第2話 これが私の味だからよく覚えておいてね

 一時間目の授業が終わった休み時間、十六夜さんは大勢のクラスメイト達に取り囲まれて質問攻めにあっている。


「黒月君の未来の妻って本当?」


「二人はいつ知り合ったの?」


「ABCで言うならどこまで行った?」


 転校生が初日にクラスメイトから質問攻めにあう光景というのは割とありふれたものだと思うが、その質問内容はかなり特殊だった。

 まあ、朝のホームルームの時にクラスメイト達の前で前代未聞のあんなとんでもない自己紹介をしたのだから仕方がないとは思うが。


「私が拓馬の妻になる事はもう決まってるから、知り合ったのはだいぶ前かな。うーん、そこは恥ずかしいから秘密だけどかなり深い仲になってるとだけ」


 十六夜さんはというと質問に対して割と真面目に答えていた。はっきり言って色々とツッコミを入れたい気分だったが、当然そんな事は出来るはずがない。

 一部のクラスメイト達からの刺すような視線に居心地の悪さを感じ、いよいよ耐えられなくなった俺は逃げるようにして教室から出て行く。

 そしてとりあえずジュースでも飲んで一旦落ち着こうと思い自動販売機コーナーの前まで来た。一時間目が終わったばかりという事で人はほとんどいない。


「拓馬、未来の妻を残して教室から出て行っちゃうのはちょっと感心しないな」


「うわっ!?」


 自動販売機でジュースを買おうとしている最中、いきなり耳元でそう囁かれた俺は驚きのあまり手に持っていた財布を床に落としてしまう。

 財布を拾いながら恐る恐る振り向くとそこには十六夜さんが立っていた。一体いつの間に俺の後ろへと来ていたのだろうか。背後には全く気配を感じなかったが。

 そもそもさっきまでクラスメイト達から質問攻めにあっていたはずだが、一体どうやって教室を抜けてきたというのか。正直謎は深まるばかりだ。


「そんなに驚かなくてもいいじゃん、私と拓馬の仲だよ?」


「いやいや、俺達って今日が初対面のはずだろ」


 俺が思わずそうツッコミを入れると十六夜さんは悲しそうな、それでいてどこか少しだけ安心したようにも見える表情を浮かべる。


「そっか拓馬は私の事……」


 十六夜さんは俯いて何かをつぶやいていたようだが、声が小さ過ぎてよく聞き取れなかった。ひょっとしてまさか俺はとてつもない地雷を踏んでしまったのだろうか。

 そんな事を思っていると十六夜さんは予想もしていなかった行動に出る。なんと突然俺の腰に手を伸ばしてきたかと思いきや、そのまま強引に唇を重ねてきたのだ。


「!?」


 俺が十七年間大切にしてきたファーストキスは今この瞬間、呆気なく奪われてしまった。慌てて離れようとする俺だったが、十六夜さんは両手でガッチリと腰をホールドして離してくれそうにない。

 それどころか俺の口内に自分の舌を入れてディープキスしてくるなど、その行動はますますエスカレートしている。

 一方的に口内を陵辱される俺だったが、しばらくして満足したのか離れてくれた。十六夜さんは妖艶な表情を浮かべながらゆっくりと口を開く。


「……これが私の味だからよく覚えておいてね。忘れたら許さないぞ」


 十六夜さんは一方的にそう言い残すと放心状態の俺をその場に残して去っていった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 十六夜さんは休み時間が来るたびに質問攻めにあっていたわけだが、それは昼休みになっても落ち着く気配が無かった。

 未来の妻関係の質問はあらかた出尽くしたのか、今は他の質問をされている。ちなみに十六夜さんは日本とイギリスのハーフであり、英語がペラペラの帰国子女でもあるらしい。

 はっきり言って俺のような陰キャぼっちとは一生関わりが無さそうなタイプだ。だからなぜ俺なんかの未来の妻を自称しているのか全くもって理解できない。

 そんな事を思いつつ俺は朝コンビニで買ったパンをカバンから取り出しながらゆっくりと椅子から立ち上がる。教室でぼっち飯はかなり目立つためいつも外で食べているのだ。

 

「……ねえ、拓馬。私を置いてどこへ行こうとしてるのかな?」


 こっそりとバレないように教室から出ようとしていた俺だったがどうやら十六夜さんに見つかってしまったようだ。そのせいで教室中の視線を集めてしまう。


「さっき私を残して教室から出るのは感心しないって言ったばかりなのに、ひょっとしてもう忘れちゃったの?」


「い、いやちょうど今声をかけようと思ってたところだったんだよ」


 とりあえず俺はそう口した。あまりにも苦しい言い訳という事は自分でも分かっていたが、他に言葉が見つからなかったのだ。


「ふーん、それなら今回はそういう事にしておいてあげるよ」


「……ありがとう」


 絶対に納得なんかしてくれないと思っていたため、予想とは裏腹にあっさりと許されて拍子抜けしてしまった。もしかして何か裏でもあるのだろうか。


「そういうわけで私は拓馬と一緒にお昼を食べてくるから、みんなごめんね」


「……えっ?」


 そう言い終わると十六夜さんは大きなお弁当袋を片手に席から立ち上がる。そして扉の前で固まっていた俺の腕を取るとそのまま一緒に教室を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る