第19話「帰途」
水衣の決意が込められた目にアレクセイは一瞬たじろいだが、
「ともかく、扱うなら拳銃までにしておけ、それ以上は危なすぎる、これは思想的な問題じゃなく君たちの身を案じて言っているんだ」
と
「貴方に心配されるほど落ちぶれちゃいませんし、狙撃銃なら私達の
そう言って水衣は
そんな水衣に対してアレクセイは
「分かった分かった説得は諦めよう、だが
とバーターを持ちかけるように言った。
水衣が
「女でもその3つが揃ってりゃ銃構えても危なくはない、実際ルーシにはそんな奴ゴロゴロいるしな」
「だが銃を構えるのは一番最後だ、日々の
と正論ををぶつけた。
アレクセイは千秋の方を見て同意を
千秋は「私に言われましても」と言わんばかりの態度で目を逸らしたが、アレクセイの言う事は
「まぁ、それはそうかもしれません」と言葉を
その千秋の言葉にアレクセイは
「じゃあ決まりだ、何事も背伸びする前に基礎を固めないとな」
と姉妹の方へと向き直る。
「だが今日は
アレクセイが放った言葉に水衣がふと時計へ目をやると、短針はとうに11を過ぎていた。
今ここを出たとしても、
「まぁ...確かに...」
水衣の
もともと日付が回る前に本邸へと戻る予定ではあったのだが、想定よりも遅くなってしまった。
当然のことだが銃を撃った後には分解清掃をしなければならない、火薬の燃えカスや
銃を撃つことすら初めての水衣と舞衣に分解清掃など出来るわけもなく、レクチャーを受けながらすることになる。
日付が回ったからといって何という話でもないが、
そんな不安そうな顔の水衣を見て、アレクセイが声をかけた。
「ほら、もうガキは寝る時間だ」
その邪険に扱うような声の
「清掃くらいしといてやるから、さっさと帰って風呂入って寝ろ」
続けて言ったその言葉には
千秋がドアを開くと、水衣は無言のまま頭を下げてアレクセイの横を通り過ぎ、キョトンとしていた舞衣も後に続いた。
ドアが閉まりかけると、アレクセイは手袋をして早速作業に取り掛かる。
慣れた手つきで小銃を分解していき、
千秋が扉を閉じながら礼を言うと、アレクセイは手元から目線を上げずに
「別に気にすることじゃねぇよ、それよりもう危ない事させるなよ」
と毒づいた。
千秋が再び礼を言って扉を閉めると、アレクセイは歯から漏れるような溜息をつく。
一方の水衣も、肺がひっくり返るほど大きな溜息をついていた。
「何よあのオヤジ、私は別に変なことしてないのに」
先に舞衣が見たような気炎は未だ
「まぁまぁ、別にあの人も悪気があって言ってる訳じゃ無いみたいだし」
と水衣に身体を引っ張られつつ、
そんな舞衣のフォローに
「
と更に毒を吐いた。
「でも正論です、私にはとてもあんな事は言えません」
一言だけ挟まれた千秋の言葉は、水衣を
内廊下と居間を繋ぐ引き戸を水衣がガラッ!と開くと、アデライードが肩をビクッと震わせる。
「ちょっと!もっと丁寧に開けてくれる!?」
ストレートティーの入ったカップを持ちながら、
その高音に、ドアを開けた水衣自身がビクッと体を跳ね上げ舞衣の後ろに隠れてしまった。
まだ何か言おうとしたアデライードの声を
「こってり
とデイヴィッドは言い、水衣たちに座るように促す。
アデライードは
「でも、案外優しい人みたいです」
舞衣がやんわりと断るようなジェスチャーをすると、井部が彼女たちが初めに
「まぁ何はともあれ君たちも我々神人課の一員となった訳だから、宜しく頼むよ」
「明日の放課後にでもまた来てくれれば官吏証や諸々も用意しておこう、それと黒い
デイヴィッドがそう
彼はコーヒーカップの
「
舞衣は自分の右腕に巻き付いてる水衣に目をやりながら答える。
その回答を聞いたデイヴィッドは、
「ふむ、では部活動が終わった後でも構わない。
連絡先はクロダに送っておこう、そこの外線の番号だ、誰もいなければ個々の内線に繫がる」
と壁から張り出たディスプレイを指さして言う。
水衣は舞衣の右腕から振りほどかれ、今度は千秋の左腕に巻き付こうとして撥ね付けられている。
「ありがとうございます、では都合がついたら連絡しますね」
舞衣は壁に寄りかかってぐでっとしている水衣の左手を引っ張るように、玄関の方へと歩を進めた。
「Salut〜」
アデライードは掘りごたつに腰かけたまま、
イヴァンも無言ながら手を振っている。
「私が上まで送ろう」
井部が玄関へと続く扉を開けた。
外廊下に出るとデイヴィッドが
「では
駐車場の方へ廊下を歩く一行、井部が先導しそれに姉妹と千秋が続く。
コツコツと靴音だけが響く
「あ、あの、井部さんはなんでこんな仕事に就いたんですか?」
井部はいくらか歩を進めた後、ぽつりと呟く。
「まぁ...泳げなかったからかもな」
「……へ?」
井部の斜め上な返事に舞衣の口から
「俺は横須賀の
「あぁなるほど、それで」
どうやら合点がいった様子だ。
「それで、今は泳げるようになったんですか?」
水衣が横から入って来、意地悪な質問をぶつける。
「陸軍でも
廊下の突き当りの扉を開いて左折し、駐車場へと歩を進める。
駐車場の地下3階は専有フロアは神人課の専有フロアだが、デイヴィッドと井部の車が地上に停められている事を差し引いても車の数は夕方から明らかに減っていた。
「課の他の方もこの駐車場を使ってるんですか?」
井部が少し歩いてエレベーターに官吏証を翳した
ピッ、っと短い機械音が挟まり
「あぁ、そうだ、たしか総務と調査で合わせて5台の
「こんなに広いのに、なんだか
「すぐそこのに
「えいだん…、って何です?」
「何そりゃ
「地下鉄…地下に鉄道が通ってるってやつですか?知識としては知ってますけど帝都にもあるんですね」
井部は絶句した、いくら
しかし、彼女の立場を思えば警護上の問題で車移動しか出来ないのだろう、と
そうしているうち、目の前のエレベーターがピンポン、とチャイムを鳴らす。
その扉が重々しく開き始めると
「ほら、開いたぞ」
井部は自身よりやや後ろにいる姉妹へと呼びかける。
エレベーターの中へと入ると、井部は再び操作盤に官吏証を
千秋と姉妹が中が入ったことを確認してボタンを
水衣はふわあと
舞衣はその肩をしっかりと受け止め、エレベーターの内壁に身体を
千秋は左腕の袖口から腕時計を引き出して目をやる、一見平凡な女物の
長針はまだ4を過ぎたばかりだが、姉妹はいつも日付を
そのうえ今日は色々あったから疲れも溜まっているだろう、
チン、とベルが鳴りドアが開くと、
うつらうつらとしていた水衣も、冷気が肌を震わせたとたんに目が
昼間は南風が吹いて暖かかったばかりに、真冬を思い起こさせるような寒さが
「…寒っ!!?」
思わず口にしてエレベーターを飛び出した水衣は、20mほど先に停められた黒のセダンを見つけると足早にそちらへと駆けていく。
「ちょっと待ってください…!」
とっさの事態に千秋は焦るように舞衣の手を引き、水衣の後を追う。
深夜の駐車場でドタバタとしている三人を見て口角が緩むのを感じつつも、井部もセダンの方へと足を向ける。
千秋が水衣に追いついて車の鍵を開けると水衣は後部座席へと転がり込んだ。
すぐさま運転席と助手席の間にある液晶を操作して暖房を起動する。
運転席に千秋が乗り込み、水衣に安全ベルトを装着させる。
時を同じくして、舞衣も運転席の真後ろに座った。
運転席の右手の窓を開け、千秋は窓の外にいる井部に
「井部様、わざわざお送り頂きありがとうございました」
と
「様はやめてくれ、これも仕事のうちだ」
井部はこそばゆいような表情で答える。
「では井部さん、お送り頂きありがとうございました」
「ああ、遅いから気をつけてな」
千秋はうなずき、後部座席の方へ足を向けた井部を見て窓を少し開ける。
「お
「はい、ありがとうございます」
井部の呼びかけに舞衣はそう答えるが、水衣は眠気のあまり手だけをぶらりと振る。
井部が車から離れる間、千秋は後部座席を顧みて、舞衣に安全ベルトを着けた。
車から井部が3mほど離れたところでモーターのスイッチを入れ、アクセルを踏む。
車がゆっくりと進んでいく中で舞衣は右手側の扉へと身を預け、水衣の方を横目で見る。
温かい車内へと戻って眠気がぶり返してきたのか、目は閉じかけていた。
その顔を見ながら舞衣は、
双子とはいえ個人差はあり、水衣はやりさえすれば何でも上手く出来るのに対して自分はそうではない、さっき銃を触った時も自分はまともに撃てもしなかったのに…。
身体的特徴に焦点を当てればその違いは言うまでもない。
などと劣等感を
駐車場を出たセダンは右折して海軍省と外務省の間、営団地下鉄
こうして、温かい空気と
AMADEUS -アマデウス- イズミシュウヤ @Izumi_Syuya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。AMADEUS -アマデウス-の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます