第25話/愛は殉教とみたり(後)
足下がガラガラと崩れ落ちる感覚、分からない、幸せな死ってなんだと七海は混乱の中にいた。
常識が腸捻転と腓返りをおこしムーンサルトを成功させた気分、紫苑を探そうとも探せないもどかしさがスパイスとなってゲロを吐きそう。
分からない、分からない、幸せな死とは、彼女は何処に居るのか。
「――――どうして、俺の未来予知は紫苑が苦しみに満ちた死を選んだ時にしか見えな………………うん??」
『どうしたご主人? その通りであるが、何か気になるポイントでもあったか?』
「ちょっと待って、何か思いつきそう、引っかかってるっていうか、あー、なんていうか、こう、もしかしたらって感じなんだけど」
とても冴えたやり方に思えた、これならば紫苑が何処に行ったか分かるかもしれないし。
何なら、誘き出せるかもしれない。
しかし本当に、このアイディアを実行してもいいのだろうか。
『言ってくれご主人、今は少しでも前に進むべき時だ』
「…………それが、紫苑を傷つける結果にしかならなくても?」
『愚問だなご主人、鏡で己の目を見るといい――必ず実行するという意志を感じるぞ』
「そっか……そうか――あ゛~…………、ハハっ、うん、そうかも、命がかかってるのに、俺も紫苑も傷つかずに済むだなんて――なんて――――思い上がり、だ――――」
『ッ!? ご、ご主人!? 大丈夫か!? もの凄く狂気を感じるのだが!? 本当に正気か大丈夫か!!』
驚きと困惑と心配に満ちたシステムの気配に、七海はくつくつと笑い出したい気分であった。
本当にどうかしていた、この後に及んで遠慮していた、いや、本当はずっと遠慮していたのかもしれない。
――――ぷつん、と、何かが切れて。
彼は深呼吸をひとつ、静かに瞼を閉じて開くとそこには純黒の決意とも呼ぶべき怪しげな輝きがあった。
「ねぇシステム、ちょっとお金は使うんだけど紫苑を誘き出せる方法を思いついたんだ、そうじゃなくても居場所を未来予知できる、そんな方法さ」
『…………ご主人? その口振りではこのシステムめですら自由に使えない未来予知を自由にできると言うのか??』
「自由っていう程じゃないと思うけどね、俺の意志で使える、いや使うんだ、――俺だけがそれが出来る、いつ来るか分からない未来よりを自分の意志で脳に負担をかけずに起こしてみせる」
『なッ、そんな方法があるのか!?』
「…………話は変わるけどさ、佐倉紫苑という女の子を不幸にするのは俺一人でいいと思わないかい? いや俺一人の所為で不幸になってたんだ、なら――」
『ご主人ッ、それは危険な考えだッ、い、いやでもしかし……』
システムは七海の言わんとする所を察し、大いに揺れた。
嗚呼、嘆かわしいねシステムと、彼は狂気で濡れた溜息をだす。
彼女が自己認識している不幸体質だなんて、つまるところ。
「考えもしなよシステム、別にさ、紫苑は不幸体質なんかじゃないんだ。ただ自分を不幸だって思いこんでるから些細な失敗や偶然のアクシデントでヘラって悲劇のヒロインになってるだけ」
『ご主人、その言い方はちょっとどうかと思うぞ??』
「――しかし俺と出会って恋に落ちたから……不幸体質は本物になってしまった、そう、事故で俺が死にかけた時から」
『そこに未来予知の力が加わり、強固なモノになってしまったと?』
「気づいていたかい? 未来予知で見た紫苑はさ、全部俺の事を気にして死を選んでいたんだ」
『…………ご主人が、佐倉紫苑の死そのものであったと』
いえす、と七海は楽しそうに笑った。
恋人になった事で彼女を幸せにしたのは確かだと断言できる、でもそれと同じぐらい彼女が感じる不幸の原因となっていたのだ。
もっと早く気がつくべきだった、でも今この瞬間に間に合ったから。
「じゃあ、自殺の用意をしようか。紫苑が悲しみに満ちた死を選ぶ可能性がでてきた時に未来予知ができるんだろう? ――なら、俺が自殺すれば」
『どこまでする気だご主人ッ、下手をすれば本当に死ぬかもしれないんだぞ!! もしそうなったら佐倉紫苑だけじゃないご主人のお父上とお母上もッ!!』
「……生きて解決できたら親孝行をするさ」
『ご主人ッ!! 止めろッ、この力は記憶を失う前のご主人が佐倉紫苑だけじゃないッ、ご主人も共に幸せな未来を掴むための――――』
「ははっ、まだ分からないのかいシステム。アッチが命を賭けて俺への愛を証明しようってんだ――こっちも命を賭けてようやく対等ってもんだろう? ……最後まで付き合って貰うよ相棒」
もしかしてとんでもない化け物が生まれてしまったのでは、とシステムは恐れ慄いた。
実体のない己では、あくまで未来予知という力のインターフェイスである己には何も出来ないと。
一方でその頃、紫苑はといえば。
(何かを決意した先輩かっこいい~~っ、なんて言ってるの!? ねぇなんて言ってるの~~~!! 失敗したぁ、盗撮カメラだけじゃなくて盗聴器も仕込んでおくんだった……!!)
屋上の給水タンクの陰に、彼女は潜んでいた。
側には寝袋や空になったペットボトルなどがあって、そう、紫苑は旅になど出ていない。
正確には、まだ、出ていないという事で。
(後三日……うん、手持ちのお金的に電車賃を考えれば三日ぐらい猶予はあるはず、その間で死んでも七海先輩の事を思い出せるように…………幸せな気持ちで死ねるように、先輩のコトをずぅ~~っと、ずぅ~~~~っと、見てますからね!!)
死ぬと決めたはいいが、自ら別れを告げた精神的ショックで紫苑は深刻な七海欠乏症にかかっていた。
だから少しだけ、少しだけの間でいいから遠くから見させてと。
なお、部室に仕掛けた盗撮カメラなどは今回わざわざ買って仕込んだのではなく恋人になった当初に仕掛けた物。
(ごめんね先輩、いっぱい悲しんだよね、私のコト……でもこれも先輩の為だから、先輩がこの先、私なんか忘れて幸せに暮らす為だから…………だから一年ぐらいは引きずって、それから新しい恋を探してよ)
盗撮により七海が部室から出たのを知った彼女は、右手に双眼鏡、左手にスマホの構え。
スマホの画面には、例の事故より前にこっそり入れて、彼のスマホとペアリングしておいたおいた恋人監視用GPSアプリが。
帰るのだろうか、それならせめて後ろ姿だけでも双眼鏡をのぞき込み。
(あー……会いたいなぁ、でも会うと私の不幸で先輩が不幸になっちゃうし、結局さぁこーなる運命だったのかも…………ううっ、七海先輩……抱きしめて、愛してるって言って欲しいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ)
死ぬのは怖くない、これ以上、愛する人に迷惑をかけるぐらいなら潔く愛に殉じて死ぬべきだ。
そう決意してしまったからか、紫苑の精神は今とても、ある意味で落ち着いていた。
代わりに、七海への愛に溢れて死への旅路に清々しい気持ちで行けそう。
「…………あれ?」
何処に行くのだろうかと、紫苑は思わず首を傾げた。
己の知っている行動パターンからはずれている、七海の位置を示すGPS、そして周辺の道を考えるとどう考えても彼の家へ向かっていない。
もしかして探してくれるのだろうか、そう思えば心が暖かくなって。
(それじゃあ~~、行きますかぁっ!!)
こんな所でスマホと睨めっこしている場合ではない、出来るだけ近寄って死角から己を探してくれている姿を生で見るのだ。
心を踊らせながら紫苑は七海の後を追いかける、そしてすぐに異変に気づいた。
探していない、何か強い意志の下にどこかへ向かっている。
「先輩……? ホームセンター? え、何か買うものあったっけ?」
何をしているのだろう、強い興味心に突き動かされて距離を取りながら続いて店に入る。
(…………ロープ? 太めのロープを何に使うの??)
嫌な予感が走る、料理に使うなんて到底思えない。
学校でそんなものを使う予定なんて無いはず、突然にロープを使う趣味に目覚めたとでも言うのか。
もしかしたらもしかすると、特殊なプレイに使うのかもしれないが。
(…………ビニールシート、それも一部屋分カバー出来そうなやつ)
ロープ、ビニールシート。
もしかして己を捕まえた先を見据えているのでは、と紫苑は推察した。
まだ確定ではないが次に買う物で決まるだろう、即ち、拉致監禁からのラブラブヤンデレ調教的なTL小説や過激なティーンズラブ漫画みたいな事が待ち受けている可能性がある。
――そのまま七海の後ろで紫苑が監視していると。
(手紙? 手紙のセットを買った?)
ひゅっ、と喉から空気が漏れそうになった。
分かる、分かってしまう、何度も死を考えたことがあるから、理解してしまう。
だってそうだ、太いロープ、ビニールシート、手紙のセット。
(………………死ぬ、の? 先輩……、え? なんで、どうして――??)
まだ決まった訳ではない、だって七海には理由なんて無いはずだ。
己さえ居なくなれば、彼は幸せになるのだからと紫苑は苦しそうに胸を押さえながら背中を見つめる。
今すぐに声をかけて確かめたい、けどそんな事をしたら別れた意味がない、幸せな気持ちで愛に殉じて死ねないではないか。
(うそ、ですよね――?)
ドクンドクン、最悪の方向へ思考が偏っていくのが分かる。
不吉な考えが止まらない、彼は悠々と歩いていく、向かう先は彼の実家である井馬飯店ではない。
見覚えのある道、この先には。
(…………ッ、私の部屋)
違うはずだ、それに鍵がかかってるから部屋には入れない。
もしかすると窓かベランダから侵入する為に、品々を買ったのかもしれない。
その時、紫苑は思い出した。
(私の部屋の鍵ッ、義母さんが持ってんじゃん!? うわっ、もしかしたら見つけて――??)
例の事故の後、七海が目覚める前で紫苑が何度も死を考えは必死になって思いとどまってた時期に紫苑の母が七海の母へと合い鍵を渡していたと、朧気な記憶がある。
もしそれが、七海の手に渡っていたなら。
ごくりと唾を飲み込む、七海の背後を物陰に隠れながら着いていく、マンションの中に入っていく。
エレベーターに乗った彼に対し、彼女は階段を駆け上がり部屋のある階に着くと息を殺して耳を澄ませた。
――ガチャリ、扉の開く音がして。
(まさか…………本当に、そう、なの……?)
どっどっどっどっどっ、心臓が五月蠅い。
ドアノブを軽く握る、彼は買った品で何をするのか。
(そんな筈ない――ないったら――――)
扉はすぐに開く、必死で呼吸を整えながらゆっくりとドアノブから手を離した。
彼が自ら死を望むなんてあり得ない、他ならぬ紫苑を命をかけて守ってくれたのに、死ぬなんてそんな事は。
――でも、嫌な想像が頭から離れてくれない。
(違う、違う、違う、違う、…………でも、もし本当にそうだったら?)
用意なんて直ぐに終わる、精々が遺書を認めるのに少しばかり時間がかかるだけだ。
でももし、面倒だと遺書を残さなかったら?
今頃はもう、早ければ首を吊っていても不思議ではない、恐らくはまだ準備中の筈だ、その筈で。
(ち、違うよね? そんなまさか、違うよね? で、でも今なら間に合う、今すぐに中に入れば間に合う――――)
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ、七海は、紫苑の愛するヒトは幸せにならなきゃいけないのだ。
このまま紫苑だけが幸せに死なないといけないのだ、井馬七海は生きて幸せにならなければ。
とにかく確認して、違ったら逃げればいい、彼女は勢いよくドアを開いて中に入る、玄関で靴を脱ぐことも忘れ短い廊下を全力で走り。
「――やぁ、じゃあね紫苑さよならだ――――」
「~~~~ィ、ぁ――――――ッ!!」
リビングの扉を開いた瞬間、首吊り自殺の準備をしていた七海は。
紫苑へふわっと微笑むと同時に、踏み台にしていた椅子を蹴り飛ばし首吊り自殺を決行した。
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