第14話 入るヒビ

 「……って、感じだったんですけど」


 その日の放課後。

 5人集まる心理部の部室で、私は今日会った出来事を話した。

 理心先輩がうでを組み、眉間にしわを寄せる。


「う~ん、それだけ突き放されちゃうと、なかなか難しいねえ」


 追いかけても追いかけても、追いつかない。近づくたびに離れていく。

 その距離は、だんだんと遠く広くなって。


「それに、インターホンの話も気になる」


 理心先輩の隣に座る颯先輩が、身を乗り出す。

 実は昨日聞いたことも、早乙女くんに話していいか許可を取って、4人に説明したんだ。


「なにか事情がある、と考えたほうが自然だ」

「まあその“事情”が、なにか分からないんだけどねーっ」


 身体の力を抜き、ばたーんと背もたれに倒れる理心先輩。

 でも本当、そのとおり。北橋くんに関してはあまりにも情報が少なすぎて、動こうにも動けない。


「その北橋くんの出身小学校って、どこなんですか?」


 ハイテーブルにパソコンを置き、立ちながらキーボードを叩いていた拓未先輩がたずねてきた。


「そういえば聞いてないです。どこなんでしょうか」


 私もそういうと、理心先輩は急に真剣な顔になった。


「……もし、東いずみなら……まだ、そういった不登校の児童問題を放置している、っていう可能性の一つになるね。思いたくないけど」


 私はまだ東いずみ小については、あの初めて心理部の部室に行った日に話を聞いたくらいだ。

 だから、くわしいことは分からないんだ。

 ……だけど聞くのはちょっと、怖い。


「まあとりあえず、具体的な話をまとめなきゃだね。もうすぐ文化部は部活終了時刻になるし、明日考えよう。今日は、これで解散」


 理心先輩が手をパンと叩き、活動終了の合図をする。


「……の前に」


 と思ったら、まだ何かあるみたいだ。


「千海ちゃん、水樹くんは大丈夫?」


 みんなが私のほうに注目する。


「……水樹、最近は怪我をしてこないみたいです。でもまだ、原因はわからないままなので……」


 そう。水樹はここ数日、怪我をして帰ってきていない。

 だからはい解決、とはいかないけど。


「水樹とは、ちゃんと話をしてみようと思います」


 私は、顔を上げて決心するように言った。


「なんかあったら、連絡してねっ!」


 花恋先輩がウインクして、理心先輩がうなずく。


「ありがとうございます」


 水樹を傷つけてしまうかもしれない。

 だけど、悩んでいるその間にも水樹の“身体”は傷つくかもしれないんだ。

 怖がってちゃ、だめだ。





 家に帰ると、もう水樹のスニーカーが玄関先に置いてあった。

先に帰ってきてるのかな?

とりあえずいるのかを確認しようと、二階の自分の部屋に荷物を置いて、隣の水樹の部屋まで行く。

ドアの前で立ち止まり、ノックする手を構えたとき。


がちゃり、と扉が開いた。

パチッと目が合う。

そこには、全身傷だらけで口の端が切れた水樹の姿があった。

……いままでよりもずっとひどい、怪我。

私がびっくりして立ち止まっていると、水樹は私を押しのけて部屋を出る。


「待って、水樹!」


私はうでを優しくつかんだ。


「水樹、大丈夫? 私―――」


心配だよ。そう続けようとする。


「離せよっ」


だけどあっさり手を離されたことに動揺して、言葉が引っ込んでしまった。



「よけいなことしてんじゃねえ! うぜえよ、お前」


―――――っ。

私は。息をのんだ。

水樹が私にするどい視線を向ける。

そして、それ以上何も言うことなく階段を下りて行った。


残された廊下で、私は棒立ちになる。

―――傷付けてしまった。

やっぱり、だめだった。


二人の間に、入ったヒビ。

水樹の顔は、分からなかった。


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