第2話 ナゾのイケメン先輩

 私たちは、中学校への道のりをおしゃべりしながら歩く。

 ここは都会のはずれにあるところで、高いビルもなければ大きなデパートやショッピングモール、高層マンションだってないけど、私は静かで自然のきれいなこの街が好きだ。

 道に迷うことなくあっという間に学校に着き、正門を通って下駄箱に向かう。


「わあ、やっぱり生徒、多いね」


 美沙ちゃんがびっくりしたようにそう呟いた。目の前には、数え切れないほどたくさんの生徒がいる。

 昨日私たちが入学式を終えたばかりのここ、ひがしいずみ中学校はなんと生徒数が1000人近くいるのだ。

 美沙ちゃんと私が通っていただまり小学校は生徒数が200人ほどと少なくて、中学は東いずみ小学校の生徒と同じになるってこと。


「そういえば千海ちゃん。この東いずみ中のうわさ、知ってる?」


 人差し指を立てながら、美沙ちゃんが前触れもなしにそんなことを言い出した。


「え、うわさ?」


 びっくりして、思わず質問返しをする。


「そうそう。東いずみ中には、『王子さま』って呼ばれる人がいるっていう―――」

「きゃーーーーっ!!!」


 美沙ちゃんの言葉をさえぎるように、とつぜん運動場にたくさんの黄色い歓声が響いた。


「え、なっ、なにっ!?」


 私が何事かと目をきょろきょろさせていると、さっきまできりっとしていた美沙ちゃんの顔が驚いている。


「ど、どうしたの?」

「千海ちゃん、見て、あの人……!」

「えっ?」


 美沙ちゃんが指差した先には、遠くの方にあるたくさんの人だかりのなかに一人の男子生徒がいた。

 まるで、光がすべてそこに吸い込まれているような輝きを放っている。


「うわ……!」


 私はちらりと見えたその姿に、思わず声をあげた。

 だって、すごくかっこよかったんだもん。

 背の高さからして、中学三年生だ。だけど、普通に高校生だと言ってしまえば信じてしまうほどに大人っぽい雰囲気。

 隣を見てみると、美沙ちゃんが目をキラキラと輝かせている。

 しばらくそうしていると、急に人だかりがまばらになった。と、同時にイケメン男子生徒がこっちをむいたかと思えば、私たちの方へ歩き出した!


「えっ、こ、こっちくるよっ!」


 でも、足が固まっているように動かない。

 男子生徒はなぜかどんどんこっちへ近づいてくる。


「だ、大丈夫?千海ちゃん。落ち着いて?」


 美沙ちゃんの声が聞こえるけど、一度びっくりしてしまった脳はなかなか冷静さを取り戻せず、私は後ろへ後ずさりしようとした勢いでしりもちをついてしまった。


「うわっ!」


 すると、目の前に大きめのローファーが二足現れた。

 少し顔をあげると、私に差し伸べられているであろう手が見える。


「あっ、ありがとうございます……」


 私は甘えてその手を取って立ち上がった。そして、無意識に上を見上げたら。

 なんとあの、高身長イケメンがいたの―――。


「大川千海ちゃん、だよね。大丈夫?」

「え、あっ」


 整ったきれいな顔が私を覗き込んでそう問う。

 ちょっと待って。なんで私の名前知ってるの!?


「びっくりさせちゃってごめんね。おれ……」

「美沙ちゃん行くよ!失礼します!ありがとうございました!」

「え、ちょっと、千海ちゃんっ!?」


 なんだか怖くなって、私はお礼を言いながら勢いよく頭を下げる。そして、美沙ちゃんの手を取ってその場を離れるようにして走り出した。


「あー、怖がらせた、かなー?」


 そのあと男子生徒がそうつぶやいたことを、私はもちろん知らなかった。



「千海ちゃん、どうして急に走り出したの?」

「ご、ごめんね……」


 ここは、校舎裏にある中庭。走ってる途中で私を追い越して引っ張ってくれた美沙ちゃんがつれてきてくれた場所だ。

 そしてその美沙ちゃんはというと、いつものふわふわした雰囲気とは違いちょっと怒っているみたい。

 私が謝ると、尖らしていた唇を元に戻して優しく聞いてきた。


「それで千海ちゃん。どうして逃げてきちゃったの?」

「だ、だって、あの人、私の名前知ってたんだよ?ちょっとどころの怖さじゃないよ」

「入学名簿でも見たんじゃないかな」

「他学年は今日から登校なのに、いつ見たって言うの~」


 なんか、だんだん疲れてきた。あんなに全力疾走しなければよかったと少し後悔し始める。

 というか、美沙ちゃんはのんきすぎるよ。


「あ、待って、分かったかも」

「え、なにが分かったの?」


 急すぎる美沙ちゃんの言葉に私は呆れかける。


「『王子さま』の、正体」

「え、王子さま?」


 なにを言い出したかと思えば、初めて聞く話だ。

「うん。東いずみ中にいる『王子さま』のうわさ。その『王子さま』って、きっとあの人だよ!」

「ええ~」


 またもや目をキラキラさせている美沙ちゃんに、私は言葉を失う。

 まあ、確かにかっこよかった。もしその話の通りなら、『王子さま』と呼ばれるのもなっとくだ。


「いやでも、かっこよさよりも名前を知られていることのほうがインパクト強い気が……」

「あ、もうすぐチャイム鳴っちゃう!千海ちゃん急ごう!」


 今度は美沙ちゃんが私の手を引っ張って走り出す。そのとき、本鈴の五分前を告げる予鈴が学校中で鳴り響いた。



 私たちは一年生の教室が並ぶ前の廊下で別れ、美沙ちゃんは一組、私は二組の教室に入った。

 本鈴まであと一分。よかった、間に合って。美沙ちゃんのおかげだ。

 教室はがやがやしていて、みんなはしゃいでいる。


「部活、どれに入ろっかなー」

「俺は、絶対バスケ部!」

「なら俺は女子にモテそうな部活にしようかなー」

「私、美術部にする!」

「あたしは吹部!」


 耳に入ってくる話題は、なぜか部活の話が多い。

 私は窓側の一番後ろにある自分の席に着きながら、かばんから予定表のプリントを取り出す。

 今日は一日レクリエーションだけど、放課後は部活見学や仮入部登録の時間になってるみたい。


「ねえねえ。千海ちゃんは、部活何に入るとか決まってる?」


 こっちへ振り返り、前の席に座るいろはちゃんが話しかけてきた。

 いろはちゃんは、数少ない日だまり小出身の女の子。もともと仲もよかったし、ほとんど知り合いがいないこのクラスで近くに友達がいるのは心強い。


「私はまだ決めてないよ。いろはちゃんは?」

「わたしはね、剣道部!もともと習い事でやってたし」


 小柄で華奢ないろはちゃんからは想像しにくいけど、防具を身にまとったいろはちゃんはとってもかっこいいんだろうな。


「そっかー。もう決まってるんだね」

「でもでも、部活見学はするから、よかったら一緒に行かない?」

「え、いいの!?」


 私がそう言うと、いろはちゃんがうんうんとうなずいた。


「もちろんだよ!楽しみだね!」


 そのとき、チャイムが鳴って教室に先生が入ってきた。いろはちゃんが前へ向きながら立ち上がる。私もみんなと同じように椅子から立ち上がった。


 部活……か。

 さっきの話から、ふとそんなことを考える。

 東いずみ中はなんといっても生徒数も先生も多いから、部活の種類もそれだけ多いんだ。

 運動部なら、サッカー、野球、バスケ、ソフトボール、バレー、陸上、剣道、柔道、水泳、チア、テニス、卓球とかかな。文化部なら、吹奏楽、家庭科、美術、演劇、文芸、新聞、科学、合唱とか。

 他になにがあるのかまでは分からないけど、ざっとこんな感じじゃないかな。

 美沙ちゃんならきっと陸上部に入るだろう。なんて言ったって足速いし、美沙ちゃんって普段はふわふわしててやわらかい雰囲気だけど、走ってるときはすごくかっこいいんだ。


「おはようございまーす」


 朝礼のあいさつが終わり、いっせいに席に着く。

 さっきいろはちゃんに言っていた通り、私はまだ入る部活が決まっていない。この学校は別に絶対部活に入らなきゃいけないわけじゃないけど、放課後になにかに打ち込むってあこがれがある。だから、入ってみたい気もするけど決まってないなんてなんて致命的〜。

 まあ、なんとかなるか!

 私は軽く考えながら、ぼんやりと先生の話を聞き流していた。

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