第10話 むしろあれくらいで許してあげたんだから感謝して欲しいくらいかな

「拓馬、今日は付き合ってくれてありがとう」


「どういたしまして、アリスが満足してくれたなら良かったよ」


 ショッピングモールを後にした俺とアリスは夜道を歩いて帰っていた。ちなみに今日購入した家具や家電は自宅まで郵送してもらう事になっているため、荷物はほとんど無い。


「そう言えば引っ越してきてもうちょっとで一週間だよな、新生活にはだいぶ慣れてきたか?」


「久々の一人暮らしだから心配な事とかも多かったけど何とかなってるし、学校にもだいぶ馴染めてきてるから慣れてきたって言えると思うな」


 アリスの発言を聞いた瞬間、俺は違和感を覚えた。今の言葉に何かおかしな部分があったような気がするのだが、その正体が何なのかまでは分からない。


「拓馬、急に黙り込んでどうしたの?」


「……ごめん、ちょっとボーっとしてた」


 心配そうな表情でこちらをジーッと見つめるアリスに対して俺はそう答えた。違和感の正体は気になるが、すぐに分からないのは多分些細な事だからに違いない。


「今週は色々あったから疲れてるのかもね」


「そうかもな、明日から土日だしゆっくり休むわ」


 それからしばらく雑談をしながら家へと帰る俺達だったが運悪くトラブルに巻き込まれてしまう。


「なあ、これから俺達と遊ばない?」


「絶対楽しませる自信あるし、もう行くしかないっしょ」


 なんと繁華街を歩いている最中、ガラの悪そうな金髪と茶髪の二人組から突然アリスがナンパされ始めたのだ。二人組は酒に酔っているらしく異様にテンションが高かった。


「ごめんなさい、私達急いでるので」


「そんな事言わずにさ、俺達と一緒に行こうぜ」


「そうそう、君の知らない大人の世界を色々教えてあげるからさ」


 断るアリスに対して二人組は一歩も引き下がろうとしない。それどころか無理矢理アリスの腕を掴もうとしてくる。


「あの、俺の友達にちょっかいかけないでもらえます?」


「痛てぇ!?」


 俺は手を伸ばしてきた金髪の手首を掴んで思いっきり握りしめた。ハイスペックぼっちを自称するためにスポーツテストで毎年A判定を取っている俺は握力も余裕で平均以上あるため痛いに違いない。その様子を見ていた茶髪が逆上して殴りかかってくる。


「おい、テメェふざけんなよ」


「っと」


 俺は握りしめていた金髪の手首を離して茶髪のパンチを避けた。すると自由になった金髪が鬼の様な形相を浮かべてポケットから何かを取り出す。


「あんまり調子に乗るな」


 なんと金髪の手にはナイフが握られていた。不味い状況になってしまったが何があってもアリスだけは守らなければならない。


「死ねクソガキ」


「っ!?」


 命の危機に直面して足がすくんでしまった俺は反応が遅れてしまう。振り下ろされたナイフを何とか回避しようとする俺だったが間に合わず、右腕をほんの少し切られてしまった。

 じんじんとした鋭い痛みとともに地面に赤い血がポタポタと落下し始めており、はっきり言って今の状況は最悪だ。マジで殺されるかもしれない。

 本気でそう思い始める俺だったが、何やら二人組の様子がおかしい事に気付く。金髪も茶髪も怯えたような顔をして固まっていたのだ。


「……ねえ、なんで拓馬を傷付けたの?」


 そう言葉を口にするアリスは今まで視線だけで人を殺せそうな表情を浮かべている。その体からは凄まじく恐ろしいオーラが出ており、学校の中庭で感じたものとは比にならないくらい強大なプレッシャーを感じた。

 二人組はあまりの恐怖に体が動かないようで、その場に尻もちをついてガタガタ震える事しか出来ていない。アリスはそんな金髪と茶髪にゆっくりと近づいていく。


「ひっ!?」


「く、来るな!?」


 二人組は半泣きになりながらそう声をあげていたが、アリスの歩みは止まらない。そして金髪の前までいくとアリスは何の躊躇いもなく股間を思いっきり踏みつける。

 金髪は声にならない絶叫をあげて口から泡を吹きながら気絶した。そのままの勢いでアリスは青ざめていた茶髪の股間も踏み潰す。どうやら痛みに耐えられなかったようで茶髪も失神してしまった。

 それからすぐに誰かの通報で駆けつけたらしい警察官達に二人組は連行されていく。俺達は近くの病院で切り傷の手当てを受けた後、警察官からの事情聴取を受ける。

 ちなみに金髪と茶髪はかなり悪質なレイプ魔だったらしい。まあ、アリスに睾丸を潰されたせいで二度とまともな性行為を出来ない可能性があるようだが。


「……なあ、あそこまでする必要あったか?」


 別に可哀想とは微塵も思わないが、完全に戦意を喪失していた二人組に対して容赦無い攻撃を加える必要があったのかは疑問だ。


「拓馬を傷付けたんだから当然の報いだよ。むしろあれくらいで許してあげたんだから感謝して欲しいくらいかな」


 アリスが平然とした顔でそう口にしたのを聞いて、全身に悪寒が走った。自分達に害をなすような人間が現れれば今回と同じ事を平気でするに違いない。

 どうやらアリスは俺が思っていた以上に恐ろしい女だったようだ。絶対アリスを怒らせないようにしよう、俺はそう強く心に決めた。

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