第4話/明日なんていらない
――佐倉紫苑は、己が不幸の星の下に産まれたと堅く信じている。
おや? と気づき始めたのは幼い頃に家族と外食した時だった。
どの店で食べても、自分のだけが何故か遅く、時には忘れられ。
(気づかなきゃよかった……)
些細な不幸だ、自分だけが少しだけ不運であると。
それだけならよかった、本当に、それだけなら。
ひとつ、また一つ歳を重ねる毎に、美しく成長するのと比例するように不幸は加速して。
(ぱぱ、まま……、えぃちゃん)
元スポーツマンで逞しい体格の父は、階段から落ちそうになった紫苑を助けて骨折した事があった。
キャリアウーマンの母は、幼い頃は病弱だった紫苑が大病をした所為で看病の為に職を辞めた。
えぃちゃん、妹の英子にだって何度迷惑をかけたことか。
(私は――ひとりじゃないとダメなんだ)
そう確信した時から、紫苑は他人と距離を置くようになった。
中学を卒業する頃には、家族から離れて一人暮らしを。
地元から遠い高校に入学して、友達との繋がりを断ち、新たに作ることもしなかった。
(でも……七海先輩は)
入学後は部活が強制だったので、不人気で所属人数が少ない読書感想部に入った。
一人暮らしの中でも不幸は訪れる、鳥の糞で服が汚される事など慣れたこと。
酷いときには財布やアパートの鍵まで、紛失してしまって。
(あー、この本ハズレー……。はぁ、お腹減ったなぁ、財布見つかるといいけど)
放課後の部活、空きっ腹を抱えて本と睨めっこをしている時も多く。
本は幼少期から好きだった、物語に浸っている間だけは幸せになれたから、自分の所為で誰も不幸にならないから。
とはいえ空腹は辛く、ため息は増える。
「突然でごめんだけど、お弁当に炒飯作りすぎたから食べてよ。――じゃ、俺は店の手伝いあるから先に失礼するね」
「ぷぇい!? え、い、井馬先輩!? ……行っちゃった」
変なヒトだという印象が最初、紫苑にとって背景で同じ部活というだけで関わりのない先輩。
戸惑いながらも食べた炒飯は、とても美味しくて。
それから二日に一回の頻度で井馬七海は、紫苑に差し入れをしてくれた。
「もしかして先輩……私のコトが好きなんですか? ま、この美貌にプロポーション、加えて甘い声ですし惚れるのも仕方ないってもんですけど。――私、こう見えて立派な不幸属性ですのでお気持ちだけ受け取っておきます。お互いに遠くから見るだけにしておきましょうって」
「ははっ、自意識過剰乙。俺は君のお腹の音が気になっただけだよ。――ダイエットしてるのかもだけどさ、ちゃんとメシは食べよう?」
「~~~~っ!? 先輩のばーかばーかっ! でもご飯は美味しかったので勝手に貢ぐってなら遠慮なくもらっちゃいますもーん!」
「なるほど、それはそれとして美味しかったって言ってたけど……何処がどう美味しかったか感想お願い」
「うわっ、もしかして面倒くさいヒトですね先輩??」
決して紫苑の為とは言わず、恩を着せることなく。
深く聞かず、一定の距離を保って。
いつの間にか目で追うことが多くなって、紫苑から近づくことも多くなって。
「あ、遅いですよセンパーイ。今日は私オススメのリストを――」
入学して半年が経つ頃には、放課後を一緒に過ごすのが当たり前になった。
部活の為に本を一緒に買いに行くという理由で、何度もデートをした。
彼の両親がやっている店で、夕食をご馳走になる日もしばしば。
(こんなに幸せで、いいのかなぁ……)
初めて、家族以外の誰かと一緒にいたいと思った。
初めて、誰かを好きになった気がした。
初めて、告白して。
――身も心も、胃袋でさえも掴まれてしまって。
「じゃあ紫苑の誕プレ買いに行くぞぉ! ちなみにサプライズはこの前、君の家に行った時に隠してあるぜ!!」
「いえーいっ、やったぁ! たーっかいの買わせちゃいますよぉ~~!!」
余りにも楽しかったから、幸せだったから。
――忘れてしまっていたのだ、佐倉紫苑という存在が不幸そのものであると。
大通りを歩いていたとき、ぐいと引き寄せられた瞬間。
「――――――ぇ?」
「…………無事、かな? ああ、よかったぁ……」
「っ!? せ、先輩!? め、目がっ、ああああああああああああああああああッ!!」
「あー、ごめん、頭がぐわんぐわんして聞こえ、ない……んだ…………泣かないで、紫苑は笑顔が似合うんだからさ」
「救急車ッ、誰か、救急車ッ、先輩ぃ……七海先輩ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
車同士が接触事故を起こして、衝撃で片方の車がガードレールをぶち破り。
庇われた、そう紫苑が認識した時には七海の右目にガラスの破片のようなものが深々と突き刺さって。
頭からも血を流して、明らかに重傷なのに彼は紫苑の心配しかせず。
(お願いっ……神様ぁ、私はどうなってもいいから……先輩を助けてっ)
結果として井馬七海は助かった、でも。
「――――私のコトだけ、忘れて…………?」
きっと罰だったのだ、不幸の下に産まれた佐倉紫苑という存在が分不相応に幸せになろうなんて思ったから。
神様が罰をくだしたのだと、佐倉紫苑は幸せになってはいけないと。
だから。
(明日なんていらない、先輩がこんなコトになって、私にはもう明日なんて必要ない)
その筈だったのに、最後にひと目、そうしたら迷惑をかけないように死ぬつもりだったのに。
井馬七海は、記憶がないのに前を変わらずに接してきて。
明日なんてもういらないのに、必要ないのに、欲が出てきてしまう。
(私なんて、死んじゃえばいいのに。そうしたらもう、七海先輩に迷惑をかけるコトも、傷つけちゃうこともないのに――――)
彼は先回りするように、紫苑の心を満たす、また明日と約束を口にする。
そして現在、何故か膝枕をしている。
恋人の記憶があると言わんばかりの態度で、けれどその口振りは、向ける視線は、恋人でないと率直に語る。
――彼の頭の重みが、何より大切で愛おしい。
(…………なんか雰囲気が変なんだけど、もしかして俺、何かやっちゃいました?)
『ご主人……このシステムめが思うには膝枕がキモすぎたのでは??』
(う゛っ、た、確かにそんな気もしてたけど!! いやー、こっからどーしよ。今回も何とかしたけど、これ絶対に次があるよね?)
『フフーン、勘がいいなご主人ンンン!! 逆に聞くが――次がないとでも?』
(ですよねー、どうも精神不安定って気がするし!! …………こうなったら毎日会う約束するしかないね)
失ってしまったが故に、七海と紫苑の温度差は奇妙な空気を作り。
しんみりとしている彼女に、彼は何をどう言おうと思案中。
退院が近いので、病人だという理屈はいつまでも通用しない。
(なんかこう、先輩権限でビシっと言ったら何とかならないかな)
『むむッ、予知る? 予知るかご主人、先輩権限でチッスとかチューとかぱいぱいタッチとか要求した場合の未来予知…………いりゅ?』
(…………それで自殺する未来が見えたら、俺はどーすりゃいいのさ)
『ではシステムめだけが一足先に覗くとし…………おおーうっ、これまたエロティックで背徳的な……よっ、ご主人の祝・本物のご主人様! 可愛い後輩をエチチチな人形として飼う気分はどーだい??』
(それ明らかに超悪い方向に行ってるよね?? そんなことする気は一ミリもないけども!! どうしたらそんな風になるの!?)
詳しく聞くのはとても危ない気がして、七海はそれ以上の言及を避けた。
紫苑との関係は現在の所、部活の先輩後輩にしか過ぎなくて。
でも、ストレートに言えば何とかなる確信があったから。
「――――ね、佐倉。せっかくだから三日後の退院まで会いに来てよ、ちなみに拒否権ないから、なんなら退院の日は荷物運び手伝って貰うし」
「ちょっ、せ、先輩!?」
「そうそう、学校でもヨロシク。世話しろとか言わないけど部活で楽しくやろうよ。あ、せっかくだから腕によりをかけて差し入れ持ってくから楽しみにしてて」
「いやいやいや私は――」
手をわたわらさせて拒否しようとする紫苑に、七海は有無を言わさぬ笑みを浮かべて。
「側に居ろ、居てくれ、ね?」
「………………も、もう~~、先輩ったら強引すぎ。私以外だったらドン引だってそれ、だから私以外には絶対に言っちゃダメですよーだっ」
「佐倉以外に言う予定も理由もないから安心してよ、じゃあ約束だ。――毎日俺と会ってイチャイチャしろ、ね?」
「はいは……い?」
「おっし言質取ったっ!」
「いやこれ違っ!? 違うっ、違いますからーーっ! うううっ、先輩のバカぁ もうやだぁ……!」
顔を真っ赤にして頭をぶんぶん横に振る紫苑は、とても可愛く見えて。
それから彼女はぶつくさ言いながらも退院する日まで、律儀に面会へと。
七海は彼女との時間を楽しみに過ごしながら、とうとう退院の日になって。
「――よし、これで挨拶も終わったし」
「まったく……手の掛かる先輩なんだから」
「俺の家に帰ったら、晩ご飯まで部屋でお家デートでもしようか。遅くなったら送るし、帰りたくないなら泊まっていってよ。ただし寝る場所は俺のベッドになるけどね」
「………………ぷぇいッ!?」
病院の玄関口から歩き出してすぐ。
ぐいぐい来る七海に、紫苑は驚きのあまり吹き出したのであった。
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