第13話 君と仲良くなりたい
「……でも、どうしたらいいんだろうなあ……」
私は、一緒に帰ることになった早乙女くんと歩きながらつぶやいた。
北橋くんが学校に来ないことには、スタートラインにすら立てない気がする。
「そうだ。家は? 早乙女くんって、北橋くんの家行ったことある?」
「ああ、住所知ってるしな。だけど、インターホン押しても誰も出てきたことがないんだ。一回だけならまだしも、何回かのうち全部」
……それは、すごい確率……じゃなくて。
「ちょっとふしぎ、だね」
「普通に考えてありえないだろ。しかもこの話、澄遥が学校に来なくなったころなんだ」
「それじゃあ、なにか関係してるのかも」
と言ってみるけど、今のところは特に何もおもいつかない。
やっぱり、北橋くんに直接会わないと……。
「あーっ!!」
とつぜん、うしろから大きな声がした。
立ち止まって振り返ると、そこには5、6人ほどのスポーツバッグを抱えた男子の集団。
そのうちの一人が私たちを指差して、こういった。
「お前、女子と下校してんのっ!?」
「え、ええっ!?」
大声を出してしまったのは、早乙女くんじゃなくて私。
女子と下校!? 誰がっ!
あ、早乙女くんが私と、か。
「早乙女、付き合ってる女子いたのかよー。なら俺らにも紹介しろって~」
「そーだぞ! ちなみにどこまで……」
「なっ、違うってお前ら!!」
エスカレートしそうになったところを、早乙女くんが止めた。
「別に付き合ってるとか、そういうのじゃねえよっ。相手が女子だからって、決めつけんな」
言い返す早乙女くんは、なんだか怒っているよう様子。
「なんだよ〜、勘違いさせんなっての。じゃあまた明日、部活でな!」
指をさしていた男子がそう言って、集団はすぐ右の曲がり角を曲がって行ってしまった。
頭半分しか身長の変わらないその姿を見上げる。
もしかしたら早乙女くん、嫌だったのかな。だから、あんな……。
「っ、はあ」
集団の背中が見えなくなったころ、早乙女くんが呆れたようにため息をついた。
「ごめん、大川。冗談みたいなもんだからあんま気にしないでいーよ」
「あっ、うん! わかったっ」
早乙女くんが申し訳なさそうに謝る。
もしかしたら、早乙女くんじゃなくて私が嫌な思いをしないように、あんなふうに怒ってくれたのかもしれない。
「ほんとごめんな、野球部のヤツらのノリに巻き込んじまって。あんなだけどいいやつらだし。今日は部活休みだから、たぶん自主練の帰りなんだと思う」
「ああ、なるほど」
早乙女くんって、そういえば野球部だったっけ。話しながら、私たちは再び歩き出す。
……早乙女くんは“冗談”って言っていたけど、でも勘違いさせちゃったことは本当。
“勘違い”ってささいなことで起こるけど、そこから大きな問題になることもある。
行き違いからの、すれ違い。
さっきのように早めに誤解が解けたらいいけど、うまくいかないことだってあるよね。
「……とりあえずはまあ、澄遥が学校に来るのを待ってみるか。ありがとう、大川。協力してもらって」
「えっ、ううん! もちろんだよ、私は心理部なんだし。でもお礼を言われるほど、特にまだ何もしてないよ」
すると、早乙女くんは首を振った。
「話を真剣に聞いてくれただけで、おれはうれしかった。他の心理部の先輩たちにも、そう伝えといてよ」
じゃあおれこっちだから、またな。と角を曲がっていってしまった。
北橋くんが学校に来て、もし会えたら。私はどうしよう。
やっぱりまずは、仲良くなりたい……な。
―――北橋くんが、学校に来る日。それは、案外近いものだった。
次の日の朝。学校に来ると、隣の机にカバンが置かれていた。
え!? ま、まさか学校に来てる!?
私はその光景に目を疑う。
北橋くん、昨日「もう学校には来ません」みたいなこと言ってたのに。勝手に聞いちゃって申しわけないけど。
もしかして、聞き間違いなのかな。
教室を見渡してみたけど、まばらに生徒がいるくらいで北橋くんの姿は見当たらない。
すると。
「てかお前、席一個まちがえてんじゃねーの?」
「あ、ほんとだわ〜。さんきゅ」
と、近くで話していた男子二人のうち一人がカバンの位置を一個向こうへずらした。
き、北橋くんのじゃないんかいっ!
てっきりそうだと思って、勘違いしてしまった。
なんだあ~……。
「おはよう……って、どうしたんだ大川?そんなに沈んだ顔して」
今まさに教室に入ってきたであろう早乙女くんが、私に話しかけてきた。
「いや、ちょっと勘違いしちゃって……」
「勘違い?」
「あ、うん……。早乙女くんは朝連?」
「ああ。レギュラー目指してるからな!」
「へえ、すごいね!」
と、たわいもない会話をしていると。
また隣の席に、カバンが置かれるのが目に入った。
え? また間違えたのかな。
「……す、ばる……」
早乙女くんが、震える声でつぶやく。
まさかと思って顔を上げると、隣の席には北橋くんの姿があった。
「……荷物、取りに来ただけだから」
北橋くんは下を向きながら、聞き取れるかどうか分からないほどの声量でぼそりとつぶやく。
そして廊下のロッカーから持ってきたであろう教科書をカバンの中へと詰めていった。
早乙女くんは、口を閉じる。
……なにか、言わなきゃ。
だけど、北橋くんが話したくないと示しているんだから、話しかけないほうがいい……のかな。
ぐるぐると考えが巡って混乱し、私は何もできず、立っていることしかできない。
北橋くんはカバンのチャックを閉じて、肩に持ち手を掛けた。
―――行ってしまう。
これが本当に、最後かもしれないのに。
もうどうにかなれと、口を開いたとき。
「――澄遥!」
耳へ、北橋くんの名前を呼ぶ声がした。
私じゃない。
……隣にいる、早乙女くんの声だ。
北橋くんの歩みが止まる。
「澄遥……おれらって、友達……だよな?」
早乙女くんの切なそうな声色が、鼓膜に響く。
数秒経って、北橋くんがほんの少しだけ振り返った。
「……わからない」
消え入りそうな声。
北橋くんは、そのまま教室を出て行ってしまった。
重い空気が、残された二人の間を流れる。
……仲良くなるならない以前に私は、北橋くんのことを何も知らない。
なにも、考えられていなかった。
「……ごめん、大川」
早乙女くんの謝罪と同時に、予鈴が鳴る。
私は、ぐっとうつむいた。
……振り返ったときの、北橋くんの視線。
それがひどく寂しそうに見えたのは、気のせいなのだろうか。
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