第34話 任せて、バッチリ映える写真を撮ってあげるから

「ねえ拓馬、私の水着姿はどう?」


「めちゃくちゃ良いと思うぞ」


「でしょ、私もそう思ってた」


 浴衣を買いに行ったあの日、女性用水着売り場でアリスの水着を選ぶという拷問レベルの辱めを受けた事はまだ記憶に新しい。

 そのかいあってアリスが今着ている黒いリボンビキニは本当によく似合っていた。てか、一時間近く周りからじろじろ見られるのを我慢しながら必死に選んだのだから似合ってないと困る。


「じゃあ早速海に入るか?」


「あっ、待って。海に入る前にこれを塗って欲しいな」


 そう言ってアリスが差し出してきたのは市販の日焼け止めだった。俺は自分が日焼けしても全く気にならないが、女子のアリスは嫌なのだろう。


「それでどこに塗ればいいんだ?」


「勿論全身に決まってるじゃん」


 アリスは意地の悪そうな笑みを浮かべながらそう口にした。どうやらやるしか無いようだ。日焼け止めを受け取った俺はとりあえずアリスの背中に塗り始める。

 そして背中がある程度終わったところで次は腕と足に日焼け止めを塗り始める俺だったが、アリスが時折色っぽい声を出すせいで全く集中出来ない。


「……なあ、わざと声出してる?」


「ごめんごめん、くすぐったくてつい」


「頼むからちょっとは我慢してくれ」


「出来る限り頑張るよ」


 結局アリスは全く自重してくれなかったため必死に理性を押し殺しながら塗るはめになった。


「ありがとう、じゃあ今度こそ海に入ろう」


 ハイテンションなアリスは海に入る前から色々と疲れていた俺の手を掴むと海へと向かい始める。そして砂浜を歩き続けて波打ち際まで到着した俺達は、ゆっくりと海の中へ入っていく。


「海の中はひんやりしてて気持ちいいね」


「だよな、やっぱり今日みたいなめちゃくちゃ暑い日には最高だ」


 今日の海水の温度はほどよく低く、まさしく海水浴日和といった感じだ。


「えいっ」


「うわ!?」


 そんな事を考えていると、突然アリスから海水を思いっきり顔にかけられてしまう。無防備だったため完全に不意打ちだった。


「やったな、お返しだ」

 

「冷たいよ」


 俺は反撃でアリスの上半身目掛けて盛大に海水をかけた。ただ純粋に海水をかけあっているだけだが、俺もアリスもまるで小さな子供のようにはしゃいでいる。

 それから海を泳いだり砂浜に絵を描いたりしている内に気付けばお昼の時間になっていた。


「せっかくだし、昼食は海の家で食べようぜ」


「オッケー、何食べようかな」


 俺とアリスは海の家に入りメニューを見始める。色々迷ったが海の家は焼きそばというイメージがあったので俺達はそれにした。それからしばらくして運ばれてきた焼きそばを俺達は食べ始める。


「いつも思うけど海の家で食べる料理ってやけに美味しく感じるよな」


「だよね、まあ実はカラクリがあるんだけど」


「えっ、そうなのか?」


「うん、海とかで遊んだ後って軽い脱水症状みたいな状態になってるからとにかく体が塩分を欲しがってるんだよね」


 なるほど、だから味の濃い焼きそばとかを食べると普段よりも美味しく感じるのか。意外な豆知識を知って少し賢くなったような気がした。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「楽しかったね、もうクタクタだよ」


「昨日に引き続きお互いちょっとはしゃぎ過ぎたかもな」


 朝から夕方になるまでずっと遊んでいた事もあって、俺もアリスも体力が限界を迎える寸前だった。レジャーシートをリュックにしまってバス停へ向かおうとしていると、アリスに呼び止められる。


「拓馬、ちょっと待って。帰る前に二人で海と夕焼けをバックにして写真を撮らない?」


「そうだな、せっかく神奈川の一色海水浴場まで来たんだし撮らないと勿体ないよな」


 アリスからの提案に快諾した俺は、夕焼けで赤く染まった砂浜を歩き回ってベストスポットを探す。歩いていると大学生くらいのカップルが、仲睦まじい様子で海と夕日を背景に二人で自撮りしている姿が目に入ってきた。


「やっぱりみんな考えることは一緒か」


「海と夕焼けの組み合わせって、めちゃくちゃ映えそうだもんね」


 確かにSNSなどに投稿すれば、仲間内でバズる事間違いなしだろう。まあそもそもぼっちの俺にはいいねをくれる友達なんていないが。

 俺がそんな自虐的な思考をしているうちにアリスは良さそうな場所を見つけたらしく足を止めて口を開く。


「この辺で撮ろうよ、この角度で撮ったら良い感じに写りそうだし」


「アリスの方が絶対上手そうだから撮影は任せるぞ」


「任せて、バッチリ映える写真を撮ってあげるから」


 アリスは角度を調整しながら自撮りし始める。それを何度か繰り返しているうちに満足する一枚が撮れたらしい。


「拓馬、見て見て。これめちゃくちゃ良い感じに撮れてない?」


「本当だ、海と夕焼けもしっかり入ってて俺達の顔もはっきり写ってるじゃん」


 アリスの撮った写真はかなりハイレベルだった。


「じゃあ早速LIMEの新しいアイコンにするね」


「えっ、それはちょっと……」


 LIMEのアイコンにされるとクラスメイト達やアリスの友達に見られてしまう恐れがある。


「別に良いじゃん、どうせ今までの写真とかも全部私のSNSに上げてるんだし」


「いやいや、それは完全に初耳なんだが!?」


「あれ、拓馬に言ってなかったっけ?」


 アリスは偶然忘れていたかのように装っているが、絶対わざとに違いない。今までという事はカップル限定パフェのような見られたくない写真も上げてるって事だよな。


「ちなみにSNSのアカウントは鍵垢で友達しか見えないようになってるからそこは安心して」


「安心できる要素が全くと言っていいほど無いんだけど……」


 アリスの友達は絶対多いに決まっているため、どう考えても晒し者になっている事はほぼ間違いない。


「ってわけでLIMEのアイコンに設定したから」


「……もう好きにしてくれ」


 俺は力無くそう答える事しか出来なかった。

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