第18話 夫婦になるんだから一緒に寝る事くらい普通だと思うけど?

 風呂場で大量に鼻血を吹き出して失神するというある意味貴重な経験をした俺だったが、その後はアリスが大人しかった事もあって平和だった。アリスも流石にやり過ぎてしまったと思ったのだろう。


「……もうこんな時間か」


「明日も学校だし、そろそろ寝る準備をしないとね」


 現在の時刻は二十三時前となっている。アリスと一緒に勉強をしたり、雑談をしたりして過ごしているうちに結構長い時間が経過していたようだ。


「来客用の布団を母さんの部屋に敷いてあるからアリスはそこで寝てくれ」


「うーん、やっぱり私は拓馬のベッドがいいかな」


 アリスは平然とした顔でそんな事を言いながら俺のベッドに寝転んだ。以前俺のベッドに入り込んできた時は服を脱ぎ捨てて下着姿になっていたため、一緒のベッドで寝るのは理性的な意味で非常に不味い。


「じゃあ俺が母さんの部屋で寝るから」


「えー、せっかくなら一緒に寝ようよ」


 起き上がったアリスは俺のパジャマの袖を引っ張って制止してきた。そんなアリスの仕草にキュンとさせられる俺だったがこれは譲れない。


「いやいや、それは色々と不味いだろ」


「夫婦になるんだから一緒に寝る事くらい普通だと思うけど?」


「何と言われても絶対に駄目だ」


 いつもの夫婦になるんだからというトンデモ理論を口にして一緒に寝る事を迫ってくるアリスだったが、流石にこの要求に対しては首を縦に振れなかった。

 俺はかなり自制が強い方だと思うが我慢の限界が来て取り返しがつかない事をしてしまう可能性もゼロでは無いのだ。


「残念だけど決定事項だから」


 そう言い終わるや否やアリスは俺の手を掴んで強引にベッドの中へと引きずり込もうとしてくる。だが女子であるアリスに力負けするほど俺は非力ではない。

 しばらく手を引っ張られ続ける俺だったが、このままでは埒が開かないと思ったらしいアリスは予想外の行動に出る。


「!?」


 なんと突然耳に息を吹きかけてきたのだ。驚いて一瞬力が抜けてしまった俺を当然アリスが見逃すはずがない。力が抜けたタイミングで手を引っ張られてバランスを崩し、そのままベッドの方へと倒れてしまった。


「もう今夜は絶対に離さないもんね」


 アリスから体を絡められ思いっきり抱きしめられてしまったためとても逃げられそうにない。


「……分かったよ、俺の負けだ。もう好きにしてくれ」


「うんうん、素直でよろしい。じゃあおやすみ」


 完全に投げやりな俺に対してアリスは満面の笑みを浮かべていた。その後俺がまともに眠れなかった事は言うまでも無い。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「……もう朝か」


 いつの間にか寝てしまっていた俺は隣で気持ちよさそうに眠っているアリスを起こさないようにしながら枕元に置いていたスマホを手に取る。

 カーテンの外がかなり明るくなっているため朝になっている事は間違いないが一体今は何時なのだろうか。そんな事を思いながらスマホの画面を見た俺は自分の目を疑った。


「えっ、もう八時前じゃん!?」


 普段の平日なら既に家を出ている時間だ。どうやら俺は完全に寝坊してしまったらしい。スマホのアラームを七時にセットしていたはずだが何故鳴っていないのか。手動で止めるまで永遠に鳴り続けるはずだが。


「拓馬おはよー、朝からそんなに大声で騒いでどうしたの?」


「寝坊したんだよ、早く準備しないと学校に遅刻するぞ」


「あっ、本当だ。ちょっと寝過ぎちゃったね」


 思いっきり慌てふためいている俺に対してアリスは何故か分からないがめちゃくちゃ呑気だった。それから俺達は大急ぎで準備をして学校へと向かい始める。

 八時三十五分の予鈴までに教室に入っていなければ遅刻扱いになってしまうため間に合うかどうかは微妙なラインだ。


「アラームセットしてたはずなのに……」


「あっ、ごめん。アラームがうるさかったから私が切っちゃった」


 俺のつぶやきに対してアリスは平然とそう答えた。なるほど、鳴っていたアラームを止めた犯人はアリスだったようだ。


「……とにかく急ごう」


「はーい」


 もはや文句を言う元気すら無かった俺は短くそう答える事が精一杯だった。結局八時三十三分に教室に滑り込む事が出来たため何とかギリギリ間に合ったわけだが、一時間目の授業終了後に新たな問題が発生する。


「ねえ、アリスちゃん。今日はどうして遅刻したの?」


「ああ、昨晩拓馬が中々寝させてくれなくて寝坊したんだよね」


 なんとアリスは質問してきたクラスメイトに対してそんな事を言い放ったのだ。するとすぐに興味深々な様子のクラスメイトがアリスに質問を投げかける。


「えっ、どういう事? 詳しく教えてよ」


「そのままの意味だよ、もう今夜は離さないって言われてベッドに引きずり込まれてさ」


「ひょっとして黒月君と二人きりでお泊まりしたの!?」


 そんな会話を大声でするせいで教室中にお泊まりの事が知れ渡ってしまった。そもそも今話した内容って俺にやられた事じゃなくて、全部アリスが俺にやった事だろ。

 そうツッコミをいれたかったがクラスメイト達が勝手に盛り上がり始めてしまったためそれどころでは無い。一部のクラスメイト、主に男子達からは憎しみのような視線を向けられており居心地は最悪だ。

 もしかしてアリスは俺を陥れるためにわざとやってるんじゃないだろうな。教室中から視線の集中砲火を浴びている俺はアリスを恨めしそうに睨め付ける事くらいしか出来なかった。

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