第9話「セカンドフラッシュ」

神人課しんじんか...?保安課じゃないんですか?」と舞衣はデイヴィッドに尋ねる。

 それにデイヴィッドは

「ああ、辞令も保安課だし後でもらえる警務けいむ手帳も保安課の物だ」と答え、

「だが、それは表向きの話で実際は保安課に神人が所属する訳ではない」と続ける。

 上手く把握はあくしきれない舞衣とは対照的に、水衣は内心、あくまで警保局の一部局ぶきょくに過ぎない保安課が国家の興亡こうぼうを左右しかねないような力をぎょしきれるとは思えないと考えていたが、やはり想像した通りのようだった。

一方、不思議そうな顔をしている舞衣にデイヴィッドは

「警保局には課が8つあるけど、それとは別に第九課として神人課があるんだ。

 だからこの部屋は保安課の部屋ではなく神人課の部屋で、

 ここにいるのも課長のあのオッサンを除けば全員が神人だ」と説明する。


 そこにアデライードが飲み物を持ってくる。

三つのコーヒーカップに白磁はくじのミルクジャグとふたつきのシュガーボウル、水衣と舞衣の前には半分ほど紅茶の注がれたティーカップが置かれる。

デイヴィッドと舞衣はそれぞれアデライードに軽く礼を言い、デイヴィッドは一つ、イヴァンは二つと、シュガーボウルから角砂糖を取ってコーヒーに溶かす。

 透明感のある白磁のミルクジャグは、ほんのりと温かく甘い香りがする。

ミルクを注ぐと、アッサムの冴えた水色すいしょくが美しい薄茶色へと変わっていく。

舞衣はその様子に目を落とし、ティースプーンでかき混ぜて口を付ける。

夏摘なつづみらしい甘い香りにすっきりとした味わいとコクに舞衣は思わず

「美味しいですね」と漏らす。

 アデライードは「ありがとう」と微笑みかける。


 水衣も舞衣と同じようにミルクを注ぎ、口に含む。

なるほど、確かに喫茶店で飲むものよりも格段に美味しい。

おそらく高級品であろう金の浮彫うきぼりが施されたティーカップ、

茶葉の種類も揃えているようで即席でも無し、どうやら相当っているらしい。

正直この甘さならミルクを入れなくても良かったかもしれない、などと考えているとコーヒーを飲み干したデイヴィッドが立ち上がり、

「まぁともかく、これで君たちも我らの一員となったわけだ」と言い、続けて

「それ飲み終えたらで良いけどちょっと来てくれないか、

 試したいことが色々とあるんだ」と伝える。


 そしてコーヒーカップを流しに下げてアデライードと何やら話している。

さっきの言いぐさで何だかデイヴィッドに急かされているような気がして、水衣は味わうのもそこそこにミルクティーを飲み進める。

ミルクが冷たくなかったのも相まって、甘く温かい感覚に包まれて気が安らぐ。

しかしそんな気分もつか、あっという間に飲み干してしまった。

舞衣のカップにはまだ紅茶が残っているのを見て、水衣はミルク一杯分ほどの虚無きょむ感とゆっくり飲めばよかったと後悔を残す。


 そんな中、一歩引いて寡黙かもくであったアレクセイがコーヒーカップを傾けつつ

「デイヴィッドがすまんな、あいつは好奇心がやたら旺盛おうせいだから」と口を開く。

 それに舞衣が「いえいえ」と返しつつも

「それにしてもアレクセイさんもルーシー出身だと言うことですけど、

 日本語がお上手ですよね、こっちに来て何年ぐらいなんですか?」と尋ねる。

 そんな舞衣の質問にアレクセイは「アレクセイでいいよ」と頭をかきつつ

「まぁ君の年じゃ知らんかも分からんが9年前に東ルーシーで内戦ないせんがあって、

 俺はペトロパブロフスクってとこに住んで船に乗ってたんだが、

 それこそ文字通り焼け出されて亡命ぼうめいしてきたという訳だ」と答える。

 舞衣自身ルーシーの歴史には明るくないが、暗い話であることには違いないので

「なんか、すいません...悪いこと聞いちゃったみたいで」と謝る。

 それにアレクセイは微苦笑びくしょうしつつも

「いいよ別に、もうとっくに昔の話だから、

 それこそ啓示を受けたのもその所為せいかも分からないし」と気丈きじょうに振る舞う。

 そして話題を上書きするように

「デイヴィッドは11年前に神人課ここを立ち上げたらしいから、

 少なくとも俺よりは長い、アリスが一番長くて二十数年かだがもっとも...」

 と言いかけて舞衣が

「二十年!?じゃあ一体実年齢は何歳なんです!?」とさえぎる。

 アレクセイはまぁそれはそうか、と言うような顔で

「まぁ...アリスも色々あるんだ、別に病気ってわけじゃないんだが、

 確か30...いくつだったか、3か4だった気はするが...」と答える。

 間もなく台所からアデライードが出てきてアレクセイに

11だから!!というか実年齢もるな!」ととがごえが飛ぶ。

 アデライードの猛攻をアレクセイは笑いながらやなぎに風といわんばかりに受け流す。


 そのうちデイヴィッドも台所から出てきて

「さて、そろそろ行こうか」と号令をかける。

 アレクセイもアデライードもとりあえずはいさかいをしずめる。

アレクセイは立ち上がって舞衣から見て右斜め前の扉を開けて中に入る。

水衣と舞衣が後を追うとそこには表と遜色そんしょくないはば板張いたばりの廊下が伸びていた。

 舞衣はその光景に

「さっきからずっと気になってたんですけど、

 表の廊下とかここに沢山ある部屋って何なんですか?」と尋ねる。

するとアデライードが何故か得意げな様子で

「表の廊下は地下駐車場とつながってたり、弾薬だんやくとか装甲車輛そうこうしゃりょうとかの保管庫がある、

 中の廊下はさっきの居間ぐらいの大きさの部屋が5、6個あったり、

 物置とか、あとはこれから行く屋内射撃場しゃげきじょうだね」と答える。


 舞衣とアデライードが駄弁だべっているうちに、水衣はデイヴィッドに尻込み気味で

「あの...さっきの井部さんって人、やっぱり優秀な人なんですか?

 言ってはなんですけどこんな警保局の手には負えないとこの課長なんて」と尋ねる。

 水衣の問いにデイヴィッドは笑いながらあっさりと

「やっぱり優秀なんじゃないか、それこそ満州まんしゅうからの引き抜きらしいし、

 41歳で大佐だったというから陸軍の中では早い方なんじゃないか」と答える。


 そうこうしている内、左手に重そうなりょう内開きの扉が現れる。

アレクセイがその扉を軽々かるがると開けるとそこには屋内射撃場が広がっていた。

金属板で仕切られた5つほどの区画、着弾確認ちゃくだんかくにん用に設置された液晶、100mはゆうにあるであろう奥行き、

拳銃や自動小銃、狙撃銃は勿論もちろんのこと、軽機関銃や攻撃こうげき回転翼かいてんよく機に搭載とうさいされるような中型電源のついた重機関銃まで豊富に揃えられている。

 水衣も舞衣も、こういったいかにも機械的といった意匠いしょうには目が無い。

ある種の英才教育の賜物たまものともいえるその性質たちが故に、おそらく軍用銃砲ぐんようじゅうほうであろうそれに今すぐにでも触ってみたくて目を輝かせる。

いくら銀のさじくわえて生まれてきたとはいえども、軍人ではない彼女たちが軍用銃砲を使用するには大きな壁があったからだ。


 そんなよだれを垂らす二人をよそにデイヴィッドは

「警察署でも聞いたけど、もっと君たちの神力しんりきについて深く知りたい、

 だからこそ比較ひかく的無茶のできるここに来たという訳だ」と言う。

 当然のようにその言葉は水衣と舞衣の右の耳から左の耳へと抜けていく。

その体たらくに、デイヴィッドはあきれ顔になりながらも

「じゃあそれが終わったらその銃触っていいよ」と言う。

 その言葉に水衣と舞衣の耳はピクリと動き、二人同時に

「やります!やらせてください!」とすぐさま振り返る。

 そんな二人の豹変ひょうへんぶりには流石のアレクセイも苦笑をきんない。

 

デイヴィッドもやれやれ、と言った感じの表情を見せて「まぁ別に何でもいいさ」とつぶやき軽くため息をく。

そして射撃位置の手前に置かれた椅子に腰かけて言う、

「さぁ、お手並み拝見といこうか」。

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