第28話 さっきの場面ではこれが正解だからよく覚えておいてね
二人で大阪観光を続けているうちに気付けば辺りが暗くなり始めていた。そろそろ帰る時間が近づいてきているため、楽しかった今回の旅行もいよいよ終わりが近い。
俺達は最後の目的地であり大阪で人気な観光地の一つであるハルカス60の展望台から眼下に広がる夜景を眺めている。
「やっぱり高いところから見る夜景は最高だね」
「昨日の観覧車の夜景も良かったけど、ここからの夜景はまた別の良さがあるよな」
ちなみにハルカス60は日本で二番目に高い超高層ビルであり、運が良ければ京都や神戸の方まで見る事ができるらしい。
「ねえ、拓馬。私に何か言う事があるんじゃないの?」
俺がスマホで夜景の写真を撮っているとアリスはニヤニヤしながらそんな事を言い始めた。昨日と全く同じ事を言ってくる辺り、どうしても俺にあの台詞を言わせたいようだ。
「……夜景よりアリスの方がずっと綺麗だ、他の誰のものにもしたくない」
「へー、そこまで言うなら証拠を見せてよ?」
そう言い終わるや否やアリスは自分の唇を一瞬指差し、何かを期待したような顔をして俺の顔を見た後目を閉じる。
どうやら俺に恥ずかしい台詞を言わせるだけでは飽き足らず、キスまで要求してきているらしい。どうするか迷う俺だったが、このまま放置すると後が怖いため素直に従う事にする。
ただし口にするのは恥ずかしかったため頬にキスをした。するとアリスは瞼を開けて物足りないと言いたげな顔になる。
「あーあ、せっかくのチャンスだったのに勿体無い事しちゃったね」
「別にいいんだよ、あれで」
そもそも普通に人が周りにいる状況で大胆にアリスの唇を奪うような勇気なんて俺には無い。
「じゃあ特別に今後の参考って事で私が拓馬に正しい対応のお手本を見せてあげるよ」
「……えっ?」
アリスは発言の意図が分からず戸惑う俺を力強く抱き寄せると、そのまま強引にキスをしてきた。周りから普通に見られているがそんなのお構い無しで俺の口内に舌まで突っ込んでくる。
完全にされるがままの俺だったが、満足してくれたのかようやく離してくれた。ほんの少しだけ名残惜しい気持ちになってしまったのは内緒だ。
「さっきの場面ではこれが正解だからよく覚えておいてね」
「……全く参考にならなかったけど一応覚えとくわ」
それから上機嫌になったアリスとしばらくハルカス60を堪能するのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「この二日間で色々遊べて楽しかったね」
「ああ、思い出がたくさん出来た」
ハルカス60を出た後、新大阪駅で帰りの新幹線に乗ってから既に二時間以上が経過している。今回の旅行は色々あったが純粋に楽しかったため良い気分転換になった。
去年の夏休みは基本的に部屋に引き篭もってゲームばかりしていたため、それと比べると今年は普通の高校生らしい夏休みを過ごせている気がする。
「ベッドに寝転んだら速攻で寝そうな気がするよ」
「今日も朝からあちこち歩き回ったもんな」
通空閣や大阪城、大阪天満宮、ハルカス60など有名な場所を中心にアリスと二人で色々と足を運んだ。観光するのは楽しかったが、それと同時にめちゃくちゃ疲れてしまった。
「もう夕食も済んでるし、家に帰ったらお風呂に入って寝よう」
「だな、それがいい」
疲れを取るために明日の昼過ぎくらいまで寝るつもりだ。夏休みはまだ始まったばかりのため少しくらいダラダラ過ごしても別にバチは当たらないだろう。
「あっ、そうだ。明後日なんだけど板橋区の花火大会に行かない?」
「明後日は特に何の予定も入ってないし大丈夫だぞ」
「拓馬の場合は明後日はじゃなくて
アリスはニヤニヤしながらそんな事を言ってきた。あんまりぼっちの俺を虐めないでくれ、ガチで泣いちゃうから。
「じゃあ決まりって事で、よろしく」
「分かったよ」
何もなかった俺のスケジュールに花火大会という予定が新たに追加された。まだ夏休みが始まったばかりだというのに予定が次々に入ってくるため去年とは凄まじい違いだ。
まるでリア充になったような気分だが、よくよく考えれば周りから見た俺はアリスという美少女を侍らせてるリア充にしか見えないに違いない。
「……左手薬指に指輪なんかしてればなおさらそう見えるか」
「拓馬、今何か言った?」
かなり小声でつぶやいたつもりだったが、隣のシートに座っていたアリスには若干聞こえてしまったらしい。
「ただの独り言だ、気にしないでくれ」
「えー、そんな事言われたらめちゃくちゃ気になっちゃうじゃん」
「マジで何でもないから……それよりもうすぐ東京駅に着くぞ」
食いついてくるアリスに対して俺はそう話を逸らした。さっきの独り言の内容はあまり追求されたくない。
「あっ、もうそんなところまで帰ってきてたんだ」
「だからそろそろ新幹線降りる準備をしといた方がいいかもな」
「うん、荷物もたくさんあるから新幹線の中に忘れ物だけはしないようにしないとね」
こうして色々あった俺達の一泊二日の大阪旅行は幕を閉じるのだった。
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