第7話 隣の席と顧問

「美沙ちゃーんっ!」

「おはよう、千海ちゃん」


私はいつものように、通学路を美沙ちゃんと歩く。

美沙ちゃんにも、弟のことは言えていない。小4から仲が良くてこんなに大きなかくしごとって今までしたことないし、罪悪感があるけど……。

変に心配もさせたくないし。

でも心理部のことは、正式にちゃんと部として成立して入部出来たら、言おうと思っている。

そういえば美沙ちゃんは陸上部に入ったみたいで、放課後はさっそく練習で忙しいみたいだ。


美沙ちゃんと別れて教室へ入る。入学してまだ2週間もたっていないのに、いろんなこと……まあ主に心理部のことがあって、気持ち的にはもう一か月くらい経ってるんだけどなあ。


「おいしょ」


まだ人がまばらの教室内で、私は自分の席で一息つく。

いろはちゃんもまだ来てないみたいだし、美沙ちゃんのクラスにでも行こうかと立ち上がると。


ぱらり。


隣の席の机の中から、一枚の小さな紙が落ちてきた。

私は特に何も考えずにそれを拾う。

だけどうっかり、その内容が目に入ってしまった。


『4/18 第3面談室』


と大きな文字で走り書きされている。

私は慌てて机の中に戻した。

うっ、見てしまった罪悪感……。どうにかして忘れようとしたとき、ふと思い出す。


……隣の席?


私は思わず一人で首を傾げてしまった。

だって、隣の席といえば。


「おっはよーっ!!!」


教室のドアを勢いよく開ける音と大きな声のあいさつで、私ははっと顔をあげる。

すると、一瞬だけ視線がぶつかった。びっくりして、後ろの椅子へしりもちをつく。


「もー有川ありかわ川ドアぶっ壊れるでしょ!」

「もっと静かに入ってきてよ!このバカ!」

「ごめんごめーん」


どうやら登校してきて数秒で女子からブーイングを食らったのは、この短期間でクラスのムードメーカーになった有川くん。


そして私と視線が合ったその人は、隣の席まで来て机に荷物を置いた。

目が隠れるほど長い前髪に、長身で細身の体形。



「……えっと、たしか、北橋くん、だっけ……?」


気が付けば、私はそう口にしていた。

あっ、言ってしまった。と思ったときには遅く、隣の席だと思われる“北橋くん”は私のほうをちらりと見たかと思えば、特に何も言うことなくまた視線を戻しカバンの中身を机の中へ移す。


『4/18 面談室』という紙の入っていた隣の席の、北橋くん。



私は彼の姿を、初めて見た。




北橋澄遥きたばしすばるくん。


入学式から今まで学校には来てなくて、今日、初めて会った。

正確にはたぶん入学式で会ってるんだろうけど。


でも、びっくりした。まさか今日が初めて会う日だと思ってなかったから。

学校に来てなかった理由はさておき、あと2ヶ月くらいは隣の席として過ごすのだから、仲良くしたいと思うけど。しかも私の隣の席は、北橋くんしかいないわけだし。


私は美沙ちゃんのクラスに行く予定も忘れて、そんなことを考える。

あともうひとつ、北橋くんの机の中に入っていた紙のこと。私が気にすることじゃないのは分かってるけど忘れようとすればするほど忘れられない。しかも“4/18”って今日の日付だ。第3面談室……はどこにあるか分からないや。


教室がだんだんと騒がしくなってきた頃にいろはちゃんも登校してきて、私はいつのまにかあの紙のことについて忘れてしまっていた。




放課後、私は途中で会った清原先輩と一緒に向かっていた。


「誰あの子?清原先輩と一緒にいるなんて」

「てか地味だね~。清原先輩はあんなのがいいわけ」


なんていうのがちらほらと目に入るし、視線を感じる。

というか、清原先輩ってやっぱり女子人気高いんだなあ。

清原先輩は気づいていないのか、それとも気付いていないふりをしているのか、私と普通に会話をしていた。


部室について入ると、清原先輩は小さくため息をついた。


「ごめんね千海ちゃん。嫌な思いしてたら。ああいうのもなんとかしなきゃいけないけど、とりあえずまずは千海ちゃんの弟さんのことを解決してからだ」

「はい。ありがとうございます」


先輩気が付いてたんだ。そうだよね。でも、そういうのにいちいち引っ掛かっていたらもっと大きな問題を起こしかねないし。


「やっほー!来たよ~!」


すぐに杉浦先輩、そのあとに城谷先輩もやってきた。


「今日は全員絶対部室集合って聞いたんだけど、何の話でしょうか?」


杉浦先輩がそう言うと、清原先輩は首をかしげる。


「理心が言い出したんだけど、おれも何の話かは聞いてないんだ。まあ、あいつのことだしまた強引で突拍子もないことだと思うけど……」



「みんなーっ!」


そのとき、バーンっと今朝の有川くんを思いだすくらい大きな音を立てて、池野先輩がドアを開け放った。


「理心先輩、その無駄な豪快さどうにかならないんですか……って」


城谷先輩が言いかけたとき、私たちは池野先輩の後ろにある人影に気が付いた。

ロングスカートに細身のシルエット。



「吉野先生?」


私は思わず呟く。

池野先輩の背後から現れたのは、間違いなく一年二組の担任である吉野先生だった。

年は20代くらいで優しそうな国語担当の先生。

なんで先輩と一緒なんだろう?



香那かなさんが心理部の顧問になってくれるって!」


と、ふふんと鼻を鳴らした。


「香那さんって……吉野先生と知り合いなんですか」


城谷先輩の質問に、池野先輩は頷く。



「知り合いっていうか、親戚!顧問どうしよ~って悩んでたら、香那さんが話を聞いてくれて、ぜひって言ってくれたのよ!」


とキラキラ目を輝かせる先輩の姿を見て、多分部員全員が思ったと思う。

それはきっと先輩の“人を引き付ける能力”のお陰だ…と。

でも引き受けることにしたのは吉野先生の意思だと思う。



「顧問だったオカルト研究部が今年廃部になって、どうしようかと思ってたところなの。だから理心ちゃんの話を聞いたとき私でよかったらって」


と先生は穏やかに微笑んだ。

清原先輩の言っていた“強引”ではないけど……。


「ということでいろいろ先生と話して、みんながよかったら心理部の正式な顧問になってもらうつもりなんだ。……どうかな?」


今度は真剣な目で、池野先輩が問う。

短いようで長い沈黙を破ったのは、清原先輩だった。


「……おれはいいと思う。理心の知り合いなら、何かあったときもすぐに相談できたりするし」


「わたしも!いいと思うよ!」

「顧問問題は早めに解決しなければなりませんでしたし。僕も賛成です」


続けて杉浦先輩と城谷先輩も賛成する。



「千海ちゃんは、どう?」


見渡してから最後に、私を見た。

私には分かる。たった一つの意見も無駄にしない。それが池野先輩で、心理部だ。



「っ、私も!賛成です!」


思わず手を上げてその瞳を真っ直ぐ見つめた。

数秒時が流れる。

そして部室中に、オレンジの夕日が差し込んだ。


「香那さん」

「はい、理心ちゃん」


「心理部の顧問、よろしくお願いします!」



池野先輩が頭を下げ、それに続くように私たちも頭を下げる。



「は~い。任されました」



顔を上げ、見合わせた。


「ありがとうございます!!千海ちゃん、入部届け持ってる?」

「っはいっ!」



私は急いでカバンの中から紙を取り出す。学年クラス番号名前と、入部したい部活。全て書いてある。


「拓未、申請届けは?」

「あります」


私から入部届け、城谷先輩から数枚の紙の束を受け取った。





———そして、次の日。



池野先輩が順番に私たちを見て、うなずいた。



「生活指導部、生徒会に書類を受理してもらえたわ!これで心理部も、正式に部活動としてできる。あたし、颯、拓未、花恋、千海ちゃん5人による、未来の子供たちのための活動を!」


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