第9話ㅤ杉浦家と部室のワケㅤ

「そうだけど」


 間髪を入れずに蓮くんはそう言う。



「で、もう帰っていい?ゲーム機の充電しなきゃだし」

「ちょちょ、ちょっとまって蓮くん!」


 ドアへ向かう蓮くんの腕を私は慌てて掴んだ。

 これを逃したらもうずっと、水樹の真実にはたどり着けない気がする。


「まだなにかあんの?」

「もっと、水樹について聞かせてほしい!」


 私は勢いよく答えた。


「……なんで。姉弟なら、オレよりあんたのほうが水樹を知ってるでしょ」


 蓮くんは眉をひそめる。

 正しい反応だ。そうだと誰もが思うだろう。

 だけど……。

 私は上履きの先に視線を落とした。


「姉弟って言っても、意外と分からないことだらけなんだ。私はサッカークラブでの水樹の様子をまったく知らない。私が知らないこと、だけど知らなくちゃ始まらないなら、私は蓮くんに訊きたい!」


 目の前にある大きな瞳を、真っ直ぐ見つめる。

 気持ちが伝わるようにと。

 すると蓮くんは数秒してから、小さなため息をついた。



「一度決めたら曲げないところは、水樹に似てる。大した話はできないけど、それでもいいなら」


 と、蓮くんは承諾してくれた。

 振り向くと、花恋先輩がにこっと笑いかけてくれる。


「千海ちゃん」

「え、あ、はい!」

「蓮くんの話も訊きたいだろうし、よかったらうちに来ないかな?」




 他の部員には花恋先輩がメッセージを送ってくれて、私たちは部室を後にする。

 蓮くんなんて堂々と校内を歩いているもんだからびっくりしたけど、案の定生徒には不思議がられ先生には軽く捕まっていた。

 蓮くんはというと“演劇部の衣装”の一点張りで、先生も諦めたような様子だった。


 度胸があるなあとは思うけど、さすがにあの言い訳は無理があったのでは……と思ったり思わなかったり。


 学校の門を出ると、外には真っ黒なリムジンが止まっていた。

 うわー、こういう長い車って初めて見た。すっご。誰が乗るんだろ……。

 と、眺めながら通り過ぎようとしたら。


「千海ちゃーん!戻ってきて~!」

「あんたどこいくのさ」


 なぜか花恋先輩と蓮くんに連れ戻される。


「どこ行くのって、杉浦家、ですよね?」

「そりゃそうだけど」

「千海ちゃんー!今からわたしたちは、これに乗って家へ帰るんだよ~」


 と先輩が指差した先には。


「えっ、これに!?」


 明らかに高そうなっていうか高いんだろうけど、さっきの漆黒のリムジンが夕日できらりと光った。

 いやいや、この二人何者ですかっ!?

 すると中から執事っぽい大人の男性が降りてきて、ドアを開けてくれる。


「どうぞお嬢様、坊ちゃん」

「ありがとうひささん!」

「さんきゅ」


「ご学友の方もどうぞ」

「あ、ありがとうございますっ」


 お礼を言って、私も車に乗り込む。

 中はシックな内装で端から端まで長い黒革のソファが左右にあり、どきどきしながら私は先輩の隣に腰掛けた。

 リムジンの中ってこんな風なんだなあと一人勝手に眺める。


「安全運転で参ります」

「ありがとう!よろしくね!」

「よ、よろしくお願いしますっ!」


 あいさつをすると、リムジンは聞き取れないほど静かなエンジン音を立てて出発した。




 —————そして無事着いたお家はというと。

 いや、これは家じゃない。お城だ。


 地面に降りて目の前にしたのは、とんでもない豪邸だった。中世ヨーロッパのような雰囲気。


 私の背の三倍はあるであろう大きな門が自動で開き、“久さん”と呼ばれた方の案内で中へと入る。

 100m以上先にある玄関を目指し、歩き始めた。


 いや、困惑なんだけど!!!


 さっきと変わらない様子で進む目の前の二人を見ていると、どうやら本当にここが杉浦家らしい。

 敷地の端が見えないくらいの広すぎる庭。ど真ん中には高くあがる噴水に、迷路みたいな庭園。バラのアーチとか豪華すぎる花壇は数えきれないほどある。


 アニメや漫画のような世界に絶句していると、花恋先輩がこっちへやってきた。



「どうしたの?千海ちゃん。突然しゃべらなくなっちゃったけど」

「あ、えっと、先輩のお家がすごすぎてちょっと言葉が出てこないというか……あの迷路みたいなのとかすごいですね」

「あれのこと?そういえば昔蓮くんが迷ってあそこから出られなくなったことがあったな~」

「え、ええ......?」


 次元が違う話過ぎて反応に困るレベルだこれは。

 こんなところに住んでるなんて、ただ者じゃないというか、我々一般市民とは違うというか......。

 蓮くん、あなたほんとに一般庶民の水樹と同じサッカークラブなんだよね!?と疑いたくなってしまう。


 そんなことを考えていると、いつの間にか玄関前へと着いた。

 またまた自動で扉が開き、私たちは中へ入る。


 庭があの調子だと中もすごいんだろうなと思ったらやっぱり言うまでもなくすごかった!はは!


 出迎えてくれたのは、数人のメイドさんと思われる方々。ほんとに実在するんだって感じだ。

 玄関先には大きくて重そうな(褒め言葉)シャンデリアがあり、壁に掘られた装飾はとてもきれい。

 とりあえずなんかすごい、という言葉しか出てこない。


「応接間までご案内いたします」


 久さんの後ろを3人でついて行く。エレベーターに乗って何階か分からないけどとりあえず上の階へ上がり、そのまま近くの部屋へ通される。


 ガチャリと扉が閉められ、四人だけの空間となる。

 部屋には部室と同じようにテーブルがひとつとそれを挟むようにして2人がけくらいの大きさのソファが二つ。


 杉浦姉弟と私で向かい合わせに座った。


「あっ、わたし席外した方がいいかな?」

「えっと、その前にいいですか?」


 先輩が立ち上がろうとするのを止める。

 再びソファに腰かけたのを確認し、私は2人を交互に見てから口を開いた。


「杉浦家って、花恋先輩と蓮くんって一体何者なんですか......?」



 私の問いに、花恋先輩は首を傾げる。


「うーん、中学生、とかってこと?」

「そういう意味じゃないでしょどう考えても」

「え、そうなの?」


 蓮くんはため息をついて、私を見る。



「オレたちは、杉浦グループの一員。名前くらいは聞いたことあるだろ?杉浦財閥とか」



 "杉浦財閥”。その名前は確かに私でも聞いたことがある。

 ……ん?杉浦財閥!?!?

 つまりこの2人はっ!!



「えーと、花恋先輩はご令嬢、蓮くんは御曹司ということで、合っていらっしゃいますでしょうか、蓮様」

「どうしたの千海ちゃん!?」



 でも、それだと部室について話がつく。あんなに豪勢な室内なのは杉浦家が自費で調達してたからなんだ。

 私が杉浦先輩の名字を初めて見た時の違和感もきっとそう。


「で、この話は終わり。それで本題に入って欲しいんだけど」


 蓮くんが腕を組む。

 う、う〜ん、まだ正直杉浦家の正体があんまりにも衝撃的すぎて頭がこんがらがってるんだけど......。

 でも、色々問い詰めるのも良くない気がする。この時代に"身分差”なんて言うのもって感じだけど、こんなに分け隔てなく接してくれてるのに私が距離を作りに行こうとしちゃだめだ。


 姿勢を整え座り直す。心を落ち着けるように。



「―――蓮くん、水樹についての話、訊かせてほしい。お願いします」


 蓮くんは私の言葉に頷き、用意された紅茶に口をつけた。

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