第16話 もう既にキスも済ませたんだし、お互いに裸も見合った仲だから別にそのくらい些細な事でしょ

「じゃあ私は一旦荷物を置いて色々準備してから拓馬の部屋に行くね」


「オッケー。夕食を作るにはまだちょっとだけ時間も早いし、ゆっくりで大丈夫だぞ」


「うん、また後で」


 二人でエレベーターに乗り六階で降りた俺達はそんなやり取りをした後、別れてそれぞれ自分達の自宅の中へと入る。

 そのまま俺はキッチンに直行し、手に持っていたビニール袋からスーパーで買った食材を取り出して冷蔵庫に入れていく。

 それから自室に戻ってリュックサックを床に置き、着ていたブレザーをクローゼットのハンガーにかける。


「アリスを待ってる間に米だけでも炊いとくか」

 

 家庭科の調理実習くらいでしか料理経験の無い俺だが、そのくらいは問題なく出来るはずだ。キッチンに移動した俺は早速米を研いで炊飯器の釜に移し、目盛に合わせて水を入れる。

 そして炊飯器のスタートボタンを押せばひとまず準備完了だ。炊飯開始の音がなったと同時に玄関の方から鍵を開けるような音が聞こえてきた。多分準備を終えたアリスがやってきたのだろう。


「お邪魔します」


「おい、ちょっと待て。その手に持ってるやけに大きい荷物は何だ?」


 玄関までアリスを迎えにいった俺だが彼女の持っていた大きな鞄を見て思わずそう突っ込んだ。夕食を作りにきただけなら絶対そんな大荷物は必要ない気がするのだが。


「今日は拓馬の部屋に泊まるつもりだから、そのための用意が色々と入ってるんだよ」


「えっ、泊まる気なのか!?」


 アリスの突然の発言に驚いた俺は思わずそう声をあげてしまった。するとアリスはすっとぼけたような表情を浮かべて口を開く。


「あれ、帰り道の時に言わなかったっけ?」


「いやいや。そんな一言も聞いてないし、完全に今が初耳なんだけど」


「じゃあ今言ったって事で」


 本当に言い忘れていたのかそれとも俺の反応を楽しむためにわざと言い忘れたふりをしているのかは分からない。だが流石にお泊まりは不味いのではないだろうか。


「ちなみに聞くけど本気?」


「勿論だよ、そのためにしっかり準備までしてきたんだから」


 アリスは手に持っていた鞄をアピールしながらそう話した。こうなったアリスを説得するのは至難の業だが、何もしないのもどうかと思ったので一応抵抗を試みる。


「でも俺達一応異性なんだし、二人きりで泊まるのはあんまり良くないんじゃないか?」


「もう既にキスも済ませたんだし、お互いに裸も見合った仲だから別にそのくらい些細な事でしょ」


 そう言ってアリスは全く取り合ってくれなかった。やはり考え直してはくれないようだ。これ以上何を言っても無駄な事を悟った俺は本来の目的である夕食についての話を切り出す。


「……とりあえず米はもう俺が炊飯器で炊いて準備してあるから」


「オッケー、後の事は私に任せて拓馬は部屋でゆっくりしててよ」


 アリスは鞄の中から取り出した黒いエプロンに着替えながらそう話しかけてきた。


「何も手伝わなくても大丈夫か?」


「うん、カレーライスを作るのはそんなに大変じゃないし」


「ならお言葉に甘えさせて貰うよ」


 手伝わなくても全く問題なさそうと判断した俺はアリスに料理を任せて自室へと戻る。机に向かって明日の授業の予習をやり始めてから一時間ほどが経過した頃、エプロン姿のアリスが部屋にやってきた。


「お待たせ、ごはんできたよ」


「うわ、いい匂いがしてきてる」


 アリスが扉を開けた事によって美味しそうな匂いが俺の部屋の中にまで漂ってきたため、思いっきり食欲をそそられる。これは間違いなく期待できるに違いない。

 椅子から立ち上がってダイニングに向かうと、テーブルの上には二人分のカレーライスと付け合わせの野菜が準備されていた。


「さあさあ、食べてみて」


「いただきます」


 席に着いた俺はアリスに促されてカレーライスを一口パクりと食べる。


「めちゃくちゃ美味しい」


「でしょ、ちゃんと拓馬の好きそうな味付けにしたからね」


 なんとアリスの作ったカレーライスは恐ろしいくらい完璧に俺好みの味だったのだ。確かに事前にどんな味が好みかは少しだけ話をしてはいたが、口頭で伝えたあれだけの情報でここまで再現できるとは正直思ってすらいなかった。

 まるで以前から何度もこの味付けでカレーライスを作った事があるのではないかと思わされるほどだ。あまりにも美味しかったため食がどんどん進み、あっという間に食べ終わってしまった。


「あっ、ちゃんとおかわりする分もあるよ」


「準備いいな」


「拓馬なら絶対おかわりすると思ってたから、それを計算して多めに作ってたんだ」


 どうやらそこまで予測していたらしい。前々から思っていたが、アリスは俺の行動パターンを理解し過ぎではないだろうか。

 下手したら家族である母さん父さんよりも詳しいのでは無いかと思うレベルであり、ほんの少しだが恐怖を感じるほどだ。

 そんな事を思いつつ俺はお皿をアリスに手渡しておかわりをした。二杯目のカレーライスも一瞬で完食してしまった事は言うまでもない。

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