第27話/あの時のデートをもう一度



 その日は一度解散となり、七海とは家に帰った。

 紫苑は彼が帰った直後から、クローゼットと睨めっこ。

 出来るならば服装も同じにしたかったが、生憎と七海の血で染められてしまったので捨ててしまった。


「あの時は何も考えられなかったからウチの親と義母さんに、事故の関係の全てを任せちゃったけど……デート服の弁償も……いや、お金で貰ってるけど支払いはまだとか、私まで話が降りてきてないとかかもしれない」


 あの日はどんな服装をしていたか、アクセサリーは耳だけだった筈だが。


「確かぁ……、白のオフショルのブラウスでぇ……、下はミニスカだったっけ? ちょっと寒かったけど先輩の視線の食いつきが良かったんだよなぁ……」


 だが季節は次へと少し移り変わっている、あの時でギリギリだったのだ。


「…………露出、減らすかぁーー??」


 美しさは武器だ、七海に愛される為の、独占欲を煽るための武器。

 その為に、露出はあった方がいい。

 だが季節に合わなければ、心配をかける結果にしかならないので。


「決めた、露出はナシで。それに…………指輪を買った後はアレがある、それを百パーセント活かすなら――」


 もし正解があるなら誰か教えて欲しい、紫苑は迷いながらもしっかりと選ぶ。

 一方で七海はというと特に悩まず、見慣れない服がデート用に買った服なんだろうなと明日の気温を見ながら組み合わせを考えて。

 そして、当日である。


(――――なっ、ぁ、っ、お、落ち着け俺ッ、どういう事だ、いや、見間違い、ああ、そうだ、だって紫苑はフツーに可愛い格好を……ッ!!)


 待ち合わせ場所に赴いた七海は、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 いつもの駅前だ、彼女との記憶が消えた七海にとっては初めての待ち合わせだが。

 駅前のシャチホコ銅像があるロータリー広場が何故か、とても神聖な何かに感じて。


(ッッッ!! やっぱりオーラが出ているッ、ただ佇んでいるだけなのに…………見える、何故かウェディングドレスを着て、教会の扉の前で花婿と一緒に入場する為に待つ花嫁のようなオーラが出ているッ!!)


 白のニットに、同じく白のロングスカート。

 そして白のコート、白、白、白、お洒落上級者じゃないと着こなせないような格好を、紫苑は可憐に着こなしている。

 その上で、幸せそうに微笑みながら少し俯いて、待ち遠しそうにしながら待っている。


(まだかなー、先輩まだかなー、今日はちょっと気合い入れたからか周囲の目線が鬱陶しいんだよなぁ……まだかなー、まだかなー?)


(――見とれてる場合じゃない、気圧されてる場合じゃない、道行くサラリーマンや大学生っぽい男らの死線が紫苑に……見るんじゃあないッ、紫苑は俺のだ!)


(嗚呼……思い出すなぁ、前もこうしてさ……、あの時はまだ少し恥ずかしさが残ってて、手を繋ぐことしか出来なかったけど……)


(よし、とっとと移動しよう。くっ、俺の彼女が可愛すぎる!!)


(いきなり抱きつく? それとも腕組んじゃう? それとも……――あ、全部やればいいんだっ)


 七海が足早に近づき、数メールの距離まで近づくと紫苑も気づいたようでぱぁと花開くような笑顔を見せて。

 続いて、両手を広げてカモーンとアピール。

 ゆらゆら揺れているのが、なんだこの可愛い生き物はと七海が抱きしめようとした瞬間。


「えいっ、隙ありっ! んちゅ~~っ」


「ッ!? …………くっ、随分と素敵な挨拶だね」


「だってぇ、したかったんだもーん、ぎゅーっ、ぎゅーっ、…………んーー? まだキスしたりない? いいよ? もう一回する?? でもだーめっ、また後でぇ~~っ」


「ごめん予定変更して誰もいない所いかない??」


 ついポロっと口から出てしまうが、こんな事をされては仕方がないというもの。

 紫苑といえば、にまぁと笑って試すように無言で見つめるのみ。

 試されてる、性欲に流されデートすらマトモに出来ない男かどうか。


「私はいいですよ? 先輩の好きにしてください。――ここだけの話ですけどぉ、し・た・ぎ、気合い入れてきたんですよぉ~~っ」


「くっ、このっ~~!! ち、ちなみに聞くけど……」


「私みたいな美少女が恋人で好き放題できる権利があって、しかもデートなんです、先輩の気持ちは理解してあげますよ、それで性欲に流される男って失望したりしません――――でもですよ」


 七海の首に彼女の腕が回された、そして彼女は耳元でねっとりと息を吹きかけながら。


「今日が人生最後の日なんですもんね? 避妊なんてしませーんっ、そしたらぁ…………デきちゃうかもしれませんねぇっ」


「おまっ、お前それさぁッ!?」


「あーあ、可哀想になー、もしかしたらちゃーんと産んであげられるかもしれないのに、ま、仕方ないですよねー、ママと一緒に天国行きましょーねぇー」


「…………………………今日は健全で素敵なデートにしよう!!」


 畜生やられた、と七海は頭を抱えたくなった。

 ただのデートのやり直しではないと覚悟はしていたし、色仕掛けだって想定して反撃方法を考えていた。

 だがこれはない、あんまりにもあんまりではないか。


(手を出したら未練が生まれるッ、というか物理的に生まれる可能性が出てくるッ、しかも死ねばもしかすれば子供の命がッ、生きたとしても学生で産ませてしまって紫苑の未来が…………くそッ、未練だけじゃないッ、俺を愛欲に狂ったままじゃなく徹頭徹尾、正気で居させる気だッッッ!!)


(ふぅ~~ッ、効いてる効いてるぅッ!! この調子でいくぞーーッ!!)


(どうするッ、どうやって攻めるッ、もしかしてこのデート……俺がとてつもなく不利なのでは!?)


(七海先輩、気づいちゃった? 時間を置いたのが第一の敗因で、デートにしたのが第二の敗因ですよーっ、…………さぁ、次は指輪を買うときに仕掛けるかなぁ~~っ)


 二人は表面上は仲睦まじい恋人のように、街を歩いていく。

 目的地の駅ビル内にあるアクセサリー店まで真っ直ぐ行くのではなく、目に入る店を冷やかし、時は中に入り小物をプレゼントしあったり。

 小腹がすいたからオヤツと、鯛焼きを買って食べたりと。


(…………なーんか普通に楽しんじゃってるな俺、初デートなのに二人でデートしてるのが当たり前みたいに自然で楽しいっていうか)


『これからもそうしていきたい、なんて思わないかご主人、いや思った筈だ、そう! ご主人の心の中にも未来への希望や想いがあるッ!! 佐倉紫苑と幸せに生きる未来があると!!』


(うっさいよシステムッ! そういうのは最初からあるけど、それでも紫苑と心中するのが二人にとって一番なんだよ! だってまだ……紫苑は俺と別れた後で死ぬコトを諦めてないッ!! なら心中するしかないじゃん!! それこそが――――俺にできる最大の愛、だから…………っ!!)


(はぁ…………、なーんか惚れ直しちゃうなぁ。なんだかんだ言ってもさ、こーして普通に一緒に楽しんでくれてさ、さっきも私の未来を考えてエッチしたいの我慢してくれたり…………うん、やっぱり別れたくないなぁ、止めた方がいいよね、だって先輩を死なせたくないんだもん)


 紫苑は今、とても不思議な感覚であった。

 言語化するならば、浄化されているとでも。

 どうして、あんなに一方的な愛で満足して死のうとしていたのだろう。

 どうして、彼の幸せだけを考えていたのだろう。

 どうして、二人の幸せを考えられなかったのだろう。

 ――佐倉紫苑は不幸だと自認している、その認識は変わらないけれど。


(先輩となら不幸でも幸せだって、そう思えたから……)


 だから、このデートで七海に分からせなければならない。

 伝えなくてはならない、この先も一緒に居たいと紫苑もそう思っている事を刻みつけないといけない。


「……何か追加で買うかい? 俺は紫苑が食べるなら半分こしたいなーぐらいのやつ」


「んー、お昼ご飯を豪勢にいきたいし。私も同じ気分だけど我慢するとしましょうよっ! じゃっ、指輪買いに行きましょう!」


「おっけー、紫苑に似合うを選ぶよ!」


「いやいや、そこは先輩に似合うのを……でもやっぱペアリングなら同じデザインがいいって思いません?」


「…………確かに、じゃあ俺たちに似合うのを二人で選ぼうか」


 目的地であるアクセサリー店に、七海と紫苑はべったりと腕組みしながら入店したのであった。


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