第8話 イケメン小学生と密室
先日正式に心理部が部活動として認められ、公での活動をしていいことになった。
まだ本格始動とはいかないみたいだけど。
呼び方も名字じゃよそよそしいからって池野……理心先輩に名前で呼ぶように提案されてから、そうしている。
そういえば心理部って今まで同好会のようなものだったと聞いていたんだけど、なんであんなに室内がやたらと豪華なんだろう。
部費は部活じゃないと貰えないからあれは自費ってことになるけど……。
あと、結局あの日以来北橋くんは学校に来ていない。あのときだって学校には来たけど、その後なぜかすぐに帰っちゃったし。
疑問ではあるけど、私が踏みいって介入しに行く話じゃないよね。
そして、結局水樹については何の手掛かりも得ていなくて、あの日から2週間ほどが経っていた。だけど水樹の大きな怪我は今も週一くらいのペースで続いていて、クラブが週6となるとかなりの頻度ではないんだけど……。でも、それでもおかしい。
私はドアの前に立って、そろそろ慣れてきたこの扉を三回ノックした。
「……あれ?」
確かに今ノックしたよね?しかし返事は何も返ってこない。
誰もいない……のかな?
「失礼しま~す……」
そっとドアを開ける。
隙間からちらっとのぞく限り、人がいる気配はなさそうだ。
「仕方ない。出直すかなあ~」
と、ドアを閉めようとしたとき。
「……あんた、誰?」
「うわあっ!」
近くで声がしたかと思えば、ぬっと隙間から現れる顔。
私は驚いて、思わず後ずさった。
怖いっ!
少ししか開いてなかったドアが全開になる。
そこにいたのは……。
「いや、あなたこそ誰ですかっ!?」
見知らぬ顔だった。
私よりも少し高い位置から切れ長の瞳でこちらを見つめるのは、妙に顔の整った男の子だった。
袖と襟が金色で縁どられた真っ白な学ランを着用している。とういず中の生徒ではないんだろうけど、そしたらなぜこんなところにいるんだろ?
というか、明らかに不法侵入じゃない?
無言で部室へ招き入れられたので、私はそれに従う。
テーブルをはさんで、本革かってくらいツルツルに輝いたソファに腰を下ろした。
うわっ、すっごいふかふか。このまま沈みそう……じゃなくて。
「……え、えっと、私は大川千海。あなたは?」
「
「杉浦……花恋先輩の兄弟とか?」
「そ。オレはあいつの弟ってところだね」
花恋先輩の弟さんなら、いてもおかしくは、ない?か?
長い足を組んだ姿は、端正な顔立ちとソファ、おまけに大人っぽい雰囲気も相まってなんだかホストみたいだ。
「弟……ってことは、中一だよね?じゃあ、私と同い年か!」
「いや、6年だけど」
「……中学?」
「なわけないだろ。小学6年だ」
「えっ、小6ぅっ!?」
「ちょっ、声がでかいっ!」
蓮くんは私の口を手で覆った。
とたんに、外から足音が聞こえてくる。
「こっち」
「わっ」
私の手を取って、やたらと大きなタンスの中へ引っ張った。
すぐにバタンと扉が閉められる。
「ね、ねえ、これは……」
「しっ」
遮られてしまったので、私は大人しく黙っていることにした。
狭い密室で肩が触れ合いそうな距離。暗くて何も見えないけど。そして蓮くんはなんかいい香りするし、ほんとに小6?
いろんな意味でこの状況に、私の心臓の鼓動が速くなる。
「ねー、やっぱりこの部屋からだよ。さっき声がしたもん」
「で、でもさ、うちら一年はヘタなことできないよ。先輩たちになんか言われるかもしれないし」
「た、確かに……」
ドアのすぐ近くから、会話が聞こえてきた。内容からして、私と同じ一年生だろう。心理部がどれくらいの人に知られてるか詳しくは知らないけど、一昨日入学したばかりなのに知ってるってことは、確率的には低いよね。
「気になるけど……やめとこ。あとでなんかあったら怖いよ」
「そだね、うん」
その言葉を最後に、だんだんと足音が遠ざかっていった。
「っ、ふう~」
息を止めていたみたいに大きな息をつく。
まだ心臓がどきどきしてる。
「行ったか」
「というか私は別に隠れなくてもよかったんじゃない?」
と言うけど完全フル無視されてしまった。
まあ、いいや。蓮くんは、ここにいるのがバレたらまずいんだよね。たぶん。だからとっさに隠れた。
「……あんたの、苗字って」
「……蓮くんって、いったい誰なの?」
「やっほー!……って、あれ?誰もいない?」
そのとき、ドアの開く音と同時に声が響き渡った。
これは明らかに、花恋先輩の声。
「あっ、でも待って。ベルガモットの香りがする!もしかして、蓮くんがいる?」
なんて鋭い!って、香水の香りでバレちゃってんじゃんか、蓮くん!
私はすぐ隣の蓮くんに視線を送ると、蓮くんは小さくも深いため息をついた。
「ここだーっ!!」
バーンっとすごい勢いでタンスのドアが開け放たれる。
目の前に現れたのは、やっぱり花恋先輩だった。
「えっ、ち、千海ちゃんっ!?」
「あ、ち、違います!決してそういうやましい感情があったわけじゃ……っ!」
と、驚いた表情の花恋先輩になんとか必死に弁解する。
だって、もしこのまま誤解が解けなかったら……っ!
『東いずみ中学校女子生徒が小学生男子を密室に連れ込む!』
という見出しに写真付きで新聞になっている様子が浮かぶ。
だっ、だめだよだめ!こんなのっ!学校側に迷惑がかかるよ〜っ!
「ちょっと蓮くん!またむやみに女の子に手を出したりなんかしてっ!悪い癖だよ!千海ちゃん、大丈夫?なんにもされてない?」
「……え?」
なぜか花恋先輩から向けられたのは、心配の目。
拍子抜けするような展開に、私は目を見開いた。
「別に、手なんかだしてないし。変な言いがかりつけんなよ」
蓮くんはぴょんっとタンスの中から飛び降りると、ソファにあったスポーツバッグを肩にかける。
「じゃあオレ、帰るから。そろそろ終わるころだし」
お、おわるころ?なにがだろうか。
「蓮くんまた練習サボったの?」
「練習って?」
「蓮くんね、サッカークラブに入ってるんだ。でもよくサボるし、今日も練習に行かないでここに逃げてきたんだと思う」
なるほど、と納得する。うちの弟もサッカークラブに入ってるけど、あんまりサボってる姿は見たことない気がする。って、そんなの分からないか。水樹のこと、私は結局全然知らないんだよね。それが悲しい。姉弟だからって、一緒に住んでるからってなんでも理解しあってるわけじゃないし、知らないことも多い。
「蓮くん、ちゃんとバレないように帰るんだよ!」
「分かってるから花恋。……あ」
「え、どうしたの?蓮くん」
ドアを開こうとしたその手が止まったので、私は声をかける。どうしたんだろ。忘れ物とか?
と思ったら、違うみたい。
蓮くんは私に視線を向ける。
「……あんたもしかして、水樹の姉?」
「えっ?」
予想外の言葉に、私は固まる。
「大川って苗字、どっかで聞いたことあると思ったんだ。花恋が“サッカークラブ”って言ったので思い出した。そういえばあいつに姉がいるってことも」
「千海ちゃんの、弟くんって……」
……もしかして。
「蓮くんの入ってるサッカークラブって、“夜原スノセア”?」
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