第17話 チームメイト

 私、理心先輩、花恋先輩の三人で、西方向を探し始めた。

 こっちは私の家の方面だけど、水樹がどういう道で帰っているのかわからないから、どちらの道も水樹がいる確率的には同じだ。


 このままなにもないのが一番いいけど、なにもないってことは水樹の真実がわからないってことになる。

 結局どっちになったとしても、私は頑張らなきゃならない。



「あ、あの子っ!」


 しばらく走っていると、花恋先輩がとつぜん指をさした。

 立ち止まってその先を見ると、そこには小学生くらいの男の子がいた。

 路地裏の入り口のほうで、大きめのカバンを抱えながらしゃがんでいる。


 あのユニフォーム……もしかして。

 私は、男の子のもとへ駆け出した。

 そして、目の前で足を止める。


「千海ちゃんっ!」


 あとから二人が追いかけてきて、私の隣に並ぶ。

 花恋先輩はきっと、蓮くんと同じユニフォームを着ていたからこの子を指差したんだ。


「あのっ、こんにちは!」


 私はしゃがんで、あいさつする。

 すると、下を向いていた男の子はゆっくりと顔を上げた。

 長い前髪から、大きな瞳がのぞく。


「……なんですか」


 少し間を空けて、そう答えてくれた。

 よかった、拒否されなくて。

 私はほっとしながら、口を開く。


「あの、夜野スノセアの子だよね! えっと……変な質問していいでしょうか」


 切り出し方がわからなくてなんか変な感じになった気がするけど……ごめんなさいっ。


「……なに」


 一瞬だけ合った目は再び逸らされるけど、無視されていないだけありがたい。

 私はすっと息を吸って言った。


「……大川水樹のことって、知ってる?」


 そのとき、男の子の肩がぴくっと反応したように震えた。

 返事は返ってこない。

 だけど、この子は水樹のことを知っている。

 もしかしたら、チームメイトかもしれない。


「ごめんなさい。ありがとう、答えてくれて」


 そう言って、私は立ち上がった。

 ……無理に聞き出すのは、絶対よくないと思って。

 だけどそのとき、男の子はまっすぐこちらを見上げてきた。


 ……っ。


 私はびっくりする。

 なんと、男の子は目に涙を溜めていた。

 さっきは、泣いてなんかなかったのに。

 男の子はためらうように小さく口をぱくぱくさせてから、声を発した。


「……ずっと、怖かった。なにもかも、ずっと」


 そしてそう、つぶやいた。


「え……?」


 まさか、言葉が返ってくるなんて思わなかった。

 男の子は立ち上がり、涙をぬぐう。


「……水樹を、助けてくれませんか」


 今度は決心したような表情で私を見つめた。

 この子が、水樹とどういう関係であるかはわからない。

 だけど、私はこの子のことを信じたいと思った。


「千海ちゃん」


 二人が私の名前を呼ぶ。

 背中を、押してくれている。


「……わかった」


 私は返事をした。





 そして私たち三人が連れていかれたのは、男の子の近くにあった路地裏。

 こんなところ、あったんだ。知らなかった。

 日の沈みかけた空に加えてもちろん光なんてないここは、すごく暗い。


 ……そして、視界が開けた。


 ―――っ!


 私は目の前に現れた光景に、息をのむ。

 視線の先に広がるのは、河原だった。


 心臓がどきどきと鼓動を打つ。

 私は何かに動かされるように駆け出した。


「水樹っ!!」


 河原にいたのは、水樹と数人の小学生男子だった。

 そして、一人が水樹の胸倉を掴んでいたのだ。


「やめてっ!」


 男の子と水樹を引き離す。

 無我夢中だった。


「なんだよ、お前!」

「千海……」


 水樹が、小さくつぶやくのが聞こえる。

 私は、交互に二人を見た。

 水樹はユニフォーム姿。

 だけど、胸倉をつかんでいた男子はユニフォームを着ていなかったんだ。


 そのとき、遠くのほうから誰かが走って来るのが見えた。蓮くんだ。

 すると男の子はあっさりと引き、頭に手をやった。


「あーあ、なんか冷めたわ。もうお前に構うの飽きたし。行こうぜ」

「そうだな」


 男子数人は走って遠くの角を曲がって消えて行ってしまった。


 私は、力が抜けたようにぺたりと座り込む。

 そして、隣にいた傷だらけの水樹に抱き着いた。


「……大丈夫? 水樹」

「……ああ」


 少しして、水樹の小さな返事が聞こえた。

 ……大丈夫、じゃないよ、こんなの。

 痛くないように優しく抱きしめる。

 そのとき、身体の奥底からなにか熱いものが湧き上がる感覚がした。

 言葉にできない、なにか。


 私は水樹からそっと離れる。

 口は切れていて、かすり傷も数えきれないくらいだ。

 いつのまにかそばに来ていた理心先輩が、私の肩に優しく手を置いてくれる。


「あたしたち、颯と拓未に連絡してくるよ」

「……はい」


 私は小さな声で返事をする。

 原っぱを歩く二人分の足音が、だんだんと遠くなっていく。

 たぶん、気を使ってくれたんだ。

 辺りに、静かな沈黙が流れる。

 さわさわと夏に近づく風が木々を揺らした。


「……ごめん、ごめん……っ」


 すすり泣く声が、謝罪とともに沈黙を破る。

 声の正体は、路地裏の男の子だった。


「……ごめん、水樹……ずっと、ずっと無視、してて……」


 男の子の身体の底から絞り出すような声は、胸が痛くなるほどに苦しい。

 男の子はうつむきながら、ぽたぽたと涙をこぼす。


「……全部、全部僕のせいなんだ」

「お前ら、なにがあったの」


 単刀直入に蓮くんが聞く。

 ……もしかして、この男の子が、蓮くんの言っていたチームメイトの砂来くん……?

 そしてその砂来くんは、ぽつりと話始めた。


「……あの、さっき走ってった人たちは、僕のクラスメイトで、もともと、あの人たちにいじめられていたのは僕なんだ」


 ただ、喧嘩したとか、そういう話じゃなかったんだ。予想外だ。

 砂来くんは話を続ける。


「たまたまそれを水樹に見られて、怒った水樹が僕の学校に乗り込んで守ってくれたんだ」


 水樹はうつむいたまま、表情は見えない。

 どんなことを思ってるのかも、わからない。


「……だけど、その日から水樹がいじめられるようになったんだ。クラブ終わりに待ち伏せされるようになって。……僕は助けられなかった、怖くて……水樹は悪くない。全部、僕が……」


 おえつの混じる言葉。

 ……だから、蓮くんの話で水樹と砂来くんはぎこちなかったんだ。

 そのとき、水樹が少しだけ顔をあげた。


「……お前は悪くねえよ。誰も悪くなんかない」


 水樹が、砂来くんを見つめる。


「俺は、もう一度砂来と本当のチームメイトになれたらそれでいい。だからもう、泣くな」

「……うん。ありがとう」


 砂来くんは、涙をぬぐってうなずいた。


「さ、帰ろ。もう6時近いよ」


 蓮くんが立ち上がって、投げ捨てた私のカバンを拾って渡してくれる。


「ありがとう」


 ……私、水樹の力になれたのかな。

 心理部員として、姉として。



 路地裏の入口まで戻ってきて、蓮くん、砂来くんと別れた。

 二人で並んで歩きながら、家へ向かう。

 沈黙を最初に破ったのは、水樹だった。


「これは、俺のひとり言。……これから、砂来と今までの関係に戻るまで時間かかるだろうけど、大切なチームメイトだから、友達だから。俺は新しい関係だとしてもそれを受け入れる。とりあえずは、砂来とちゃんと話し合う」


 ひとり言だから、私はうなずかなかった。

 代わりに、右手を差し出した。


「水樹、手繋いで帰ろうよ」

「は、なんで」

「いいからっ!」


 水樹の手を取って、昔の小さい頃みたいに握る。

 私は水樹の手の温かさを感じながら、夕闇の中を二人で歩いて行った。

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