第4話 城谷先輩と杉浦先輩
『心理部』。それは、悩みを抱える人たちのために、少しでも力になれるように活動している部。
そんな部活動が行われている部室は……。
「え、す、すごいっ!!」
私は目にした光景に、思わず声を上げてしまう。それもそのはず。部室全体の大きさは教室約二個分くらいの広さ。
それだけでも十分なのに、中はまるでテレビで見るモデルルームみたいにおしゃれ。
部屋のまんなかには大きなソファが二つ向かい合わせに並んでいて、それに挟まれるように高級そうな机がある。
ここ、ほんとに学校?
「どう?びっくりするだろ」
隣に並んだ清原先輩が私に微笑みかける。
いや、びっくりどころじゃないんですけど……。絶句レベルです。これは。
戸惑いながらも「そうですね!!」と返していると、先に部室へ入っていた池野先輩が奥のほうから叫んだ。
「ねえ颯。あの二人いなんだけど~」
「あー待ってごめん。今日集まるってこと言い忘れてたかも」
「ほんと!?まだ校内にいるかな~」
二人?二人って、誰だろう。
数秒考えたところで、ハッと私は気づく。
そういえば池野先輩、私に他の部員を紹介してくれるためにここに連れてきてくれたんだった。
でも、その他の部員さんたちがいないなら、私はただの邪魔者になるのではないか。と思う。
それなら、今私にできることって……。
「あのっ!」
「え、どうしたの?千海ちゃん」
思いきって声に出してみると、二人がこっちに注目する。
「それなら、私が他の部員さんたちに声をかけてきましょうか!?」
「そんな、千海ちゃんまだ入学して二日だよね?」
池野先輩が心配そうにするけど、私自身、一度口にしたことでやる気が出てきてしまっている。
「はい。だけど私、少しでもお役に立ちたいなって思って……。ま、まだまだ困惑してしてますけど」
昔から、誰かの力になることが好きだ。喜んでもらえると、やってよかったって思えるから。
もちろん、そんなことばかりじゃないこともあったけど。
「理心。いい機会だしさ、千海ちゃんに呼んできてもらおうよ」
清原先輩がそう言ってくれ、うれしくなる。
池野先輩は考えている様子だったけど、しばらくして顔をあげた。
「うん、分かった。じゃあ千海ちゃん、お願いしてもいい?」
「……はい!了解です!」
私は気分が高鳴って、思わず敬礼ポーズをする。
よし、そうなったらさっそく探しに行くぞ!
……と、意気込んでいた数分前が懐かしい。
心理部の部室を勢いよく飛び出した私は、さっそく部員探しをしていた。
手元にある、池野先輩が書いたメモをみながら。
そのメモには、他の部員のクラスと名前が走り書きでつづられている。
『二年七組
『二年八組
どうやら他の部員は二人で、しかもどちらも先輩の二年生。じゃあ二年生の教室を目指せばいいや。
でも、この部員のうちの一人……。『杉浦』?どこかで聞いたことのある苗字だな。まあ、でも特別珍しい苗字ってわけでもないし……。と歩きながら考えていたら。
なんと、気づけば知らない場所に来ていたのだ。
東いずみ中校舎広すぎ!と叫んでしまいたくなる。
つい一か月前まで通っていた日だまり小とは大違い。
おまけにこのとういず中、校舎のつくりが複雑すぎだ。今のところ、まったく別だと思われる渡り廊下を二つ渡っている。
一度心理部の部室に戻って先輩たちに聞こうと思ったけど、そもそもぐるぐる動き回りすぎて部室がどこにあるかすらわからない。
一年生の教室ならかろうじて分かるけど、どうせ行っても誰もいないだろう。だって今は、部活見学の時間なんだから。
せめて現在地が分かれば……。いや、分かってもだめか。意味ないや。
そしてその現在地、ほんとに人が誰もいない。
空き教室がたくさん並んでいて、物音すらない。
ちょっと不気味だなあなんて思いながらカーブを曲がると、ちょうど死角になっていた場所に男子生徒がいた。
「あ……」
私はその姿に小さく声をあげる。
壁に寄りかかりながら窓の外を眺め、少し長めの髪が風に吹かれていた。その様子がなんとも絵になる。
そうだ、あの人に聞いてみよう。一年生では……ないよね、たぶん。
一歩一歩慎重に近づいていく。
「あの……」
おずおずと話しかけてみれば、男子生徒がこちらを向いた。
「え……僕に用事?」
自分のことを軽く指差しながらそう言う。
よく見ると、きっちりと着用している学ランが新品じゃない。ということは先輩?
でも、なんだか優しそうな雰囲気で安心だ。
「あ、えっと、心理部の部室ってどこですか!?」
「心理部の部室?」
そこまで言ってハッと気づく。心理部の部室じゃなくて、二年生の教室を聞けばよかった……!と。
男子生徒が首をかしげる。
「君、一年生? 心理部のこと、何で知ってるの?」
「え?」
ど……どういうことだ?
その言葉に、私も思わず首をかしげてしまった。
男子生徒の口ぶりからして、まるで『心理部』の存在は知られていないような感じだ。
するととつぜん男子生徒は、なぜかなっとくしたような表情を浮かべた。
「もしかして、君が心理部に入ったという一年生?」
「えっ、あっ、はいっ!!」
勢いにのまれて、考える暇もなく答えてしまう。
「そっか。……じゃあ、いちおう自己紹介しておいたほうがいいのかな」
じ、自己紹介?何の話だろう。私、心理部の部室がどこにあるか聞いただけだよね。
考えているうちに男子生徒が小さく咳払いをすると、にこっと笑った。
「僕は二年七組の城谷拓未。一応心理部です。よろしくね」
心理部……。え、心理部!?
確かに、見たことのある名前。
あわててポケットに入れていたさっきのメモをひっぱりだして確認してみれば、二つある名前のうち、その一つには『二年七組 城谷拓未』と書かれていた。
じゃあこの人が、池野先輩と清原先輩が言っていた他の部員さん……!?
「よろしくお願いします。……それであの、心理部の部室ってどこですか?」
「じゃあ、一緒に行こうか。たぶん、部長か副部長に、僕たちを呼んでくるように言われたんでしょう?」
僕……たち?
あ、そうだっ!
私、二年生の教室に用事があって、他の部員を呼ぶようにって言われてたんだった。
それが今目の前にいる男子生徒、城谷拓未先輩で。
そして……。
「もう一人って、杉浦先輩という人、ですか?」
もう一度メモを見ながら確認するようにそう問う。
すると、城谷先輩がうんうんと首を縦に振った。
「そうだよ。せっかくだし、呼びに行こうか」
「……!はい!!」
私は、元気よく返事をした。
同じ階の、少し歩いた先には、ずらっと並ぶ二年生の教室。一クラス30人の教室が全部で11個もあるみたい。
というか、案外近くにあって驚きだ。11クラスもあれば絶対分かるのに、なぜ今まで迷いまくっていたんだろう……。
一組の教室から歩いていくと八組ってだいぶ遠いんだなと思っていると、その八組の教室の前まで着いた。
ドアが閉まっているから中がどんな様子かまでは分からないけれど、かすかに話し声が聞こえる。
城谷先輩が教室のドアを開けようとしたとき、同時に勢いよくドアが開いた。
「わあっ」
私はびっくりして声をあげる。
「あれっ、拓未くん?」
城谷先輩の名前を呼んだ目の前の人は、女子生徒だった。
「あ、花恋、ちょうどいいところに」
城谷先輩に『カレン』と呼ばれたその人は、下の方で左右にゆるく結ばれた髪にふんわりした雰囲気の先輩。
あれ、今、カレンって……。
「城谷先輩、もしかしてこの方が……」
私がそう言うと、城谷先輩がうなずいた。
「うん。とりあえず、いったん廊下に出ようか。花恋も、来て」
「なんだかよくわからないけど、了解!」
教室のドアを閉めてから三人で廊下の端まで移動する。
「あっ、もしかしてこの子……!」
とつぜん、カレン先輩がなにかに気がついたように驚いた。
城谷先輩がそうだよ、と笑う。
「新しい心理部の……」
「拓未くんの彼女っ!?」
「「え?」」
し、城谷先輩の彼女?
「あれっ、違う?こんなかわいい子が彼女さんなんて拓未くんやるぅ~!って冷やかすつもりだったんだけどな」
「花恋~?」
あはは〜と笑うカレン先輩に、城谷先輩がくちびるをとがらせる。
な、なんだこれ。ついていけない……。
「冗談だよ。新しい心理部の部員だよね。わたし、二年八組の杉浦花恋です!よろしくね!」
そうして杉浦先輩は私の手を取り、上下にぶんぶん振り回した。
心理部の部員って、みんなこんなテンションだ……と思う。
自己紹介にあった通り、この人が杉浦花恋先輩。心理部の部員の一人なんだ。
ということは……全員そろった?
「ところで拓未くん、この子の名前、聞いてる?」
「あ、そういえば……聞いてないかも」
もしかして、私、自己紹介してなかった!?
私はあわてて二人のほうへ向き直る。
「はじめまして。一年二組、大川千海です!こちらこそよろしくお願いします!」
数秒ほどぺこりと身体を四十五度に曲げてあいさつする。
「千海ちゃん、か〜!こーんなにかわいい子が心理部に入ってくれるなんて部員としてとってもうれしいよ~!」
肩をバシバシと叩かれ、あははと苦笑いする。
どんな人たちかと思ってたけど、想像していたより気さくで優しい。まあ、杉浦先輩のテンションの高さには驚きだけど……。
「では、さっそく心理部の部室に案内していただけますか?よろしくお願いします」
「もちろん!」
「じゃあ、行こうか」
「はい」
私は二人の言葉に返事をした。
「おー来た来た」
部室のドアを開けて三人で入ると、奥のほうから池野先輩が軽い調子で手をあげた。
その様子に、城谷先輩ががっくりする。
「ちょっと、僕たちに声をかけ忘れた挙句に後輩に呼ばせるなんてどんな神経してるんですか」
「まあまあ、そんなケンカ腰にならないの~」
「あなたのせいなんですけど……」
城谷先輩がそっぽを向くのも気にせず、杉浦先輩がポケットからスマホを取り出していじり始めた。
とつぜんのその行動に私は少しびっくりする。
校内は私物の電子機器の使用は禁止なのに……。
そうナゾに思っていると、杉浦先輩がスマホから顔をあげた。
「理心せんぱーい!テーブルの発注完了したって~!」
「あ~、了解了解~!」
て、テーブルの発注?発注ってことは注文?
「あれ、そういえば颯先輩はどこに行ったんですか?」
城谷先輩がそう言ってあたりを見まわしていた。
そういえば、どこにもいないなあ。
するとそのとき、さっき閉めたばかりのドアが再び開けられた。
城谷先輩と杉浦先輩と私、三人で後ろを振り向く。
そこには、清原先輩がいた。
「もらってきたよ、
「し、申請届?」
いったい何のだろう。
すると、池野先輩の顔がぱあっと明るくなる。
「千海ちゃん!あなたは五人目の部員!」
「え、は?」
「これで、正式に部活に昇格よ!」
私は、池野先輩の言っている意味が分からなかった。
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