第7話 ああ、アリスが満足するまで付き合ってやるよ

 昼休みに恐ろしい体験をした俺だったが、その後は特に何事も無く過ごしていた。あれからアリスの様子もいつも通りだったため、実はあれが全部夢か幻だったのでは無いかと思い始めるほどだ。


「……そうだよ、命の危機を感じるなんてどう考えてもおかしいに決まってる。ここ最近色々あってめちゃくちゃ疲れてたから多分そのせいだな」


 きっと疲れが一気に溜まり過ぎてたせいで脳がバグか何かを引き起こしたに違いない。明日と明後日は待ちに待った土日のためゆっくりと休む事にしよう。

 そんな事を考えながら俺はリュックサックの中に教科書とノートをしまい始める。この後ある帰りのホームルームが終われば放課後になるため、もう教科書やノートは必要無い。


「なあ、今日の放課後皆んなでカラオケ行かない?」


「いいわね、私は賛成よ」


「えー、どうしよう」


 明日から休日という事でクラスメイト達のテンションも昨日や一昨日よりも明らかに高く、周りからは放課後の予定を話す声がちらほらと聞こえてきていた。

 ちなみにぼっちの俺は普段なら金曜日の放課後に誰かとどこかへ行く用事なんてまず無いが、今日はアリスから買い物に付き合って欲しいと言われていたため珍しく予定が埋まっている。それから少しして鳴神先生が教室にやって来た。


「皆んな席に着け、今から定期テストの成績表を配るぞ」


 ゴールデンウィーク明けにあった定期テストの結果が遂に返却されるという事で、ホームルームが始まって一旦静まり返っていた教室内が再びざわつき始める。

 答案用紙は既に全教科返却されているが順位は今から配られる成績表にしか書かれていないため、転校生でテストを受けていないアリス以外は皆んなドキドキしているのだろう。


「よっしゃ、前より順位上がった」


「うわ、予想してたよりだいぶ酷いんだけど……」


 出席番号順に鳴神先生から成績表を受け取り始める訳だが、喜ぶ者や落ち込む者、無反応な者などクラスメイト達のリアクションは様々だ。


「今回は四位か、目標の十位以内には入れてるし悪くないな」


 俺はというと前回に引き続き今回のテストでも順位が一桁だったため割と満足していた。これで俺が自称しているハイスペックぼっちの地位は守られたと言っても過言では無い。

 しばらくして全員に定期テストの成績表が行き渡った後、鳴神先生からの連絡事項を聞いてホームルームは終了となった。ようやく放課後となり少し気分が楽になったのも束の間、いきなり大きな問題が発生する。


「ねえ、アリスも私達と一緒にカラオケ行かない?」


「誘ってくれるのはめちゃくちゃ嬉しいけど今日の放課後は拓馬と一緒に買い物の予定だからパスかな」


 なんとアリスがクラスの陽キャグループのメンバー達からカラオケに誘われ始めたのだ。当然アリスは俺と買い物をする予定がある事を理由に断っていたわけだが、彼らは全く諦める気がないらしくそのまま誘い続ける。


「えー、せっかくだから私達と一緒に行こうよ。絶対楽しいからさ」


「そうそう、黒月との買い物はまた今度って事で」


 陽キャ特有のノリと勢いで迫ってくる彼らはアリスを度々グループに勧誘していた。だから今回も多分その一環で遊びに誘ってきているに違いない。


「悪いが今回は俺との買い物が先約だからアリスを誘うのはまた今度にしてくれ」


「皆んなごめんね、そう言う訳だから」


 アリスが全く乗り気じゃ無い事に気付いた俺はそう助け舟を出した。そこまでしてようやく誘うのを諦めた陽キャ達だったが、一部のメンバーから睨まれてしまう。

 アリスの勧誘を俺が邪魔した形になったせいでヘイトを買ってしまったが、別に痛くも痒くもないため特に問題は無かった。


「拓馬、さっきは助けてくれてありがとう」


「どういたしまして」


 教室を出た俺とアリスはそんな会話をしながら靴箱に向かって歩き始める。相変わらず腕を組んでいる俺達だったが、ここ数日間で感覚が麻痺してきたのか恥ずかしさはあまり無くなってきていた。


「助けてくれたお礼は後でちゃんとあげるから楽しみにしておいて」


「それなら期待しとくわ」


 別に何かしらの見返りが欲しくてアリスを助けたわけでは無いが、貰えるものは素直に全部貰うつもりだ。


「ところで今日の買い物って何を買う予定なんだ?」


「引っ越したばかりでまだ家具とか家電が部屋に全然無いからその辺を買う予定なんだよね」


「そっか、今はとりあえず生活できる必要最低限の物しか無いって言ってたもんな」


 それなら新生活用に買いたい物がたくさんあるに違いない。つまり俺はその荷物持ち要員として呼ばれたという事だろう。


「色々見て回るつもりだから結構時間がかかると思うけどよろしく」


「ああ、アリスが満足するまで付き合ってやるよ」


 疲れている俺だったが普通に買い物をするくらいの元気はまだ全然残っている。この時の俺はこれから行くショッピングモールでアリスの手によって数々のハプニングが引き起こされる事を全く想像していなかった。

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