第19話 君の力になりたい勇気

 4月が終わって、5月に入った。

 もう、東いずみ中学校に入って一か月になった。時の流れって早い。

 今週が終わったらゴールデンウイークに入る。楽しみ……だけど。

 心の中では、北橋くんの問題をまだ解決できていないことが引っ掛かっている。

 でも会える方法なんて見当たらないし、わからない。

 正直、この先どうしたらいいのかがまったく見えないんだ。

 晴れた朝の空が眩しいくらいに青い。

 少しだけ湿った風が吹き、私は目をつむる。

 そして風がやみ、まぶたを開けたとき。

 前には、人影が立っていた。

 私はその正体に気が付いて、思いっきり駆け出す。

 人影が逃げようとするので、私はその手首を必死につかんだ。


「っまって、北橋くんっ!」


 前髪で隠れる目は少ししか見えない。

 だけど私はそれでも、視線を合わせに行く。

 私がつかんだのは、私服姿の北橋くんの手首だった。


「……なに」


 私にもし、本当に能力があるなら。

 私がもし、君の力になれるのなら。


「私……北橋くんと、仲良くなりたい。北橋くんのこと、知りたい」


 訴えかけるように見つめる。


「……離して」

「っ!」


 ……水樹。

 私はその言葉が怖くて、思わず手を離してしまった。

 北橋くんはそのまま、行ってしまう。

 ……このままで、いいのかな。

 北橋くんは、苦しんでいるかもしれないのに。

 あのとき見た顔は、きっと間違いなんかじゃない。

 ……北橋くんは、悲しんでる。

 私はもう一度駆け出す。そして、すぐ追いついた背中に抱き着いた。

 もう、悲しまないでほしい。

 なにかあるなら……安心して、ほしい。


「……」


 そのとき、がたっと北橋くんのひざが崩れた。

 私もそれにつられて、アスファルトへ一緒に座り込む。

 私は怪我をさせてしまったのかと思いとっさに手を離した。


「ご、ごめんなさ」

「なんで」


 北橋くんの弱弱しい声が、私の謝罪をさえぎった。


「……俺は、ずっとひとりでよかったのに」

「え……」


 私は言葉をのみ込む。


「俺は一人きり、部屋にいる。今なにが起こっているかなんてわからない。俺は、知りたいのに」


 感情の乗った北橋くんの声は、青い空に吸収されていく。


「……知ってるでしょ、俺のこと。俺が、学校に来ていないことも」


 そうたずねられて、私はうなずく。


「……母さんが、学校に行かせてくれないんだ。東いずみ小のことがあってから、ずっと」


 お母さんが、学校に行かせてくれない。

 東いずみ小のことってきっと、理心先輩たちが言っていた話のことだよね。

 ……北橋くんは、東いずみ小出身だったんだ。

 だけど、いじめられていたわけでも、体罰されていたわけでもない。

 北橋くんの学校生活は、東いずみ小のうわさによって奪われたんだ。


「……なんで、ほとんど会ったこともない、俺に構うの」


 そう問われ、私は一瞬口をつぐんだ。

 だけど、再び唇を動かす。

 答えは分かっていた。


「……北橋くんと仲良くなりたいから。……北橋くんの、力になりたいから」

「……くれるの。勇気」


 私はうなずいた。

 いくらでも。それが北橋くんの力になるなら―――。

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