第5話 心理部は非公認?

 背丈の高く小さい丸テーブルを五人で囲む。

 その上には、A4用紙が一枚。


 ……えーっと、これは。


「千海ちゃんに一つ、言い忘れてたことがあるんだ」

「……はい」


 ネタかと思うほど真剣な表情で池野先輩が私を見つめる。


「……実は、心理部は正式な部活じゃないんだ」

「……はい」


 さっき城谷先輩に初めて会ったとき、“一応”心理部員だって言っていた。それは、心理部が部活じゃなくてつまりは……同好会、みたいなものだから。

 学校から正式に認められたわけじゃないってこと。

 察しの悪い私でも、これくらいは分かる。


「……理心先輩、なんでそれを最初に説明しなかったんですか」


 城谷先輩が冷静にツッコむ。

 いや、たしかにそれはそうだけど。


「忘れてたっていうか……。勧誘に必死で、ねえ?」


 池野先輩が清原先輩にちらりと視線を送る。


「……まあ、おれも説明し忘れてたのが悪いけど。ごめん千海ちゃん」

「いえ。……でも、今までは、どうしてたんですか?ずっと、同好会のままだったんですか?」


 私は思いきって聞いてみる。

 ……そして、清原先輩から返ってきた話だと、こう。


 池野先輩と清原先輩が心理部を立ち上げたときは、部活動の規則がとてもゆるかったみたいで。

 顧問いらず、規定人数もなかった。

 だけど去年、城谷先輩と杉浦先輩が心理部に入った年に、規定が厳しくなって。

 顧問は絶対。部員は最低五人。『本校の生徒としての自覚を持ち、学校に貢献する清く正しい活動内容であること』と定められた。


 だから去年は正式じゃなかったから、公での活動はできなかったみたいで。


「……昨日の入学式でね、あなたを見たの。あたしの目に狂いはない。千海ちゃんは、唯一無二の素晴らしい力を秘めている」

「え……」


 私は驚いて言葉が出なかった。

 私に、唯一無二の力が秘められている……?

 そんなファンタジーの世界のような話が、ほんとにあるのかな。


「千海ちゃん。わたしもそう思うよ」


 杉浦先輩が優しく笑う。

 私はずっと、普通に過ごしてきた。今まで変わったところなんてなにもない。

 それは私が一番、良くわかってるはずだ。

 なのに今、池野先輩の話を信じようとしている自分がいた。


「大川さん。それはたぶん、花恋の力だ」


 城谷先輩がまるで私の心を読んだかのように答える。

 見透かされているような……。そんな気分。

 池野先輩が一通り部員を見渡してから、最後に私の瞳を捕らえた。


「花恋の能力は、こころを動かすこと。拓未の能力は心を視ること。そして、あたしの能力は人を引き寄せること。だからあなたは今、ここにいる。ちょっとした、気付かないくらいの魔法が千海ちゃんにはかかってるんだ」

「ま、ほう……」


 私は言葉を繰り返す。

 そんなことが、あっていいんだろうか。だって、現実的に考えたらありえないわけで。

 話通りなら、私にも、自分じゃ気付かないちょっとした魔法の力があるってこと。


「……あ、入学式で見たって……」


 ふとさっきの言葉を思い出す。

 池野先輩は、入学式にいたの?


「生徒会の手伝いって称してね。“魔法”を持った人を見つけるには、やっぱりいっぺんに探したほうが早いでしょ。そしたら、千海ちゃんから感じたんだ」

「適当っぽいのは許してね」

「ちょっとー」


 清原先輩にほっぺを膨らませる池野先輩。


「だけど拓未も花恋も、理心に誘われて心理部に入ったんだ。未来の子供たちのために協力してほしいって。だからきっと、間違いじゃないよ」


 清原先輩が私に優しく微笑む。


「心理部に入部すること、考えてみてくれないか。おれたちのことは気にせずに」





 今日はそこで解散となり、私は一人で校舎を出た。

 ホームルームなしの自由下校だったからか残っている人はまばらで、美沙ちゃんやいろはちゃんも帰ってしまったみたい。

 夕焼け空がどこまでも澄み渡っていてきれい。


「せんせーさよーならーっ!」

「はい、さようなら。気を付けて帰ってね」


 すぐ隣のとういず小の門から、先生に手を振る二年生ほどの女の子。

 ……あんなふうにみんなが笑えるような未来をつくりたい。池野先輩が言っていたのは、きっとこういうことだ。

 どこかで泣いている子がいるかもしれない。悩んでいる子がいるかもしれない。まだ見ぬ未来に不安を抱えている子がいるかもしれない。

 ———少しだとしても、力になりたい。


 だけど私の中の気持ちは揺らいでいた。

 出来ることなら協力したい。だけど私に先輩たちのような能力があるとは、どうしても思えなかったんだ。




 今日はお父さんもお母さんも夜まで仕事で、私は自分と水樹の分の夕食を作っていた。

 時刻は6時過ぎ。いつもなら水樹はもうサッカークラブの練習から帰ってきている時間なのに、なぜかまだ帰ってきていない。


 最近こういうことが多い。小学生だから夜遊びとかはしないと思うんだけど、心配だ。

 それに……。

 がちゃり、と玄関のドアが開く音がした。


「ただいま」


 水樹がスポーツバックを肩にかけてリビングに入ってきた。


「おかえり……って、水樹、大丈夫?」


 私は水樹に駆け寄る。

 服は土で汚れてボロボロ。ところどころ擦り切れているし、身体にもいくつかの擦り傷がある。


「えっ、なにこれ。どうしたの、転んだ?」


 そりゃサッカーやってるんだから転んで怪我をすることくらいあるだろうけど、明らかに多い。しかも最近ずっとこうだった。


「別に。お前には関係ねえだろ」


 水樹は私のことをひょいとよけて、二階へ上がっていく。

 私の身長を越したころから、あんな態度になってしまった。心配だけど……本人への詮索は良くない。


 子どもたちの未来のために———。


 キッチンに戻りながらふと、池野先輩の言葉が頭をよぎった。


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