第6章 今年の学園祭は色々と忙しくなりそうだ

第37話 本当にプロポーズしちゃえばいいんだよ、そしたら嘘じゃなくなるから

「……アリスおはよう」


「おはよう、拓馬。朝からまるで死んだ魚見たいな目をしてるけど、どうしたの?」


 キッチンで朝食を作っていたアリスはそんな事を聞いてきた。絶対分かってて聞いてきてるだろと思いつつも俺は答える。


「そんなの今日から面倒な後期補習が始まるからに決まってるじゃん」


「あっ、やっぱり」


「それ以外他に考えられないだろ」

 

 楽しかった夏休みは実質昨日で終わりを迎え、今日からまた学校へ行かなければならない。薬指に着けているペアリングやら花火大会のプロポーズやらの件で本当に行くのが憂鬱だ。

 そんな話をしながら俺は朝食の準備を手伝い始める。アリスと同棲を始めてから半月以上が経過したわけだが、この生活にもだいぶ慣れてきていた。

 それからしばらくして準備が終わり、二人でダイニングテーブルに着いて朝食を食べ始める。


「そう言えば九月に入って少ししたら学園祭だよね」


「ああ、だからしばらくの間は学園祭の準備期間になってる」


 今日から始まる後期補習中に決めなければならない内容をクラス全体で話し合い、夏休み明けの一週間で本格的な準備を始めるというのが準備期間の流れだ。


「うちの高校の学園祭は二日間って聞いたけど、具体的にはどんな事をするの?」


「一年生が教室展示で二年生が演劇、三年生が模擬店をそれぞれ担当する事になってる」


「って事は私達は演劇をしなくちゃなんだね」


「そうそう、まあどうせ俺は裏方になるだろうけど」


 何の劇になるかは分からないが俺がキャスティングされる可能性は極めて低いに違いない。万が一選ばれたとしてせいぜい脇役だろう。


「せっかくの学園祭なんだし、二人でいっぱい楽しもう」


「ああ、そうだな」


 去年の学園祭は適当に教室展示のシフトに入り、それ以外の時間は図書館で読書や授業の予習などをするだけという青春も何もない思い出すだけで非常に悲しくなるものだった。

 だが今年はアリスがいるためそんな事にはならないだろう。むしろ色々と振り回されて忙しくなる未来が容易に想像できる。


「……もうこんな時間か、そろそろ家を出ないと」


「本当だ、ちょっとゆっくりし過ぎちゃったね」


 後期補習の初日から遅刻は絶対にしたくない。俺とアリスは大急ぎで朝食を済ませて学校に向かい始めるのだった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「マジで疲れた……」


「ずっと質問責めだったもんね」


「皆んな容赦無く色々と聞いてき過ぎだろ。正直今すぐ家に帰りたい気分だ」


 昼休みになった現在、俺は疲れ過ぎてぐったりしていた。予想していた通り陽キャグループのメンバー達が花火大会のプロポーズの件をあちこちでベラベラ話しまくってくれたせいで朝から本当に大変だったのだ。

 その上アリスが俺と同棲し始めた事を暴露したり薬指に着けたペアリングを見せびらかしたりしたもんだからちょっとした騒ぎにまで発展してしまった。


「俺がアリスにプロポーズしたって割とガチで信じる奴まで現れたし、これからどうする気だ?」


「全てを解決できる素晴らしい名案が一つあるんだけど聞きたい?」


「……なんかめちゃくちゃ嫌な予感しかしないけど、とりあえず教えてもらおうか」


「本当にプロポーズしちゃえばいいんだよ、そしたら嘘じゃなくなるから。私はいつでもウェルカムだし」


 うん、聞くんじゃなかった。それは流石に本末転倒ではないだろうか。


「とにかく今後はもう少し自重してくれ……まあ、もう既に色々と手遅れになってる気しかしないけど」


「分かった、一応前向きに検討してみるよ」


「頼むぞ」


 ニヤニヤした顔で政治家のような言い回しをするアリスに俺は正直不安しか感じなかったが、ひとまず信じる事にした。それから俺達は昼食を食べながら学園祭について話し始める。


「この後ある話し合いって何を決めるの?」


「とりあえず学園祭のクラスリーダー決めと演劇の題材を話し合う感じになると思う」


 ちなみにクラスリーダーは内申点に大きく加点されるため、それ狙いで立候補する人もそれなりに多い。だからクラスリーダーの争奪戦に発展する事もあるらしい。


「そっか、ちなみに拓馬はクラスリーダーに立候補しないの? 推薦狙ってるならありだと思うけど」


「クラスで全く人望の無いぼっちの俺に務まると思うか?」


「うん、どう考えても無理だろうね」


「分かってるならわざわざ聞いてくるなよ、めちゃくちゃ悲しくなるだろ」


 ニコニコしている事を考えると絶対わざと聞いてきたに違いない。アリスはそんなに俺を虐めて楽しいのだろうか。


「……そういうアリスはクラスリーダーへの立候補はどうするんだ? 絶対向いてると思うけど」


「私はパスかな、別に内申点とかには興味ないし。それに推薦入試なんかに頼らなくても大学受験は大丈夫だと思うから」


「まあ、アリスの場合はそれを言えるだけの成績だしな」


 夏休み前にあった期末テストではぶっちぎりで学年一位だったわけだし、入試本番で何か致命的なミスさえしなければどこでも入れそうな気がする。本当に羨ましい限りだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る