第3話 心理部と東いずみ小学校の秘密

 そして、ついにきた部活見学。体育館で一通り部活紹介が行われてから、実際に見学ができるみたいだ。

 私はさっそく、いろはちゃんと回ろう……と思ってたんだけど。

 部活紹介が終わって体育館を出るときだった。


『呼び出しでーすっ!』


 室内に、マイクを通した声が響き渡る。


『一年二組、大川千海!』

「え、わ、わたしっ!?」


 突然名前を呼ばれて、私はびっくりした。

 同姓同名……ではなさそう。“一年二組”って言ってたし。

 いろはちゃんと足を止め、呆然と立ち尽くす。


『ちょっと池野いけのさん!マイク返しなさいっ!』

『ちょっとくらいいいじゃない会長。すぐ終わるから。———えー、大川千海ちゃん。もしこの場にいたら、ただちに職員室前まで来るように!お話があります』


『もういいでしょっ』

『あーちょっとちょっと!とにかく絶対来てね!約束!』


 そこでプツリと音が切れる。

 微かに日だまり小出身の生徒から視線を感じるのは気のせいだと思いたい。


「ち、ちうみちゃん」

「あっはは〜。……どうしよいろはちゃん」

「千海ちゃん!大丈夫?今の放送……」

「あ、美沙ちゃん……!」


 慌てた様子で美沙ちゃんが駆け寄ってきてくれる。

 一瞬で騒ぎになってしまった。


「わ、わたし、行ってくるね!ごめん、二人ともっ!」

 騒ぎを収めるには、これしかない。

 私は躊躇う気持ちを追い払って、その場を駆け出した。




 あとでちゃんと謝っておかなきゃ。

 私は息切れしながら渡り廊下を抜けて校舎に入った。

 人ごみをかき分けながらなんとか進んでいくと、職員室のプレートが見えてくる。

 職員室に行くのなんてもちろん初めてだったけど、迷わなくて良かった。


「ごめんごめ~んっ」


 15分くらい経ってほとんど人がいなくなったところで、さっき私の名前を呼んでいた声が聞こえてきた。

 振り向くと、こっちへ走ってくる女子生徒が一人。


「なんか生徒会からお説教食らっちゃってさー。ごめんね、遅れて」

「あ、いえ……」


 初対面のはずなのにすごい話しかけてくるもんだから、戸惑ってしまう。というか先輩、だよね?

 手足がスラっと長く、意思の強そうなキリッとした目。両サイドに分けられた前髪はミディアムくらいの長さなのに、後ろはボブというふしぎな髪型をしている。


「私は、三年四組の池野理心いけのりこ!」


 なんて自己紹介して、その『池野さん』は私に向かってにこっと笑う。

 そして一つ間を置いたあと、とつぜんこんなことを言い出した。


「一年二組大川千海ちゃん。あなた、『心理部』に入部する気はない?」

 ……と。




「し、しんりぶ?にゅうぶ?」

 びっくりと混乱で頭の中がおかしくなってる。“しんりぶ”って何!?

 とりあえず、誰かこの状況をくわしく解説してほしい。あんまりにも話が急展開すぎるよ。


「あーまあ、困惑するよね。ごめんね……でも」


 さっきまで笑顔だった池野さんが急に真剣な表情になった。

 雰囲気に飲まれ、私はつばをごくりと飲み込む。


「『心理部』の活動に、大川千海ちゃん、あなたの力が必要なんだ」

「は、はい……?」


 なにがなんだかよくわからないけど、この話は本気なんだってことが池野さんから伝わってきた。……いやいや、おかしいよね?だからそもそも心理部とは??

“あなたの力が必要なんだ”って言われても……申し訳ないけどなんか怪しくて、こ、こわい。


「それで千海ちゃん、ちょっと話をしたいんだけど——」


 と、池野さんが何かを言いかけたとき。


「理心、おっそーい」


 とつぜん、背後から誰かの声が聞こえてきた。振り向くと、男子生徒がこちらへ歩いてきた。

 それに、なんだか見覚えのある顔。


「あ、例の大川千海ちゃんだね」


 目の前に現れたのは、整った顔立ちに背が高くスタイルがいい人。そしてこの、とんでもない王子さまオーラ……。


「……あっ!」


 数秒考えてようやく気付く。

 この人今朝の、名前知ってる系イケメン王子さまだよ……!


「ちょ、理心なにしたのー。千海ちゃん放心状態だけど」

「あんたうるさい。ねえ、事情は説明するから、とりあえず話だけでも聞いていってくれないかな?お願いっ!」


 池野さんは必死な様子で私に向かって手を合わせる。

 これだけお願いされてるのに、断るのは申し訳ない。だけど、この状況を理解しきれていないことも確かなわけで。

 私のこころは左右にゆらゆらと揺れている。

 少しうつむきながら考えていると、目の前に朝と同じ手が見えた。

 思いきって顔をあげてみる。


 すると、イケメン王子さまはまるで桜が風に吹かれるみたいにふんわりと笑った。

 それが、とても優しくて。

 きらきらとゆらぐように輝いていて。

 見てるこっちまで、優しい気持ちで自然と笑顔になってしまうほどだった。


 ふと池野さんのほうを見る。

 そしたら、こっちに向かってウインクした。


「これが、こいつの能力。優しい気持ちで人を自然に笑顔にできるんだ。……簡単に聞こえるかもしれないけど、人を笑顔にするのって、まずは自分が笑顔じゃなきゃだめなんだよね」


 ……自分が、笑顔じゃなきゃ、だめ。確かに、笑顔にしたいとかそういった気持ちも大切だけど、やっぱり一番なのは自分も笑顔でいること。

 笑顔じゃない、そういう気持ちとか表情って意外と簡単に相手に伝わってしまうものだから。


「心理部は、こんな風に誰かに笑顔になってほしくて活動をしているんだ」


 今度は、池野さんの笑顔だけど真剣さを感じる瞳が私を見つめる。

『誰かに笑顔になってほしい』……それって、とってもすてきなことなんじゃないかな。

 そう思ったら、『心理部』にちょっと興味がわいてきた。

 ついさっきまでの気持ちは、いつの間にか晴れていた。これも、イケメン王子さまの笑顔の力なのだろうか。


「あ、あの、私……お話、聞いていってもいいですか!?」


 決心をして出した声は、思ったよりはっきりと出ていた。

 なにか新しいことに打ち込んでみたいというのもうそじゃないけど、私は『誰かに笑顔になってほしい』ということになにか光るものを感じたんだ。私の、ココロの中で。

 すると、池野さんは待ってましたと言わんばかりに目をキラキラさせながらぐいっと私に顔を近づけてくる。


「ほんと!?ぜひぜひ!!もしよかったら、この学校と子どもたちの未来を守るために協力よろしくねっ!」

「……え?」


 この学校と、子どもたちの未来を守るため?

 それって、どういうこと?

 イマイチ理解できなくて、思わず首をかしげる。


「理心もしかして、まだ説明してない?」

「説明しようとしたところにあんたが割って入ってきたの!」

「え~、おれのせい?」


 池野さんは少ししてから、私のほうへ向き直った。


「くわしいことは、歩きながら説明するよ。とりあえず、他の部員を紹介しなきゃね」


 おいで、と池野さんが手招きしながら歩き始めたので、私はその右隣に並ぶ。私の左隣を、イケメン王子さまが歩いた。

 他の部員を紹介するってことは、部室に行くのかな。そんなことを考えていると、池野さんが話を始めた。


「まずは、自己紹介をしなきゃね。私は、三年四組池野理心。って、さっき言ったか。んで、こっちが……」

「三年三組の清原颯きよはらそうです。よろしくね~」


 う、そういえば考えてなかったけど、やっぱり二人って先輩だったんだ。私は、さっそく二人の名前を呼んでみる。


「池野先輩、清原先輩。……あの、未来を守るって、どういうことですか?」


 一番疑問に思っていたことを口にすると、池野先輩が決心するように一呼吸置いて話し始めた。


「それはね、この学校……いや、いつかは世界中の子どもたちに、あったかいココロをもってもらうことだよ」

「コ・コ・ロ……?」


 一つ一つ文字を紡いでいくように口にする。すると、清原先輩が少々真剣な面持ちなことに気づいた。

 なんだろうと思っていると、数秒経ってから口が開いた。


「……おれたち二人が通っていた東いずみ小……通称とういず小では、もともといじめが多かったんだ。それだけじゃなくて、児童の素行も問題のあるものがたくさんあった。おれたちがいたころに比べれば、だいぶ大人しくなったって聞いたけどね」


 東いずみ小といえば、人数が多くてここ東いずみ中に進学する人が多い学校。一つの道路を挟んだすぐ隣にあるし。私の学年にも、東いずみ小出身の生徒はたくさんいる。

 ……だけど、いじめがあるなんて話、一度も聞いたことがなかった。池野先輩が話に続く。


「他には、教師に暴力行為をされていたり、クラス全員で一人の子を標的にいじめる、なんてこともあって」


 清原先輩はなにかを思い出すように上を向き、池野先輩は、どこか怒っている様子だ。


「でも、とういず小はの校長は、全てを公にするなと学校中の生徒、保護者を口止めしたんだ」

「ほんと、今考えてもサイテーだよね」と池野先輩がつぶやく。


「とういず小の現状をここの校長に直談判しようとしたんだけど、掛け合ってもらえなくて。二年過ごしてて分かったけど、ここの校長は出張ばかりでほとんど学校にいないんだよね。私たちが入学したときに市外の学校から来たみたいだからとういす小のことも何も知らないと思う」



 私は話を聞きながら、なるほどと一人理解していた。

 さっき池野先輩が怒っていたのは、きっとその東いずみ小の校長先生にってことだよね。

 つまり心理部は、そんな子たちの力になるために活動してるってことで、いいのかな。


 考えていると、池野先輩と清原先輩の足が扉の前で止まった。

 ここが、心理部の部室?

 ……にしては、暗い。

 窓の外をちらりと見てみると、結構高い。これ、一番上の階なんじゃないかな。

 しかし、この辺全体にはなぜか光が入らず影がかかっており、心なしかほこりっぽい匂いもする。


「こんなところが部室かって、思った?」

「え、えっ!?」


 池野先輩がとつぜんのぞきこんでくるものだから、びっくりして声をあげてしまう。

 というか、その言葉が図星でちょっとどきっとしてしまった。


「これでも、おれたちがんばったほうなんだよね~」


 なんて軽い調子で言いながら、清原先輩が部室の鍵を開け、ドアを開いた。



「ようこそ、心理部へ!」



 池野先輩と清原先輩二人が、うれしそうに笑った。


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