第17話/マインスイーパー



 目覚めは妙に晴れやかだった、というか七海にはいつ帰宅して何時に眠ったかさえ不確か。

 ずっと起きていた気もするし、しっかり寝た気もする。

 窓を開けると朝の清々しい空気、彼は深呼吸を大きく一度すると。


「――よし、告白しよう」


『主人? もう恋人で性交渉もあるんだぞ? 告白する必要性がどこにあるんだ?』


「ちっちっちっ、わかってないなぁ。告白したのは前の僕だ、今の関係性はその延長線上。あらためて想いを告げたいって思うでしょ」


『…………佐倉紫苑なら喜ぶと?』


「いや、紫苑の気持ちは関係ない。俺が心の底から好きだって伝えたいだけさ」


 目を輝かせる七海の姿に、システムは思案した。

 普通の恋人同士なら問題はないだろう、しかし二人はワケありと言ってもいい。

 あらためて好意を伝えるとしても、このタイミングではない、のではないかと。


『大事なことを忘れているぞご主人、昨日の拒絶を思い出すんだ。未来予知は死を告げていないとはいえ、佐倉紫苑の精神の悪化を防ぐためにも慎重になる事をおすすめする』


「…………確かに、ちょっと」


『ちょっと無理をするが、安全に告白できた未来を予知してみようかご主人? このシステムとしてはご主人の心意気は尊いと思う、出来れば尊重したい』


「ありがとうシステム……! でもそれは止めておくよ。死の危険もないのにこの力を使いたくないんだ。それに――――」


『答えが分かってて行うのは卑怯だと?』


「それもあるけど、何となく分かるんだ……この力は紫苑の不幸を、死の運命を回避する為だけに使わないと悪いことが起こるって」


『…………確かに、このシステムめも同じ予感がしますぞぉ!!』


「だから放課後それとなく雰囲気作ってさ、好きだって伝えてみるよ。それで何かあっても何とかするさ……だって恋人だからね」


『くっ、流石ご主人!! このシステムめも精一杯協力しますぞぉ!! 昨日の佐倉紫苑の態度の急変の原因を探りつつ、告白タイムといきましょうぞ!!』


 七海とシステムが前向きに動き出した中、一方でその頃。

 ベッドからぬたりと起き出した紫苑は、深く深く湿ったため息を吐き出す。

 そのままのろのろと洗面所に行くと、鏡に酷く青ざめた己の顔が写り。


「ヒッドイ顔してるなぁ……」


 仕方ないと彼女は自嘲した、昨日あの時から精神が高ぶって眠れない。

 目を閉じれば惨劇を思い出してしまいそうで、寝てしまえば繰り返しあの日の事を見てしまいそうで。

 眠れる方法なんて分かってる、七海の側にいればいい。


「…………今の状態で側に居たら心配させちゃうって、なら側にいられるワケないじゃん」


 理由はそれだけではない、会えばまた誕生日プレゼントを買う話になるだろう。

 それだけは避けたい、きっと己は耐えられないと紫苑は歯を食いしばる。

 だって、だってそうだ。


「やっぱり覚えてないんだ先輩……、私の誕プレを買うデートで事故にあったって」


 何回もそんな事が起こるだなんてありえない、けれど自分の不幸体質なら、今度は、七海の命すら。

 嫌だ、そんなのは嫌だ、死ぬより辛い思いをしたというのにそれ以上が待っているかもしれない。

 そう思うと体がこわばって動けなくなる、みっともなく喚き散らしたくなる。


「ダメ……それだけはダメ、私の誕生日なんてもう祝わなくてもいいから――――」


 だからせめて、大好きで大好きで、愛してやまないあの人だけは無事に。

 助けて、か細い声が喉からもれた。

 体の震えを止めようと自分自身を強く抱きしめる、足りない、こんなものでは止まらない。


「ぁぁ、ぁ…………っ」


 思い出してしまう、けたたましいクラクションと甲高いブレーキ音。

 ぐいと腰を掴まれ引き寄せられて、同時にぐるりと回転する体。

 視界は彼の胸にふさがれて何も見えない、頭を守る様に抱きしめられて。


 ――強い、けれど思ったより弱い衝撃。


 転げ回ったのか跳ね飛ばされたのか、それすらわからない。

 気がつけば息苦しいほどの圧迫感、ぽたぽたと顔に落ちる水滴。


「ぶじ、かいしお、ん? どこもけ、がしてない?」


「………………ぇ」


 意味が分からなかった、大きく鋭いガラス片が彼の右目に深く深く突き刺さって。

 頭部からもダラダラと、腕だって、遠くで誰かが叫んでる声がうるさい、静かにしてくれないと彼が何を話そうとしているか分からない。

 驚きに声が出ない彼女の頬を彼は赤い液体で濡れた手で優しく触れる、そして心底安堵したように。


「君を守れてよかった」


 そう笑って、力つきたようにがくりと彼女にもたれ掛かった。


「せん、ぱい?」


 わからない、何が起こったか分からない、どうして七海がこんなに傷ついて、血がダラダラと流れ出る様が彼女の焦燥を煽る。

 頭が真っ白になって揺すって起こそうとし、誰かの手に止められた。

 それが酷く嫌で、泣き叫んで取り乱して――――


「終わったっ! それは終わったからっ!! もう終わったことだからぁっ!!」


 嫌だ、嫌だ、嫌だ、思い出したくない、自分が傷つくより守られて傷つかれる方が辛いと思い知った。

 死にたくなる、こんな何もない自分なんて側にいる資格がない。


「おち、落ち着こう、うん、今は大丈夫だから、わ、わた、わたしは七海せんぱいに愛されてる、うん、大丈夫、大丈夫、大丈夫だから…………」 


 会いたい、今すぐ会って抱きしめて欲しい、心配ないよと愛してるって言って欲しい。

 でも。


「………………今は、駄目、せんぱいと会っちゃ、だめ…………」


 はぁ、はぁ、と荒い息が耳障り、ふうふうと息を整える。

 会ってしまえば優しさに、愛に甘えてしまう。

 記憶を失ってなお愛してくれる七海に、迷惑をかけたくない。


「――ははっ、あー……、だめだぁ」


 その瞬間、紫苑は気づいてしまった。

 自殺を考えれば七海が今すぐにでも飛び込んで抱きしめてくれるのではないか、と。

 なんて浅ましい考え、これでは己は愛ではなく依存しているだけではないか。 


「放課後……うん、放課後になったら、部室で会おうって――――」


 奇しくも同じ結論に至った彼女は、学校に着くなり部室へ。

 誰にも会いたくない、自惚れかもしれないが今の顔を見られたら誰も彼もに心配されてしまいそうで。

 紫苑は部室に入るなり扉に鍵をかけると、そのままずるずると座り込んだ。


(そういえば先輩も私に会いたいって感じの文面だったなぁ……)


 もやもやする、きっと彼は純粋に会いたいと思ってくれているだけだろう。

 だけどどうしても思ってしまう、昨日の態度を問いただしたいのではないか、もしかすると愛想を尽かして別れを告げようとしているのかも、と。

 ――違う、違う、違う。


「先輩は私を見捨てない、別れなんて言わないッ」


 だから会おうって言葉は、だから、だから、だから。

 考えないようにと強く思うほどに、悪い考えばかりが浮かんでしまう。

 思考は止まらない、今の紫苑が一番嫌なこと、それは。


「私が死んじゃいそうだから……先輩が会いたいの?」


 己でも信じられないぐらいに掠れた弱々しい声、それが故に真実味を帯びている錯覚すら起こってしまう。

 はは、と乾いた笑い声が出た、なんて己は愚かなんだろうか。


「嬉しいって思っちゃうなんて――――」


 愚かしいにも程がある、きっとこの部室にやってきた彼は愛を囁いて満たしてくれる。

 余計なことなど、死への衝動など考えないように、強く強く抱きしめてくれる。

 だから。


「愛してる、なんて言わないで七海先輩」


 紫苑は祈るように呟くと、眠るように瞳を閉じて。

 それから何時間たっただろうか、昼はとうに過ぎて日は沈みかかっている。

 いつの間にか寝てしまっていたようで、彼女が慌てて身嗜みを直した瞬間であった。


「や、待たせたかい?」


「ぎゃ~~~~~~~~~~っ!?」


「その反応酷くない??」


 彼女にとってはいつもの様に、七海が部室に入ってきたのであった。


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