第20話/はだえぷトラップ



(こ、これが伝説の新妻お出迎え三択ぅ――――ッ!?)


『しっかりしろご主人っ! 絶対に流されるんじゃないぞフリじゃないからな!!』


「ね、ね、どーする七海先輩……ううん、だーりんっ!」


「ぐはッ!?」


『この女ァッ、禁じ手を使ってきやがった!? ご主人の性癖を把握してやがる、これがメンヘラの隠されたストーカー力とでも言うのか!!』


 七海とシステムは驚愕した、ただでさえ裸エプロンという過激な格好なのに。

 だーりん、そうだーりんと彼女は言った。

 あざと過ぎる、この攻撃にどこの男が勝てるのだろうか。


『感じる……ご主人を通して感じるッ、人間ではないこのシステムめにも裸エプの威力が、――否、違う、これは佐倉紫苑の魅力だァ!!』


「もぉ~~、恥ずかしいから……そんな見ないでだーりんっ」


(うおおおおおっ、どういうコトなんだよっ!? 本気で恥ずかしがってるよね!? 演技じゃあないッ、俺の前でエッチな格好なんて慣れてる筈なのに――本気で恥ずかしがっているッ!!)


 白のフリフリ新妻エプロンと紅潮した肌との対比が、なんとも艶めかしい。

 彼が視線を向ける度に、逃れるようにくねくねと身じろぎ、だがそれだけではなく。

 勇気を出して誘っていると言わんばかりに、少しだけ視線を外しながら彼が見た部分をよく見える様にアピールするではないか。


「ご飯とお風呂と私…………どうする?」


「そっ、それは――」


 これが何もない時であったら、ガバっと抱きついただろう。

 だがこれは紫苑の罠、七海の命を狙う罠だ。

 油断はできない、深く考えたいのに生足が色っぽく、腰の括れも、エプロンを蠱惑的に押し上げる胸、そして谷間、彼女は前を向いているから見えないが臀部だって今すぐ鷲掴みしたい。


(俺はっ、我慢できる男ッ!! こんな見え見えの罠に屈してたまるか!!)


『いろんな意味で見え見えだッ、システム的には佐倉紫苑を横から見てエプロンと胸の隙間を確認してら罠の可能性を考えても遅くはないと思う』


(お前が誘惑してどーすんだよおおおおおおおおッ、俺もそーしてぇよオオオオオオオオオオ!!)


「ね、まだですかだーりん? ――えいっ、ちょっと寒いからくっついちゃおーっと!」


(コイツッ、瞳をうるうるさせて!? 抱きしめて欲しいって顔で誘惑してる!! で、でも寒そうではあるし?? 身動きさせない為にも? 抱きしめてもいいんじゃないか??)


『流されるなご主人ッ、抱きしめてしまえば佐倉紫苑の髪の香りや体の柔らかさを堪能してしまう事になるッ!! ――いや、もう手遅れかもしれないな……どうだご主人? いつもと違うシチュエーションで胸を押しつけられているのは』


(だからお前がソッチ側に回らないでよっ!? お、落ち着けぇ……今は少しでも時間を稼いで……い、いや時間が過ぎる毎に俺の理性は削られていくッ)


 ならば打開策は何か、夜の大運動会ゴールテープは死は避けなければならない。

 腹上死か、それとも疲れ果てた所で殺されるのか。


(いや……俺には分かるッ、絞り取られて殺されるッ! 匂いがするんだよぉ!!)


 次の行動を七海は決めた、時間稼ぎの意味もあるが確認したい意味もある。

 言うぞ、言うぞと己を急かしながら。


「…………じゃあ、ご飯にしようかな?」


「は~いっ、じゃあすぐに用意しますねぇ。今日はスペシャルメニューを用意したんですっ! 席に座ってまっててくださーい」


「あ、ああ……」


 言われたとおりに座ると、るんるんで冷蔵庫を開く紫苑の後ろ姿が見えた。

 彼女は現在、裸エプロンなので当然のように背中も臀部も丸出し。

 七海は慌てて目を反らして忘れようとするも、脳に焼き付いて消えてくれない。


(あー、胸がドキドキする……今までで一番エロく感じたんだけど??)


 もはや気分は新婚の夫だ、夜のフィーバータイムに闘志とエロを燃やすハッスルマン。

 何が出てくるのか、紫苑の得意な料理はスパイスカレー。

 だが今晩用意しているのは違うだろう、中華料理屋の息子として、料理人の卵としての第六感が、何より鼻が告げている。


「じゃっ、じゃ~~ん。今日のメニューはぁ――――、栄養ドリンク!! 生卵!! そのまま食べてる黒ニンニク!!」


「全部、精が付く物じゃないかあああああああ!! しかも料理じゃない!! ほぼほぼサプリメントだよ!?」


「そりゃあ…………ね? も~~っ、言わせないでよぉっ、だーりんのいけずぅ」


「いやいや?? ……っとぉッ!? …………ねぇ、なんで俺の膝の上に乗ったの? 栄養ドリンクは一人で飲めるから――ぬおおおおおっ!? 口移しで飲ませようとするんじゃあないッ!!」


 喰われる、これは確実に腹上死させるつもりだと七海は断定。

 このままだと誘惑に流されて死ぬ、ベッドの上で負けて死ぬ。

 今の紫苑はヒトではなくサキュバス、それだけの魅力があった。


(頑張れ俺ええええええええええええええええッ、理性っ、俺の理性たちッ、鋼になれ性欲を閉じこめる鋼の盾と矛となれッ!!)


 完全なる心の防護体制、だがそれを嘲笑うかの様に紫苑は無垢なる子供のように、同時に嫣然と微笑むんで。


「むっぐううううううううううううううううううううううううううううッ!?」


『ご、ご主人ンンンンンンンッ!? なんという力だ佐倉紫苑ッ!! ご主人に抵抗を許さないッ、しかも口移しだけじゃなく舌を入れて濃厚に濃密にッ!! これがセークシャルなミッドナイトの始まりになってしまうのかああああああ!!』


 七海にシステムの声を聞く余裕があれば、暢気に実況してるんじゃないよ! と文句を言っただろう。

 しかし彼は彼女を引き剥がすので手一杯、むしろ逆に紫苑を迎え入れようとする手を押しとどめるのに精一杯である。

 彼の口内を蹂躙しながら、紫苑は内心ほくそ笑んで。


(だぁーめっ、逃がさないよぉ七海先輩っ。どこにフェチがあるとか全部知り尽くしてるんだからなぁコッチは、覚悟しろよおおおおおおお!! ――っといけないけいない、今の私はえっちでウブな新婚ホヤホヤの愛妻だった)


 そう、夫から愛され得る為に羞恥に耐えながらがんばってアプローチするという、男の理想のお嫁さん。

 七海への愛と殺意が膨れ上がった結果、紫苑は一時的にでも自身すら騙す完璧な演技力と誘惑オーラを手に入れた。

 そんな彼女を見入ってしまい彼は動けない、動けないと性的に喰われて死んでしまうのに。 


「愛してる、ちゅっちゅっ、愛してます、チュッチュッ、んー、好き、好き、好き――――」


「しお、ん……っ!」


 耳元で囁かれながらのキスの雨に、脳髄まで痺れていく感覚。

 このまま流され、快楽の果てに天国に到達し殺されるのもいいかもしれない。

 二人の命を犠牲に、愛を表現しようとする紫苑。


(…………でもそれは、きっと俺が、うん、俺が受け止める事が前提で)


 だから、だから、だから、ならば。

 正面から受けて立とう、七海のできることは少ない。

 紫苑を傷つけず誘惑と死の運命を跳除ける、故に殺そう、彼女を傷つけるかもしれない己の煩悩を……殺す。


(システム、これまでに受信した全ての死の運命のビジョンを俺に見せ続けろッ!! 繰り返し繰り返しだッ! ――――俺は俺の煩悩を殺すッ、使命感で塗りつぶすッ!!)


『ッ!? 危険だぞご主人!! そんな事をすれば脳に負荷がかかりすぎるッ!! 最悪、廃人になってしまうぞご主人!?』


(いいからやれぇッ!! 紫苑に対抗する為には俺も命をかけるッ、ああそうさ――リスクと引き替えにしても今だけはEDになってみせる!!)


『~~~~ッ、その覚悟受け取ったぞご主人ッ!! 今回は現実への対応を優先する為に映像と音だけだ、普段より余計に負荷がかかるッ、行くぞぉ!!』


 瞬間、七海の脳裏に数々の死の運命が流れ始めた。

 紫苑へ様々な形で不幸が訪れる、多種多様な理由と方法で死を選ぶ。

 怒りが、嘆きが、悲しみが、絶望の慟哭が数々の負の感情が重なって七海の心に突き刺さり――。


「………………あれ?」


「どうしたんだい紫苑?」


「えっと、いや…………あっれぇ??」


 ――“それ”に気づいた瞬間、紫苑の額に冷や汗が一筋流れた。

 七海と向かい抱きつく形で膝の上に居る為に、臀部への刺激がダイレクトに伝わる。

 否、伝わっていたのだ、つまり……、七海の七海は今、とても凪いでいて。


(そん、な…………また負けたっていうの? どうして、だーりんの、七海先輩の逞しさがどうして消えたの? 一瞬にして雰囲気が落ち着いて)


 まるで、全てを受け入れる救世主のような落ち着き。

 性欲という性欲が、全ての煩悩が消えて何かの強い覚悟すら感じ取れる。

 紫苑は怖々と彼の頬に右手で触れた、途端、気持ちが落ち着いていく。


(嗚呼…………私、負けたんだまた。色仕掛けでも勝てなくて、――――なら、どうやって先輩を永遠にできるの?)


 ぽろぽろと涙がこぼれる、七海から伝わる体温はまるで幼い頃に感じた両親に抱きしめられているそれ。

 心地よい敗北感、僅かな時間の勝負であったが全力を出して完敗した。

 殺意が穏やかに、けれど愛と共にいっそう力強く燃え上がっていく。

 ――――今は引くべきだ、もっともっと燃え上がらせて機を伺うしかない。


「ふふっ、せーんぱいっ。絶対に殺してあげますっ/全身全霊で愛してあげますっ」


「望むところだ、俺も全てをかけて紫苑を愛するよ」


「嬉しいっ! じゃーあ、もう一回待っててくださいよ。ちゃんと着替えて今度はちゃ~んとお夕飯作りますから楽しみにして待っててください!!」


「うん、期待してるよ!」


 それから二人はしばらくの間、穏やかな時間を過ごした。

 紫苑は将来の練習と言わんばかりに炒飯と卵スープを作り、七海はそれをとても美味しく食べた。

 食後にはコーヒーを彼の部屋でゆっくりと、おやつを持ってこようかという話をしていたその時であった。


「――――あ、れ?」


「せ、先輩!? 鼻血! 鼻血出てますって!? 今ティッシュを、それから顔を上にして……」


『ドクターストップだご主人、これ以上は本当に脳へダメージが入る。……今はゆっくり眠ってくれ、なに、数時間も寝ればすぐに回復する』


「ごめ、……たお、れる――――」


「ッ!? 先輩!?」


「だいじょ、うぶ……、ちょっと、頭をつかいすぎた、だけだから…………」


「うえええええええええええっ!? ちょっ、誰か、その前に息…………あれ? これもしかして寝てるだけ? え? 鼻血出して寝るってどゆこと??」


 七海はばたんきゅーと眠りについた、未来予知の乱発使用により脳に負荷がかかり過ぎた結果だ。

 彼にとっては予想の範疇の流れであったが、システムの存在を知らず、当然、システムとのやり取りをも知らない紫苑にとっては困惑しかない訳で。

 それでも、分かることがある。


「そんなになるまで耐えてくれたんですね先輩……私なんかの為にありがとう、こんな身勝手な私の愛に全力で向き合ってくれるなんて――――もっと燃え上がっちゃいますよぉ」


 紫苑は彼の鼻血の後始末をした後、ベッドに寝かせると。

 膝枕をし、愛おしそうに七海の髪を撫でながら目を覚ますのを待ったのであっった。



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