第11話 心を開いてくれないか

 放課後。心理部に向かっていると、人の少なくなった静かな廊下に聞きなれつつある声が聞こえた。

 この声は……吉野先生?担任の先生だし、間違ってるっていうことはないと思うんだけど。

 出どころはどこかと立ち止まってきょろきょろしていると、ドア近くのプレートに“第二面談室”と書かれた教室が目に入った。



「——それで、北橋くん。やっぱり授業には、これからも出ないのかな」


 北橋、くん?

 北橋くんって、北橋澄遥くんのことかな。

 私の隣の席で、この前初めて会ったクラスメイト。

 やっぱり来たのはあの一回だけでそれ以降は登校してないと思ってたけど、学校に来てるの、かな?

 それとも、電話?

 気になりつつも、私が変に踏み込む話じゃないよなあと思い去ろうとしたとき。


「……俺は、これからも授業には出ませんし、学校にも来ません。呼び出しも、これで最後にしていただけますか」


 え......

 私はびっくりしてその場に固まる。

 すると目の前の扉がガチャリと開いた。

 現れたのは、やっぱり予想通りの姿。


「ご、ごめんなさ——」


 盗み聞きしてしまったことをとっさに謝ろうとする。

 だけど北橋くんは私をちらりと見てから、風のようにするりと隣を過ぎていった。

 続けてドアから、焦った様子の吉野先生が部屋から出てくる。


「大川さん。どうしてここに?」 


 先生が近くにいた私に話しかけてきた。


「えっと、たまたま、通りかかって......」

「そう。心理部に全然顔を出せていなくてごめんなさいね」

「いえ」

「じゃあまた明日ね、大川さん」

「はい」


 北橋くんのことなんて聞けるはずもなく、私は返事をして先生と北橋くんの行った方向とは逆へ進む。

 私、聞いてどうするんだろう。

 私にできることなんてなにもないのに。

 それでも心の中ではさっきの言葉が引っ掛かっていた。


「あっ、大川!」


 歩きながら考え事をしていると、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 私のこと“大川”なんて呼ぶ人、いたっけ?

 足を止めて振り返ると、誰かがこっちに向かって走ってきていた。


「よかった、立ち止まってくれて!」


 肩で息をしながら私の前へ来たのは———。



「さ、早乙女くん!どうしたの?」


 なんと、クラスメイトの早乙女啓介くんだった。

 短い髪をかき上げる姿は、いつもの元気な様子とは少し違う。


「このへんで、澄遥見なかったか?」

「すばるって、北橋くん?」


 タイミングがいいのか悪いのか。ちょうどさっき会った。

 私の質問にうなずく早乙女くんへ素直にそう伝える。


「北橋くんのこと、探してるの?」

「ああ。もう、これが最後かもしれないんだ」

「最後って……あ」


 私はさっきの言葉を思い出す。

 でもなんで、早乙女くんが北橋くんのことを探しているんだろう。友達なのかな。

 まあ、いいか!


「私も探すの手伝うよ!」


 私は勢いよくそう言った。


「まじで!?さんきゅー大川!」

「うん!」


 私は東、早乙女くんは西を探すことに決めた。

 とりあえず何もわからないけど、分からないことを知るためにはまずそのスタートラインに立たないと。



 ———だけど。



「早乙女くん!見つかった?」

「いいや。その様子じゃ、大川も……」

「うん……ごめんね」


 20分ほどたったころ、さっきの第二面談室の前で再会した私たちはそう言い合た。


「謝らなくていいさ。おれが勝手に頼んだし。こっちこそ、まきこんでごめん」

「ううん!そんなことないよ」


 一緒に探すのは私が言い出したことだし、早乙女くんが謝ることじゃない。

 だけど、その理由は気になる。

 しばらく互いに話さない時間が数秒続いた後、早乙女くんが真剣な様子で私を見た。


「……風のうわさで聞いたんだけど、大川って、“心理部”ってのに入ってるんだろ?」

「え、うん」


 とつぜん“心理部”の名前が出てきて少し戸惑う。

 早乙女くんは一つ息を吸って口を開いた。


「—―澄遥の心を、開いてやってくれないか」

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