第28話/まだ望んでいますか?
二人が買ったのは、二つのリングを重ねるとハートとLOVEの文字が浮かび上がるペアリングであった。
七海はてっきりその場で付けるのかと思ったが、紫苑には何か考えがあるらしく。
店を出て待ち合わせした広場へ戻り、そこのベンチに並んで座る。
(くッ、何が目的なんだ紫苑……これは罠、なのか? それとも単に二人っきりでとか? いやでも今は二人っきりだよな? まぁ広場から一歩出たらフツーに歩行者とかいるけども、あ、ウォーキング中のご老人がいる…………うーん、それで紫苑が躊躇するか? もっと二人っきりになれる所へ行く筈だし――――)
隣で悩む七海の姿に、彼女はくすりと悪戯っ子のように笑った。
でもその目は、どこか切なそうに細められて。
今、とてもいい雰囲気だから、何の憂いもない恋人同士のデートみたいな空気だから、壊したくないのに。
(聞かないと、少しでも……傷をつけないと)
でないと、この指輪はつけられない。
たかだか高校生のペアリングだ、口さがない人に言わせればママゴトの玩具だというだろう。
心のどこかで紫苑もそう思っている、指輪ひとつで自分たちの何が解決するのだろう、何の証拠になるのだろう。
(子供じゃないけど大人でもなくて、考えてみるとか細い繋がりって感じ)
でもだからこそ、面倒くさいと言われようが、ロマンチストと言われようが。
心の底から結ばれる事を信じて、薬指にはめてもらいたい。
――それはきっと、七海も同じだと紫苑は信じているから。
「ね、七海先輩……まだ私と心中したいですか?」
「突然!? いや答えは依然としてしてイエスだよ。俺たちはここで一緒に死んだ方がいいんだって強く思ってる」
「私がこの先も一緒に生きたいって、そう思ってるって言っても?」
「――――――ぇ?」
瞬間、彼は目を見開いて信じられないという様な表情を紫苑に向けた。
「あ、そ、それは…………」
口に出したその時、七海はしまったと内心で舌打ちしてしまって。
ぐらりと何かが揺らいだことを自覚してしまったから、だってそうだ、ずっとその言葉を待ち望んでいたのだ。
一緒に生きたいと彼女が言ってくれる事を、でも。
(――――本当に? 本気で言ってるのか? 今更? でも、いや、信じたいけど、けど――――俺たちは心中するべきなんだ、お互いを愛したまま、絶望の中で死を望まない為にも――――本当に?)
(…………七海先輩は、もしかして、ううん、これは私も、私たちの)
口をつぐんで俯いてしまった彼を見て、紫苑は自分たちの間に横たわる問題に気づいてしまった。
今更気がつくなんて、なんて愚か。
悔しさと情けなさで涙がこぼれてしまいそう。
(先輩はきっと、今の幸せしか見てないんだ……。そして私も、今の不幸しか見ていない)
だから。
(二人とも、未来なんて見てなかった。幸せな未来なんて考えてもいなかったんだ――――)
この事をどう伝えよう、どうしたら伝わるのか。
伝えてどうなるのか、でも紫苑だけが気づいていてもダメなのだ、七海も気づいていないと。
それとも彼は気づいていて、心中しようと言い出したのか、もしそうだったらと彼女は。
(怖じ気づくなッ、今じゃないとダメっ。私たちが一緒に明日を生きるためにも今じゃないと!!)
七海もまた、そんな紫苑の変化に気づき戸惑いと共に喜びを覚えていた。
あれだけ様々なことで病み、死を望んでいた彼女から生きようとする意志が感じられる。
でも、信じられない、信じきれない、信じたいのに……。
(――いったい何時から俺は紫苑のことを信じられなくなったんだ? 病院で目覚めたとき? それとももっと前?)
井馬七海は、佐倉紫苑を信じていない事に気づいてしまった。
守ると言っておきながら、心中する程に愛しておきながら。
その実、何より大切な恋人のことを信じていなかったなんて。
(ははっ、嗚呼――だから一緒に死のうだなんて思いついたのか俺? 消えた記憶があったならまた違った結果になっていたか?)
どこで間違えた、なにを間違えていたのか。
何故、前の己は記憶を代償にしてでも未来予知という力を望んだのか。
喪ったモノはもう戻らない、未来予知という力がなくなった所で記憶は戻ってこない。
(今更……手放せるもんかよッ、紫苑が俺の知らない所で不幸になるなんて、ましてや死ぬなんて……耐えきれないんだッ)
でも。
(守れてない、守れてないんだよッ、それにさ……今の俺は……紫苑の不幸そのものだ)
違う、七海は直感的にそう思った。
そんなもの言い訳でしかない、己の心の弱さを愛する人を口実に誤魔化していただけだ。
なんて情けない、間違っていた、間違っていたんだと。
――長い沈黙の後、最初に破ったのは七海だった。
「怖いんだ、自信がないんだよ、この瞬間でさえ今はもう君を幸せにする自信がない、君に、君に……俺は紫苑に、失望されたくないだけだったんだ」
情けなさすぎて、己が恥ずかしくて、七海の目から涙が流れ始めた。
怖い、彼女の顔が見れない、声を聞くのすら怖い。
頼む、何も言わないでくれ、頼む、何か言ってくれと彼は祈るように返答を待って。
「……謝るのはこっちだよ七海先輩、先輩は二人の幸せを見ていてくれたのに……私は自分の不幸にしか目に入らなくて。だから――私も同じで先輩を幸せにできる自信なんてなかった」
「しお、ん……」
顔を上げるとそこには、ポロポロと泣いている彼女の姿がった。
「先輩に嫌われるのが怖くて、全部自分の中にしまおうとして、……失敗し続けてたの。今ある幸せが壊れるのが怖かった、――――一度壊れてしまったから、信じられなくなっちゃったよ……」
言ってしまった、七海も紫苑も言ってしまったのだ。
もう目をそらして目先の幸せだけを感じていた一瞬前には戻れない、噛み合わない。
別れるしかない、愛してるのに一緒にいるからお互いを不幸せにしている。
だから、愛が憎しみに変わってしまう前にお別れを言わなきゃいけないのに、互いの瞳はそう言っているのに。
本当に、それでいいのか?
言ってしまったら辛うじて繋がっているこの一瞬でさえも終わってしまう。
(それでも俺は)(私は、それでも)
二人はまだ、諦めていない、諦められない。
「別れたくないんだ、君を幸せにできる自信なんてないけど、好きなんだ愛してるんだ……この気持ちはただの執着かもしれない、でも……本当は心中なんてしたくないッ、まだ一緒にいたいんだ!」
「こんな私なんて七海先輩と一緒にいる資格なんてないって今も思ってる、でも好きだから、私の人生を先輩に捧げてもいいって思っちゃったから……、まだ一緒に居たいよ、先輩と幸せになりたいよぉ」
どうしたら前に進めるのだろう。
どうしたら二人で歩めるのだろう。
このまま止まっていたら別れるしかない、きっかけが欲しい、何かきっかけが。
(――――ぁ)
その時、七海は二人の間に置きっぱなしの小さな手提げ紙袋があるのを思い出した。
アクセサリーショップで買ったときに店員がくれた赤い紙袋、中には白い小さな箱、つまりペアリングが入っている。
例えそれが嘘偽りでも、自分すら騙せない欺瞞だったとしても。
「なぁ紫苑……、二人だけの結婚式をあげないかい?」
「――――えっ?」
思いつくままに七海は提案し、紫苑は目を丸くして驚いた。
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