不審がられず……』


(我が彼女ながら難儀だなぁ……やっぱり俺が守護らなければッ!! じゃあ行くぞーーっ!! まずは外の観察からだ!!)


『閉じこめられる原因と脱出路の発見、万が一を考えて壁や窓の破壊、踏み台の用意もしなければならないなご主人! このシステムめもサポートしますぞぉ!!』


 午後の授業は始まっている、今の時間はどのクラスも校庭を使ってはいないが。

 その次の時間割に紫苑のクラスが使用するのだ、タイムリミットは確実に存在するのだ。

 幸か不幸か七海は扉の異常を見つけられなかったが、倉庫の側面下部に人ひとりならギリギリ通れそうな小窓を発見し。


(なぁシステム、これ使えると思う?)


『窓を外してしまえば出られそうではあるな、だが油断するなよご主人。予知での佐倉紫苑は脱出できなかったのだ』


(予知のビジョンは暗くてよく分からなかったからなぁ……明かりになる物も必要か)


 スマホのライトも有用だろうが、出来れば懐中電灯も欲しい所。

 七海はまず横長の小窓を外しにかかり、それから部室へと移動する。

 教室や廊下の窓から見られない様に、慎重に移動した故に時間がかかったが。

 無事、次の授業時間までに作業は完了。


(これで中に入って終わり、と。――隠れるならマットの後ろか跳び箱の中か……)


『念のために隠れた場所を伝えておいた方がいい、佐倉紫苑の不幸体質はご主人の想像の倍はある。――最悪を想定しろッ!!』


(大丈夫だシステムッ! 俺も脱出できない事を考えて、スマホの予備バッテリーと水、お菓子は部室のを持ってきた!! これで万端だ!!)


『足りない……足りないぞご主人!! コンドームを忘れているッ!! 佐倉紫苑はメンヘラ、ならばこの状況でもスケベェなのを求めてくるのは必須!!』


(いやいや流石にそれはないでしょ、そーんな危機的状況でねぇ)


 それは余りに常識的で現実的な思考だった、紫苑に言わせればそこも魅力ではあるがシステムに表情があるなら呆れた視線を送っていただろう。

 七海は体育倉庫の裏で次の授業の開始を待った後、中に入りマットの陰に隠れてボンヤリと待つこと約五十分。

 賑やかな声と共に扉が開き、何人かが入ってくる。


「ったくよー、貧乏くじ引いたぜ後片づけなんてよー」


「しゃーねーべ、オレらが女子の体操着姿ずっと見てたのバレたんだから」


「センコーもロマンを理解してくれねーよな、せっかく『お嫁さんにしたクラスの女子ランキング(目測スリーサイズ付き)を作ってたってのに!!』」


 ぴくっと七海の耳が動いた、とても興味深い話題である。


「そういや佐倉さんが出てたのはラッキーだったな、まぁ他の女子たちのガード高そうだったが」


「佐倉さんは可愛いけどカレシ持ちだからランキング下位だと思うけどお前誰が一位になると思う?」


「いやいや佐倉さんはカレシが居ても上位だろ、他に対抗できそうな女子って三年の巨乳生徒会長か二年の図書室の美人ぐらいじゃん?」


「テスト期間終わったらそっちも作るか……、あーあ、部活がない今が絶好の機会なんだが」


「しゃーねぇ、俺らもテスト勉強必要なんだから」


 もしや原因はこれか、と七海は思い至った。

 言われてみれば、確かに今日からテスト期間である。

 そして、周囲の紫苑への扱いが噛み合ってしまった。


(――謎は全て解けた)


『後は佐倉紫苑を待って、脱出するだけだなご主人! ミッションコンプリートは間近! もう怖いものナシだ!!』


 ほっと一安心しながら待ち続けると、ふっと嗅ぎ慣れた匂いが七海の鼻をくすぐった。

 少しだけ甘さを感じる香水、そこに汗の匂いも混じっている。

 間違いなく紫苑だ、彼がそう確信したその時。


「せんぱーい? 居るんですかぁ?? これおっもいんで手伝ってくださいよぉ~~」


「最後? 他の子とか来る?」


「あっ、そこ居たのかぁ。私が最後だから安心して……ってぇえええええええええ!?」


「ッ!? 大丈夫――――っ!? そういう事かッ!! 紫苑、怪我はないッ!?」


 ぐらり、古い体育倉庫故に明かりがなく、紫苑が何かに蹴躓いた拍子に持っていたハードルが床に落ちて倒れる。

 するとドミノ倒しの如く、或いはピタゴラスイッチの如く。

 ガンッ、と何かに当たり、ゴンと鈍い音に続いてガタ、ドタ、バーンと嫌な音が続いた後、ゴンと扉がしまり静寂が訪れた。


「え、えっ!? 今っ、今何が起こったの!?」


「怪我っ、怪我はない!? ――明かりッ、こんな時の懐中電灯! …………はぁ、大丈夫そうだね」


「私は大丈夫、けど……これが閉じこめられた原因かぁ倉庫の中がぐっちゃぐちゃ。命があっただけ儲けもんかも」


「重そうな棚も倒れてるし、あー、これある程度片づけないと用意した脱出路も使えない感じするなぁ」


「先輩が見た未来で閉じこめられるワケだぁ、これ絶対に一人じゃ脱出無理なやつじゃん~~っ!」


「まぁ、無事なのを喜ぼう。時間はあるんだ協力して少しづつ片づけよう。最悪、俺のスマホが無事だから助けを呼べるし」


「体育倉庫に先輩と二人っきり……何も起こらない筈がなく……」


「この場所で何かスるの普通に命が危なくない??」


 もしかして本気で何かを期待しているのだろうか、七海は少しばかり不安になったが。

 何はともあれ、二人は一緒に片づけ始めた。

 スマホで助けを求めるのは最終手段、使ってしまえば七海がこの場にいる説明が非常に難しく誤解も招きかねない。


『む、少し未来がブレた。スマホで助けを求めるのは命の危機に陥った時にしたまえご主人。それ以外だと課程は省くが佐倉紫苑がヘラって死ぬ』


(…………オッケー了解した)


『それから…………いや、このシステムめが言うと未来がブレてしまうかもしれない。グッドラックご主人!!』


(え、その楽しそうな声は何??)


 一抹の不安を抱えつつ、倒れた順に元へ戻していく。

 限られた光源、見えない足下、作業は難航するかに思えたが思いの外に簡単で。

 二人はすぐに、扉まで辿り着いたのだが。


「あー……これ面倒なやつだ、扉が変に外れて動かなくなってる」


「体当たりすれば余裕っしょ、それに七海先輩が用意してくれた脱出路がありますもん出るだけなら楽勝ってもんよ!」


「外に出た後で、職員室に言って報告しなきゃだなぁ……」


「う゛っ、それは地味にイヤ。もうちょい粘って直しません?」


「そうしようか……よーし力を合わせてぇえええええ、動けえええええええええ!!」


「動けこんにゃろおおおおおおおお!! 七海先輩とのラブパワーをくらええええええええええ――――?」


 瞬間、紫苑は己の腰からプツっという小さな音を確かに聞いた。

 反射的に両手で腰の下を、より正確に言うならば体操着のズボンの下の布を強く押さえる。

 切れた、切れてしまった、こんな時に限って、なんで、どうして、彼女の顔が真っ赤に染まり。


「ああああああああああああッ、切れたぁッ!! パンツの紐が切れたァ!!」


「うぇっ!? 何ソレぇ!?」


「もおおおおおおおお、紐パンなんて履いてくるんじゃなかったぁ!! しかもこれ買ったばかりなのにいいいいいいいいいッ!!」


「…………ドンマイ?」


「見てくださいよホラッホラァ!! こんなにぷっつり切れてぇ! 私のお尻がデカすぎるって言いたいのかよおおおおおおお!!」


「躊躇無く脱がないで見せないで??」


 困惑する七海の前で紫苑は己のズボンに右手を突っ込み、パンツを破る勢いで取り出す。

 薄暗闇の中でも目の前に突きつけられれば、両腰の紐がどちらも切れている事が分かってしまった。

 とはいえ七海にはどうする事もできず、紫苑といえばフツフツと怒りがこみ上げてきて。


「オラァ!! 先輩も脱げや!! 子作りすっぞオラァ!! 七海先輩も脱げぇ!!」


「ふおおおおおおおおおお!? どうしてそうなるんだよッ!?」


 これはもしや流されては不味いやつなのでは、と七海の負けられない戦いが始まったのだった。


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