第6話 もう一度心理部へ

次の日の放課後。部活の仮入部活動へと足を運ぶクラスメイトたちを横目に、私は四階へと続く階段を上っていた。


向かう先は、心理部だ。


もしかしたら、水樹のことについて相談に乗ってくれるかもしれない。

心理部入部を断ったようなものなのに、昨日の今日でこれって、虫が良すぎると思われるかもしれないけど……。


でも池野先輩たちの目は本物だった。なにか、力になってくれるかもしれない。

……水樹についてはまだ、なにか大きなことが起こったわけじゃない。だけど嫌な予感がする。私の思い過ごし、だといいけど。


四階の一番端。やっぱり、薄暗くじめじめしている。

期待と不安がせめぎあうのを感じながら、私はドアをノックした。

ガチャリと開き現れたのは、清原先輩。


「どうぞ。入って、千海ちゃん」

「……はい。お邪魔します」


清原先輩は私に優しい笑顔を向け、部室へ招き入れる。

少し心が軽くなったのは、たぶん気のせいじゃない。


「あ、千海ちゃんこんにちは。どうぞ」

「ありがとうございます」


ソファには杉浦先輩が座っていて、その隣をぽんぽんと叩いたので、お言葉に甘えてそこへ座る。清原先輩も、向かいのソファへ腰を下ろした。


「それで千海ちゃん。なにか相談?」

「え?」


まだ何も言っていないのに、心を読んだかのように清原先輩が聞いた。


「そんなに驚いた顔しなくても。拓未じゃなくたって、千海ちゃんの顔見ればそのくらい分かるよ」


微笑んだその姿に、私の心はだんだんと和らぐ。

あれだけどう思われるかが怖くて、緊張していたのに。

私は少しためらいながらも、口を開いた。



「……実は、私の弟のことで、相談があるんです」


二人は、私が話すのを見守ってくれている。

それが、暖かく身体に響いた。



「小6の弟——水樹は、地元のサッカークラブに小4のころから入っています。それで、今年の2月の終わりあたりからでしょうか。クラブの練習から帰ってくると、ボロボロになっていることが多くて。試合中に転んで怪我をした、という感じではないんです。意図的に、みたいな。そのころから帰りが遅くなっているし、なにかあるんじゃないかと……。だけど、本人に聞いても関係ないと突き放されてしまうばかりで。両親は共働きで夜間の仕事が多く、平日はほとんど会うことがなく、休日は水樹が一日中クラブや自主練のため言えずじまいです。水樹にとってはただのおせっかいなんだと分かってます。だけど、たった一人の弟だから。なにかあってからじゃ遅いんです……」



水樹に“関係ない”と言われ、誰にも言えなかった。水樹を知っている人に相談するのが、怖かった。身近な人だから、こそ。近くて。

だけど、心理部の先輩たちは水樹のことを知らない。先入観とかそういうの全部なしにして話を聞いてくれると思った。


だって先輩達には、“子どもたちの未来のために”活動しているって、昨日たった数時間一緒にいただけで伝わってきたから。



「———話は聞いたよ、千海ちゃん」


ガチャリと、部室のドアが開いた。

そこから姿をのぞかせたのは、池野先輩と城谷先輩。

池野先輩は私のほうへ近づいてくると、目の前でしゃがんだ。


「まずは、あたしたちのところへ勇気を出して相談に来てくれて、ありがとう」


そして、私の頭を軽くなでる。


「絶対、力になる。だから一緒に一歩ずつ、悩みを解決していこう」


「……はい」


私はその言葉にうなずいた。

続けて、こういった。



「私、心理部に入部します」



私に先輩たちみたいな力があるとかないとかそれがほんとかほんとじゃないとか、この際二の次だ。って、そんなこと言ったら池野先輩に失礼かもしれないけど。


誰かのために力になりたい———。その想いだけは、嘘じゃないから。

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